変態注意報

私の憧れの彼の口癖は「めんどくせぇ」


鉛筆を持つことすら面倒くさがって、テストでは平気で真っ白な答案を提出して0点取ってしまうようなそんな人。

けどやる時はやる、能ある鷹は……何?くちばし?羽?……あ、爪か。そう、爪を隠してるタイプなの。本当はめちゃめちゃ頭がいいのに、一切そういう才能をひけらかしたりしないの。
それは人の目とか評価とか、そういうのを気にしない強さがあって、周りに左右されない確かな自分を持っているから。ほら、もうこれだけでかっこいい。

それにお空を見上げるのが好きなロマンチストでもあって、将棋が得意で昼寝が趣味っていうおじいちゃんみたいな可愛いところもあって、サバの味噌煮と酢こんぶが好物っていう渋さまであって、眼光が鋭くて冷静で落ち着きがあって子供っぽくなくて、でも寝顔とかは幼くてなんかもう食べちゃいたいって感じで、ぶっきらぼうだけどなんだかんだやさしいし、めっちゃ形のいいお尻と頭だしそれなりに筋肉はついてるのに腰は細いし体の線はしなやかで、あとそれからそれから……ああ、彼のことを語りだしたらキリがないからここまで!

そんな彼……奈良シカマルと私はアカデミーで出会った。
別に出会った瞬間に運命を感じたとかそういうわけではない。びびびっと来たわけじゃないし、恋の雷も落ちていない。
彼はぱっと見はどこにでもいる黒目黒髪のいたって普通の男子でしかなかったし、さっき言った通り目立つタイプでもないし。

でも人生って何があるかわからない。
徐々に彼の才能に触れ、人となりに触れ、いつしか私はそんな彼が大大大好きになった。

彼に恋をして、私の人生は百八十度変わった。まるで灰色だった世界に色がついて、まさにバラ色。
この気持ちが報われてるか報われてないかとかそんなことは関係なしに、彼がこの世界に生きているというそれだけで、彼を見ているだけで、同じ空気を吸っているだけで、私は幸せに包まれる。

だけど恋というものはきっと、人を欲張りにさせるのだ。
今でも私は十分幸せだけど、この想いが報われたその時には、今よりもっと幸せになれるんでしょう?って、私の中の恋心が常に囁いている。
私の気持ちを受け止めてもらいたいし、あわよくば同じ気持ちを返してもらいたいし、これからさきずーっと一緒に生きていきたい。

だけどクールな彼はあんまりそういうことに興味がないようで、はっきり言って現状、まったくもって相手にはされていない。
それなら周りから固めてみるかと、ご両親にはお嫁に行く了承を頂いた。私賢い。
それでもやっぱり本人には相手にされない。

そんな簡単な話ではないと頭ではわかっているけど、ちょっと寂しい……でも、私は諦めない!いつか必ず彼を振り向かせてみせる!

だから今日も私は、あなたの部屋に忍び込むの!!



変態注意報 sideリン



「シカマルおかえり!今日のおやつはかりんとうだって。一緒に食べよう!」
「…………」


お母様に託されたかりんとうの盛られた器を差し出しながら、私は柔和に微笑んでみせた。
あ、そうだお茶を淹れないと。シカマルは熱いお茶が好きだから。
お母様に弟子入りしてまでお茶の淹れ方を極めた私は、絶対将来いい嫁になる。何て言ったってお母様のお墨付きだ。


「……同じ時間にアカデミーの授業を終えて帰ったはずなのに、なんでお前はさも専業主婦のように茶ぁ用意して俺の帰りを待ってんだ。いや、まず……なんで当たり前のように俺の家にいるんだ」
「ああ、私ついさっきここに忍び込んできたんだけどね、お母様に見つかって、ちょうどいいからって留守番頼まれて。あ、お母様はそれから買い物に行かれたの。未来の嫁なんだから台所も好きに使っていいわよ、なーんて言われちゃって……えへへっ、それでお茶の準備しながら待ってたんだよ」
「もう……どこからどうつっこめば……」


大きくため息をつきながら私の向かいに座るシカマル。
しばらくはうんざりしたように私を見ていたものの、そのうちもう一度ため息をついて、ぼりぼりとかりんとうを食べ始めた。
シカマルはたぶん、私が家に忍び込んできたことに怒ってるっぽい。
でもシカマルってね、怒ってるのに怒らないの。つまみ出そうとかしないし、出てけとか言わないし、私が何をしても最終的には「まぁいっか」て顔をしてる。器が大きいでしょ。かっこいいでしょ。……単に面倒くさいだけかもしれないけど。それでもよ。


「……おい」
「はい!」
「別に理由もなく追い返したりしねーから、次から忍び込むとかはやめて、ちゃんと堂々と玄関から来い」
「え……!来てもいいの……?」
「忍び込まれるよりはましだ」
「じゃあ、頼んだら部屋にも入れてくれる?」
「は?」
「シカマルの部屋」
「いれねーよ。必要ねーだろ」
「私、シカマルのお布団にくるまってシカマルの匂いに包まれるのが最高に幸せな瞬間なの」
「やっぱもう一生来んな!ふざけんなくそが!人の部屋忍び込んで何してんだ!」


えっ、これってそんな怒る……?
ゴミ箱漁ってるのとかはさすがに怒るんだろうなと思って、かわいい方のやつだけ言ったのに……。

そういういじらしいこともしちゃうんです私アピールは大失敗で、シカマルはそれからも大層怒った。なかなか「まぁいっか」顔はしてくれない。

今日こそは本気でだめなのかもしれない。好きになってもらうどころかまた嫌われた。私のことをいっぱい考えてほしいなと思って、シカマルのベッドの真上の天井に大きく引き伸ばした私の写真を貼ったんだけど、あれもバレたら怒られるのかな。


「ごめん……シカマルが大好きすぎて、つい……」


お茶の蒸らしが終わったのでシカマル愛用の湯飲みにそれを注いで、机の上を滑らせるようにすすすっと差し出した。
シカマルはそれを一瞥はしたものの、手は付けてくれない。残念だな。今日はかなり上手く淹れられたから、熱いうちに飲んでほしいのに。


「……まじで、お前って俺の何がいいんだよ」


額に手を置いて俯いているせいで、そう言うシカマルの顔は見えない。
シカマルの顔が好きだ。でも手の形も良いから好きだ。手の甲に浮かぶ血管も色っぽくて好き。髪の毛はあんなにつんつんで逞しいのに体毛は薄くて肌がすべすべなのも好き。
今目の前にある情報だけでも、こんなに好きが溢れてる。


「いや、やっぱりなんでもねぇ」
「えっとね、全部」
「え……」
「シカマルの全部が好き」


返答としては大雑把すぎるだろうか。だけど何がいいかなんて、まじめに語りだしたら夜が明けちゃう。どうせそんなに聞いてくれないんでしょ?

適当言いやがって、ってまた怒るかもなとも思った。
だけど存外、シカマルは素直に頬を赤く染めて照れていた。

変なの、好きだなんてもう何度も伝えてきたのに。


「今更だなぁ……私はシカマルの髪から足の爪まで、ぜーんぶ大好きだよ。家の中這いつくばって集めたいぐらい。実はちょっと集めてるけど」
「……なぁ、お前今ならまだ十分人生やり直せるって。生まれる前まで引き返せよ」
「え……絶対私、生まれ変わったってシカマルが好きだよ?」


だってこんなに好きなんだもん。


「……そりゃ残念だ」


それからシカマルはやっとお茶に手を伸ばして、ズズと音を立てて一口飲んだ。
そしてポツリと、「美味いな」って。


あ、ほら。いつもの「まぁいっか」の顔。


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