変態注意報

リンが本格的に風邪をひいた。

演習の間はまぁくしゃみ・鼻水程度の症状でおさまってたみたいだが、その演習が終わった途端熱を出したらしい。
かなりの高熱でうなされまくって弱り切っている―――というのを、俺はナルトから聞いた。
朝から呼び出しをくらって氷だ冷えピタだを買いに行かされたんだと。

…ったく…なんでこういう時は俺じゃなくて、ナルトなんだよ。



変態注意報7 side シカマル



気付いた時には足がリンの家に向かっていた。
手にはちゃっかり家の薬を持って。
一度呼び鈴を押した頃には、一体俺は何をしているんだと自分に対して心底呆れた。
だがここまで来ておいて引き返すのもあれだ。薬だけ押しつけてさっさと帰ろう。


「…おせーな」


なんで出やがらねぇんだ。
高熱だってんならふらふら出歩いてることもねぇだろうに。いるのはわかってんだよ。
わざわざ出向いてやったのに居留守を使うとはどういうことだと呼び鈴連打。

後になって考えてみればまぁ寝てたんだろうとかしんどかったんだろうとか、いろいろわかるはずなのに。
何故かこの時の俺は最終的に…玄関を破壊した。

気持ち的にはいっそ清々しい。

それから勝手に上がって無駄に長い廊下を歩いていくと、何故か納豆を手に構えたリンと遭遇した。
何故納豆なのかはまじでわからない。


「んだよ、元気そうじゃねぇか」
「!?し、シシシシシカマル!?」


たしかに体温の高そうな赤い肌はしているが、割といつも通りのリンで安心した。

…って、俺は心配なんかしてたのか?
いやいやいや、俺はただ、普段あんだけ騒ぎまくってるあいつがめずらしくぶっ倒れたって聞いて…
……………心配したんだな。
クソ。なんかむかつくな。

唐突に服を脱ぎだしたそいつを静止して布団に戻し、ナチュラルに俺の尻を触ろうとしてきた手をはたき落とす。
いつものリンだと思って、少し笑えてきた。


「あ、シカマル薬は口移しで」


またふざけたこと言いだした。
当然俺は、いつものようにそれをあしらう。こういった時のリンの反応は、それでもしつこく食い下がってくるか渋々引き下がるかだ。
けど今回のリンの反応は、そのどちらでもなかった。


「…じゃー薬なんか飲まない」
「は?」


拗ねた。
それもわざとらしく作ったようなもんじゃなく、本気で。


「めんどくせー…さっきまでうれしいとかなんとか言ってたじゃねぇか」


ここ最近で一番めんどくせぇ。やっぱり女なんてのはロクなもんじゃない。なんだこの気分の移り変わりの早さは。男にはついてけねーよ。


「…もういいよ」
「は?」
「もういいって、大丈夫」


何なんだ、わけわかんねぇ。

ってかよく見たら…こいつ、かなり熱上がってんじゃねぇのか。
顔真っ赤だし目は虚ろだし、涙目だ。
…この訳わかんねぇ態度も、熱のせいか。

そう思うと急に、俺は少しの罪悪感を覚え始めた。
あしらうにしろ何にしろ、もう少し言い方ってもんがあったんじゃねぇのか。
いつも通りつったって、こいつはそう見えるように振舞ってただけなんじゃねぇのか。
そんなんにも気付かないで俺は…


「シカマル…?」


いや、かといって俺は一体どうするべきだったんだ。
口移しなんかできるわけねぇんだし。俺は別に悪いことをしたわけじゃないだろ。
こんなもん、ただ病人がぐずってるだけじゃねぇか。

あー…ったく、リンがめずらしくこんな、寂しそうな顔なんざするから。
だから俺、なんか変なんだよ。


「ごめん、シカマルごめん、怒らないで…」


そんな涙声と共に、俺の方に伸ばされる手。
触れたその手の熱さに驚く。
そして、震える体と、怯える瞳に気付いた時…
俺は、体の中全部をかき混ぜられるような焦燥感に襲われた。

いや落ちつけ、こいつは病人だ、今は正常じゃないんだ。
これもただ熱のせいで―――…


「―――っ!」
「シカ…マル…」


…は?
泣いてる…?

んだよ、なんだよ、それ。
今までどんだけ俺に冷たくされようが怒鳴られようが、何にも感じないかのようにへらへらしてやがったくせに。泣いたことなんかなかったくせに。

……もうどうにでもなれ。


「へ!?ちょ、何―――」


どう考えたって、正常じゃないのは俺だ。
何してんだ、一体。

口移しなんざ…
マジで柄じゃねぇっての。

ごっくん、という潔い音を聞いた後、俺はリンから離れた。
真っ赤な顔のそいつが、茫然としながら俺を見る。
…絶対俺も赤くなってる自信がある。くそ。


「…飲んだな」
「…のんだ」


おかしい。今の俺はおかしい。

もう帰ろう、さっさと帰ろう。
やっぱり俺はこいつと関わるとロクなことにならねぇんだ。


「セクハラだシカマル…」
「…は!?」


お、お前がそれを言うか!?

最悪だ、こいつにセクハラを指摘された…
てか自分で要求しといて、喜ぶとかそんなリアクションもなしかよ。
おい黙るな、なんかしゃべれ。


「…シカマル、私のこと好きなの…?」
「はあ!?んなわけねぇだろ調子のんな」
「…じゃあ…じゃあなんで…」
「…知るかよ」


ただお前を泣かせたくなかった。
体が勝手に動いてたんだ。


「…え、ええ何それ、もうやだシカマル…」
「な…チッ、なんでまた泣いてんだよ…」
「くるしい…いろんな意味で」
「なら寝てろ」
「やだ…寝たらシカマル帰っちゃう、やだ、やだぁ…」


ぼろぼろぼろぼろと。
泣くんじゃねぇよバカ。さっきの俺の行動は何だったんだ、ったく…


「寝ろ」
「や…」
「いてやるから。帰らねぇから。また熱上がってんだろ、寝ろ」
「…ほんと?」
「…ああ」


…あー…
…本当に俺は、いつだってこのバカに振り回されてばっかりだ。
そろそろ本気で誰か助けてくれ。

なんか今、弱ってるこいつが可愛く見えんだよ。
おわってる。末期だ。助けてくれ。
こいつが可愛いとか愛しいとか、んなもん絶対ありえねぇはずだから。




(ったく…いてねとか言うぐれぇなら、最初から俺を呼べよ)

隙あらばセクハラ
(それもたぶん無自覚のうちに)
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