変態注意報

小柳リンという女がいる。端的に言えば、俺のストーカーだ。


小柳リンはこの忍の学び舎の中で、体術、忍術においてくのいちだけでなく、男子の中でもトップクラスの実力を誇る実力者である。
だがしかしその一方で頭はドベレベルに弱く、言動と行動は常人の斜め上を行くため、しばしば周りを振り回しがちな困ったさんでもあった。

……いや、これはあまりも表現をまろやかにし過ぎた。困ったさんはまだ人畜無害そうな響きがあるが、そうではない。
小柳リンは今や校内では上級生下級生含め、知らない者はいないだろうと思われる有名人だが、そんな彼女を周りがなんと呼ぶかと言えば、「奇人」「変人」「馬鹿」「悲劇」という散々な有様だ。ただの困ったさんならこうはならない。

さて、そんな奇人変人と異名高い小柳リンと、俺が出会ったのはアカデミー入学式……だと思う。
曖昧な言い方になってしまうのは、俺は特段その出会いを覚えていないから。
一切印象に残っていないのだ。その時の彼女はきっと、いたって真面目に席に座り、黙って教員の話を聞き、特に奇行に及ぶこともなく平々凡々、その他大勢と同じようにその日を終えたのだろう。
緑の黒髪に黒い目で、雰囲気は少し大人っぽくもあるが笑えば子供らしく可愛らしい、そういう普通の女だ。変なことさえしなけりゃ別に目立たない。

それが……いつの間に、どうして、校内でも有名なこんな変人―――いや、変態になってしまったのか。
原因は俺だとか、根拠もない無責任なことを言う奴もいるが、そんなのは断じて認めない。

俺が一体何をした。

毎日毎日あれに付きまとわれてめんどくせーったらねぇ。
俺はただ平穏に、どこにも波風立たせず静かに生きていたいだけなのに。あいつは俺の意思なんか一切無視で、嵐のような竜巻のような突風の中に俺のことを勝手に巻き込んでいく。

もう散々だ。誰かいい加減、あの奇人変人もとい……変態から、俺を解放してくれ!



変態注意報 sideシカマル



「シ・カ・マ・ルーーー!」
「ぐぅっ!」


朝っぱらからリンが高らかに俺の名を呼ぶ声がしたのと同時に、背後から腰に大きな衝撃を受けた。
俺はその勢いに踏ん張り切れずにあえなく正面の机に激突。
それなりの音がしたが、にも関わらず周りは俺にちらと一瞬視線をやっただけで、当たり前のように日常を続けている。
「またいつものやつか」と、その場の全員の視線が語っていた。こんなものが『いつものやつ化』してしまう前にこれを回避する術を身に着けられなかった自分が嫌いだ。それもこれもリンの無駄に高い身体能力のせい。恨めしい。


「シカマルシカマルシカマル!おはよ!今日も最高のモーニングコールありがとう!」
「してねぇし『今日も』ってなんだ一度もしたことねぇよ」
「え、だって夢の中で……」
「てめーの夢なんかに俺が干渉するわけねぇだろ……!」


背後から俺の腰に抱き着いたままのそいつは、振り返った俺の顔を見上げながら「え、違うの?」とでも言いたげだった。
断じてちげぇよ。


「オーッス、リン。今日も元気に馬鹿だな!」
「馬鹿通り越しててちょっと引くってばよ、いつも通り」
「おっすキバ、ナルト!ありがとう、健康ってすばらしいよね」
「やっぱ馬鹿だなおめー」


そんな話してないっつの、と呆れながらキバは笑った。
自分に害はないからって呑気なもんだ。毎日その馬鹿に付き合わされてるこっちの身にもなってみろ。ちっとも笑えねぇよ。


「ねーねーシカマル、今日提出の宿題さ、ちょっとわからないとこがあるんだけど教えてくれない?」
「ああ?めんどくせー……」
「そこを何とかお願いします!まだ一問も埋まってないの!さすがにこのまま提出したら怒られる……!」
「何が『ちょっとわからない』だ何もわかってねーだろ素直に怒られてろ」
「あ!俺もリンと一緒だってばよ!俺もすっかり忘れてたから真っ白なまんま!」
「おいナルト、一緒にするな!」
「えっ」
「私は忘れてなんかなかったし。ちゃんと向き合って数時間は考えてみたの。けど頭ん中はシカマルの腰の括れのことでいっぱいで……結局わからないまま『まぁいっか、明日じっくり堪能しよう』ってなっちゃっただけなの!」
「なんだその無意味な数時間。結局お前宿題となんて向き合ってねぇだろ。てかその『まぁいっか』は宿題に対してじゃなく思っくそ俺の腰についてじゃねぇか!キモい離れろ!手を離せ!触るな!キモい!」
「ひど!キモいって二回も言ったぁ!何、その言葉を私が受け止めきれるかどうかで私の愛の大きさでも測ろうっていうの?愛の試練なの?いいよそんなもん楽勝で乗り越えてやるんだから!さぁもっと言ってみなさいよ!」
「意味わかんねぇんだよこの変態!大体てめ、」
「あ、ごめんそういや先生に呼ばれてたの忘れてた。じゃあね!」


この野郎!!!!!!
なんなんだ、朝から散々人を振り回して、愛がどうとか叫んどきながら急に冷静になりやがって。なんか俺一人が無駄にムキになってたみたいじゃねぇか!


「一問でいいから!宿題!任せたからねー!」
「勝手なこと言いやがって……!」


にっこりと手を振ってそいつが教室から出ていく頃には、俺は息が上がっていた。あれが男ならとっくに殴り飛ばしてる。


「毎日毎日よく懲りねーよな、あいつ」


キバはやっぱり笑っている。


「正直ドン引きだけど、なんか応援したくもなるんだよなぁ」
「ああ、わかるわかる。なんつーの?健気っつーかさ」


わかるな。応援するな。
相手の迷惑なんて考えないで、ただ無遠慮に自分の気持ちを押し付けることを本当に健気だなんて言うのか?あいつがしているのは努力じゃない。ただただやりたいことをやりたいようにやっているだけ。その自由さに俺が滅入っていることなんて気づきもしないで。


「いいなーシカマルってば。あれだけ愛されててさー」
「愛?本当にそう見えんのか。俺は毎日嫌がらせをされてるようにしか思えねぇ」
「嫌がらせぇ?あんだけ『好き!』って全力で振りまかれといてよく言うぜ」


つったって、そうとしか思えねぇもんは仕方ねぇだろ。意味わかんねぇ妄想話もセクハラももうこりごりだ。
お前らは経験したことなんかねぇだろ、
そこらに置いてた自分の私物が極自然に盗まれるのも。
昼寝から起きたら、いつの間にか当然のように膝枕されてるのも。
息子さんを私にくださいって親に勝手に頭下げられるのも。
挙句「お嫁にくるってことなら歓迎よ」なんざ了承を得てこられるのも。


「経験したこと、ねぇだろ?」
「ねーってばよ」
「あるわけねぇ」
「これは嫌がらせだよな?」
「「うーん」」


いろいろ思い出してだんだん悲しくなってきやがった。
よく耐えてるな、俺。
最初の頃はまだよかったんだ。せいぜい帰りに待ち伏せされるとか質問攻めにされるとかそんなもんだった。それが今や……


「けど行為がエスカレートするのはその気持ちに比例してるからじゃねぇの?つまり原因はやっぱあれをそこまで惚れさせてるお前だから仕方ねぇ」
「はああ?」


出たよ、原因=俺。
んなわけねぇだろ、あいつは俺絡みじゃなくったって素で変態……だよな?あれ?ちょっと自信ねぇな。


「まぁまぁ、とりあえず宿題だろ宿題!ついでに俺にもおせーてってば」
「やるわけねぇだろ」
「ああー!なぁ、見てみろよリンのノート!ぎゃはははははは!」


リンが机の上に置いてったノートの表紙を見て、キバが盛大に笑い声を上げた。
目の端に涙まで浮かべるその様子につい興味をそそられ、俺もノートをのぞき込む。
「これ!」とキバが指さしたのはノートの名前。本来なら『小柳リン』と書かれているべきその場所には、なぜか『奈良リン』と書かれていた。


「い、一体お前らいつ結婚したんだよ!ひ、ひーーーー!!」


腹を抱えて苦しそうに笑うキバと共に、ナルトも地べたに転がる勢いで笑っている。
だけど俺はそんなに笑う気にはなれなかった。


「た、たしかにシカマルからしたら笑えねぇか……どっちかっつったら恐怖だよな……け、けど、ひーーーー!!あいつおもしろすぎるだろ……!」


リンはただやりたいことをやりたいようにやっている。その自由さが迷惑極まれりな時も多いが、別にノートに名前を書くぐらいは誰にも迷惑はかけちゃいない。
好きだかなんだか知らないが、自分勝手なやかましいアピールしかできない奴だと思っていたのに……なんかちょっと、いじらしいところもあるんじゃねーか。


「……しゃーねーな、一問ぐらい埋めといてやるか」


俺のその一言に、それまで笑い転げてた二人の動きがぴたりと止まった。


「まじかよ」
「なんで今ので好感度上がったんだよ」




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