彼女の想い人?

「露草〜あんたどんだけ食べる気?」

どんどんと積み上げられる団子の皿の山を眺めながら、乱菊は呆れたように言う。
対して露草は、きょとんとした顔で首をかしげた。

「え、だって菊ちゃんがオゴってくれるんでしょ?オゴりなら食べれるだけ食べなきゃ」
「…あんたあたしより稼いでるくせに」
「それとこれとは関係ないね。ねー冬獅郎くん」
「俺とお前を一緒にするな」

どんっと湯呑みを置いて、冬獅郎くんこと十番隊隊長日番谷は眉間に皺を寄せた。
露草とは幼い頃から知り合いだったという乱菊からの紹介もあって、こうしてたまに一緒に甘味を食べるような仲になった露草と日番谷だが、彼はどうにもこの露草という人間が苦手だった。

いや、苦手という表現では御幣がある。
この腹の中を読ませない奔放な人物に、慣れないのだ。

「っていうか露草、あんた今度はどーしたのよ。」
「へ?」
「昼休憩はいつも修兵と一緒にいるじゃない。なんで今日は一人でブラついてたの」
「ああ、実は朝から仕事行ってなくて」
「…お前…」
「やーん、そんな目で見ないで冬獅郎くん。私にだってどうしても気の乗らない時はあるの」
「俺はこの前もお前がそう言って一人でブラついてたのを知ってるからそんな目≠してるんだ」

根がとことん真面目な冬獅郎。
類は友を呼ぶとはこのことか、と乱菊と露草を交互に見る。
すると二人は、彼の心境など知らずににっこりと笑ってみせた。

「…ハァ。檜佐木も大変だなこりゃ」
「そんなことないよー私、菊ちゃんと違って相方に自分の分の仕事まで押し付けるようなマネはしないし」
「あら露草、さらっと聞き捨てならないんじゃない?」
「別に何も間違っちゃいねぇだろ」
「………。で?何で今日はサボりたい気分だったのよ」

日番谷に睨まれて、乱菊は視線を逸らして話を戻した。

「いやー…サボりたい気分と言うより、探して欲しい気分というか…」
「誰に?あ、愛しの彼でも恋しくなった?」
「愛しの彼?」
「前に言ってたじゃない。何十年も想い続けてる人がいるって」
「あ、ああ…言ったね、そんなこと」

言わなきゃよかったと露草は後悔した。
乱菊はこの手の話に関して超絶口が軽い。
今もまさかこんなところでその話が出てくるとは思わなかった。

「へぇ。蒼井に恋人なんかいるのか。よくお前みたいなヤツに相手も付き合ってられるな」
「それはいささか失礼だよ冬獅郎くん」
「やーねー隊長、恋人じゃなくてただの片想いですよー」
「なんだ、やっぱりそうか」
「ちょ、二人ともほんと失礼だから!」

まるで私がモテないみたいに!いや実際モテないけど!
そう叫びながらも両手から団子を離さない露草。おまけに手にも口の周りにも餡子がべったり。
そりゃモテはしないだろうとしか思えない。

「この際白状しなさいよ、一体どこのどいつなの」
「何で言わなきゃいけないの」
「協力してあげるって言ってんのよ」
「やだ、菊ちゃんの協力とかなんか怖い」
「賢明な判断だ蒼井」
「隊長まで!どーしてよ!あたしのこの友情を信じられないなんて…!」
「無理無理。菊ちゃんいい意味でも悪い意味でも私の信用を裏切らなかったことってないから」
「過去は過去よ!」
「いや、過去に失った信頼は簡単には取り戻せないよ」

普段わりとぼーっとしていることの多い露草だが、中身は案外冷静で聡い。
正論しか言わない彼女に、さすがの乱菊も押し黙った。

あの松本とここまで張り合うことができるとは蒼井露草、なかなかやる。
と、日番谷は二人の様子を眺めながらそんなことを思ったとか思わなかったとか。

「それに協力なんて必要ないし。私、今で十分幸せだから」
「え?」
「あ!露草!」

その呼び声に振り返ると、完全に呆れの表情の九番隊副隊長、檜佐木修兵がそこにいた。

「あ、修兵ー!修兵も食べる?菊ちゃんのオゴり」
「食わねぇよ、お前朝からサボり倒しやがって。仕事溜まってんぞ早く来い」
「えー」
「えーとか言うな。」
「はいはい、すぐ行きますよー」
「ったく…うわ、お前手も顔もベッタベタじゃねぇか。ガキか」

そう言いながら、露草の傍に置かれていたおしぼりで彼女の顔と手を拭う彼。
その光景を乱菊はポカンと眺め、日番谷は茶をすすりながら興味深げに眺めていた。

「檜佐木…お前、隊長に対しての礼儀がなってないんじゃねぇのか?」
「え…?え、日番谷隊長?あれ?乱菊さんまで!?」
「修兵…あんた、あたしたちに気づいてなかったっての?」
「す、すみません…あ、じゃ、じゃあすみませんが俺たちはこれで失礼します。ほら露草…じゃない、蒼井隊長、行きますよ」

ごく自然な動作で露草に立ち上がるための手を差し出す修兵。
露草は嬉しそうに笑って、その手を取った。

そして「むかえに来てくれてありがとう」と。
まるで乱菊たちなど見えていないかのように彼だけをまっすぐに見て笑う。
彼は微笑み返し、照れ隠しのように「むかえに来ないと戻ってこないだろう」と告げた。
彼もまた、周りなど見えていないようなやさしい声で。

思わず呆れ顔になった乱菊は、ごちそうさまと一人ゴチた。

「じゃあ菊ちゃんごちそうさまー。冬獅郎くんも今度はお団子食べようね」

露草は先ほどまではなかった純粋な笑顔でひらひらと手を振り、修兵と手を繋いだまま軽やかな足取りで歩き出した。
立ち上がるために差し出した手がそのまま繋がれたことに戸惑う修兵だが、それを外すなどということは決してせず。
日番谷たちに「うちの隊長が御迷惑おかけしました」と保護者か何かのような口ぶりで頭を下げた。

その二人の姿が遠くなると、日番谷と乱菊は二人揃って「はっ」と鼻で笑いをかました。

「あー馬鹿らし。なるほどね、協力なんてさらさら必要ないじゃない」
「俺はなんとなくそんな気はしてたがな」
「…あたしたちも仕事戻りますか」
「そうだな」

あーあー幸せオーラ撒き散らしちゃって、羨ましい。
そんな乱菊の呟きに、遠くで露草がくしゃみをした。






(くしゅんっ)
(あ?風邪か?)
(あーきっと露草隊長って素敵ねって誰かが噂してるんだよ)
(あーはいはいなるほどね)
(うわ返事適当!)
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