本格的に風邪をこじらせた。
風邪気味だとわかっていながら勇ましく川に入って魚とか獲ってたのがいけなかったんだろうか。いけなかったんだろうな。シカマルに家庭的な女子アピールをしたいがために無理をしてしまった。
演習中サクラやシカマルにうつしてしまっていないか心配だ。
ナルトは水とか冷えピタとかをパシって買いに行かせたけど普通に元気そうだった。なんとかは風邪ひかないって言うしそこはあまり心配していなかったけど。
熱が引かないためアカデミーは休んでしまった。入学してから初めての病欠だ。
…シカマル、心配してくれてるかな。
してないだろーな。
変態注意報6 side リン―――ピンポーン…
「ん…?」
今呼び鈴鳴った?
熱で朦朧としながらいつの間にか眠っていたらしいが、かすかに聞こえた呼び鈴の音で目が覚めた。
私の眠りを妨げるのは一体誰だ。ナルトにはもう用はないから来なくていいって言っといたし、検討がつかない。
自慢じゃないが私の家に客なんかまず来ない。住んでいるのが私だけという時点でお察しだろう。
どうせ何も知らないセールスかなんかだろうとあたりをつけて居留守を決め込んだ。もう一眠りしよう。
しかしもう一度、ピンポーン。決して不快なメロディーではないはずなのに、何故か不快で仕方ない音が鳴り響く。
「………」
…いや、今日ほんとにしんどいからさ。
朝起きたら39度だよびっくりだよ、そもそも風邪とか滅多にひかない体質だし熱出したのだって人生の内でほんの数回だし、まぁ辛いのなんの。だから、ね、今日ぐらい勘弁してよ。
しかし無慈悲にも音は鳴り続ける。
ピーンポピーンポピンポピンポピンポーン
「う、うるさい…!」
ちょっと怖くなってきた。もはや今更出る勇気がない。
そんな私の気持ちを知ってか知らずか呼び鈴は止まらない。そしてそれはさらにエスカレートしていった。
――――ピーンポーン…ドンドンドンドンドン!ドンドン!
「ひい!ど、ドア殴ってる…!?」
こわいこわいこわいこわい!
私何かしたっけ、もしかして借金取り?いつの間にか何か抱えてた感じ?
命の危険を感じ始めて私は逃げる準備を始めた。とりあえず布団出て着替えて、えーっととりあえず通帳と印鑑だけ持って出ればいいかな…あ、そういえば冷蔵庫の納豆の賞味期限が今日までのはず、納豆、納豆持って行かないと。
そこで台所に移動し、冷蔵庫を開けて納豆を手にしてから少しだけ冷静になった。
…私は高熱に侵されている。
そんなことをしているうちに玄関の物音はより盛大になり、そのうちバキッ!ドカッ!ドゴッ!と破壊音としか思えない音が家中に響き渡った。
やばい絶対うちの玄関壊された。
もうこうなったら戦ってやる。
私はぐっと決意して納豆を手に玄関まで走った。
途中で納豆はいらないなと気づいた。
「…んだよ、元気そうじゃねぇか」
「!?し、シシシシシカマル!?」
せっかくだからこれを顔面にお見舞いしてやろうと納豆を構えた私の前に現れたのは、私の大好きな彼だった。
えっシカマルなんで私の家に?あやうくシカマルの尊い顔面を納豆まみれにするとこだったわ…ってちがう、シカマルがうちに来るのなんか初めてじゃない?
うそ、どうしよう、ときめきが止まらない…てか待って、シカマルが私の家破壊したの?修理費とかどうするの?
あ、ちがうそんなのどうでもいいわ一体どうしたの私、やっぱり熱でおかしくなってるな。
シカマルがうちに来てるんだよ?あのシカマルだよ?そうだ早くお茶の準備をしないと。あ、結局私パジャマのまんまだ、着替えなきゃ。
「って何を急に脱ぎだしてんだお前は」
「えー?ああごめんちょっと待ってねすぐ終わるよ」
「待たねぇっつのバカ。脱ぐな、着ろ!」
「えー…?」
「てかなんだその納豆」
シカマルの前でパジャマのままなの嫌なんだけどな、仕方ない。シカマルは私の貴重なパジャマ姿を目に焼き付けたいんだろうな。
納豆はちょっと私にもよくわからないな。
破壊されたであろう玄関が非常に気になるが、いたって通常運転なシカマルを見ていると少し落ち着いてきた。
それと同時にまた熱を自覚して、頭がぐらりと揺れる。
冷えピタはまだ若干冷たさを保っているけれど、そもそも薬を飲んでいないから症状が一行に回復しない。
病気には薬が必要だという知識が頭から抜け落ちていたので、ナルトに買ってきてもらうのを忘れていた。
「寝てろ、目据わってんぞ。薬飲んだのか?」
「ううん」
「んなこったろーと思った。おら、奈良家秘伝の薬持ってきてやったから飲め」
「えー!…へへ、うれしい。ありがとう」
シカマルがやさしい!
あ、いやいつもやさしいんだけど、やっぱ病気になると心が弱るのかな、いつもよりやさしさが身にしみる。
お礼言われて照れるシカマルなんてのもレアだ。照れるとそっぽむいて目きょろきょろさせるその癖、可愛いな。
心のアルバムにしっかり焼きつけよう。
「おい、布団敷いてる部屋どこだ?お前一人暮らしのくせに家でか過ぎなんだよ、四畳半で充分だろ」
「部屋はこっち。あと四畳半はさすがに狭い」
もといた部屋に戻って、シカマルに促されるまま布団に入る。
けれどやっぱり寝っ転がるのは抵抗があって、上体は起こしたままにした。
「てかシカマルどうしたの、あんなに扉殴ったりして。あとうち壊した?」
「…悪かった。お前がすぐ出てこねぇから…なんかあったのかと思って」
「何ソレ超許しちゃうし」
「かるっ!」
「だって心配してくれたのかと思うとうれしくって。家なんかどーでもいいや」
今日のシカマルはどうしたんだろう、薬持ってきてくれるし心配してくれるし、人のうち壊すぐらいらしくもなく取り乱したりするなんて。
…学校休んでみるもんだな。よくわかんないけど、ビバ風邪!ひいてよかった!
「ったく…バカは風邪ひかないっていうのにな」
「あ、濁さずバカって言っちゃったよ」
「俺ぁお前以上のバカなんて知らねぇってのに」
「私バカじゃないもん」
「いやバカだろ」
「あ、シカマル薬は口移しで」
「そういうとこがバカだっつってんだ」
チィッ!そうかそういうとこか!
いやだがしかし私は風邪をひいたんだから、つまり、イコール、バカじゃないってことじゃない?
…けど夏風邪はバカがひくとも言うんだっけか。
「……なんでもいいや、とりあえず口移し」
「知るか」
「…じゃあ薬なんか飲まない」
「は?」
…あー…いや、何言ってんだろ私。
さすがにこれは自分でもバカだと思った。
シカマルにだけは風邪をうつしたくなくて、あえてナルトにお使いを頼んだのに。
それがシカマルに口移しなんか提案してたら矛盾も甚だしい。
「めんどくせー…さっきまでうれしいとかなんとか言ってたじゃねぇか」
そう、そもそもうつしたくないなら、薬ありがとうじゃあねともうここで帰っていただくべきだ。
シカマルを想う気持ちは私欲に負けたりしない、ここはシカマルのためにも心を鬼にしなければ。
「…もういいよ」
「は?」
「もういいって、大丈夫」
だめだ言い方がよろしくないぞ私。
わかっているのにこんな時に限ってまともな言葉が出てこない。
おそらくまた熱が上がっている。さっきよりも頭がぼーっとしてきた。
がんばれ自分。ほら、シカマル不機嫌そうな顔になってるから。これはよくないから。
とりあえず薬飲もう!
私は枕元の盆の上に置いてあった水差しを手に取った。
「…シカマル、ごめんね、ありがとう。お薬ちょうだい」
「………」
「シカマル…?」
あ、これは、すごい怒ってる。
いつもの「めんどくせー」を通り越した、滅多にないやつだ。
もう、わざわざお見舞いに来てくれるなんて、本当にすっごく嬉しかったのに、怒らせるとか最悪じゃん。何してんの私。数分前の自分死ね。
「ごめん!シカマルほんとごめん、怒らないで…」
水差しを置いて、シカマルに手を伸ばした。
怒りを隠さない表情のままの彼は、黙って私を見降ろしてくる。
今までたぶん私はたくさんシカマルを怒らせてきたけど、それでもこんな顔を向けられるのは初めてだった。
「シカ…マル…」
頭は痛いし息は苦しいし、頭の中も何もまとまらなくてすごく泣きそう。
そして堪える間もなくぽろっと、溢れた涙が一粒頬を伝って落ちた。
慌ててそれを拭う。
情けない。泣き落しでもするつもり?
でもシカマルはさっきまでとは違って、純粋に驚いた顔になった。
それを見てちょっぴり安心すると、さっきまでよりずっと頭がくらくらするようになった。
それからふいに、シカマルが薬の入った袋を手にとって中身を出した。
ああ薬くれるのかななんて思って、シカマルの服を掴んでいた手を離す。
そして、ありがとうのあ≠ワでを言いかけた時。
目の前でシカマルが、取り出したその錠剤を一粒飲んだ。
「へ!?ちょ、何…」
お前にはやらねーって!?我儘言ったから!?いや、え、それ…え?
茫然としているとシカマルはすぐさま水差しを手にとって、口の中にそれを流し込んだ。
そして次の瞬間彼の手が私に伸び、そのまま後頭部を掴まれてシカマルの方へ引き寄せられた。
顔が近い―――そう思ったその時には、唇に何かが触れていて。
それが何か、ということに気付く前に冷たい水が口内に流れ込んできた。
「―――!?」
反射的に、ごっくん。
「…飲んだな」
「………のんだ」
状況についていけなさ過ぎて、私は口の端から水を零したまま阿呆ヅラを晒していた。
なんだ、とりあえず何か言わなきゃ、なんだ、えっと、
「セクハラだシカマル…」
人はこれをキャパシティーオーバーと言うんだっけか。
仕方ないでしょ、だって不意打ちでまさかの初キス。
嬉し過ぎるんだってば。
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