変態注意報

うちはと小柳。
それぞれ歴史ある木の葉の精鋭として、この二つの一族は関わりが深かった。

小柳の一族が存続の危機に危ぶまれようとも、小柳の一族の生き残りが一人になろうとも、それは変わらなかった。
うちはは小柳のたった一人の生き残りである小柳リンを優遇し、亡きその家族の代わりをした。

だから…うちは以外の人間では、そいつがいつも俺の一番近くにいた。
むしろ、そいつしかいなかった。

ついにお互い一人きりになった、その時も。



変態注意報8 side サスケ



「サスケーやっほー。もうご飯食べた?」
「…いや」
「よかった、いろいろ材料持ってきたから今から作るね」


勝手知ったる余所の家。
俺に何の了承も得ず、リンはうちの台所にその材料とやらを広げだした。
週に一回は見る光景だ。俺は特に何も言わずにクナイの手入れを続けた。


「何食べたい?」
「何でもいい」
「じゃあ魚焼くよ」


俺が一人になってから、こいつはこうしてよくうちに飯を作りにやってくるようになった。
俺はほっとくと、ちゃんとした飯を食べようとなんてしないから―――だそうだ。

以前までは、リンの方が毎晩俺の母親の飯をたかるという具合だったはずなのに。
あの日以来当然そんな日常は姿を消して、今みたいな状況が生まれた。

料理を教わっていたところなんて見たことなかったが、こいつの作る飯は母さんと同じ味がする。
それが時に鬱陶しく感じ、時に懐かしく感じ、時に複雑な心境に陥らされる。
けど嫌いじゃない。
この状況も、料理も、おせっかいなその存在も。


「…大丈夫なのか」
「何が?」
「昨日アカデミー休んだだろ」
「ああ、ちょっと風邪ひいちゃってさ」
「お前が風邪…?めずらしいな。バカはなんとかって言うだろ」
「伏せる方確実に間違えてるよね。なんとかは風邪ひかないって言ってよね」


俺は手入れの済んだクナイを仕舞い、夕飯が出来上がるのを机の前で大人しく待った。
リンは基本的に器用だ。仕度もいつもそう時間はかからない。


「…風邪ひいたにしては元気そうだな」
「もうバッチリ全快だよ。シカマルがくれた薬のおかげだと思うんだよねー」
「!あいつがお前に薬なんか渡したのか」
「うん。私もびっくりしたよ。別に連絡もしなかったはずなのに」


…全然相手になんかされてねぇしむしろウザがられてるし、脈なんか欠片もねぇだろうと高括ってたってのに。
なんだ、実はシカマルの奴も満更じゃなかったってことか。


「あ、サスケお茶とお箸準備しといて」
「…ああ」


シカマルのことを好きだなんだ言いだしてから、こいつは変わった。
元々バカだったのが特段バカになったとかストーカー化したとかそれだけじゃない。
小柳一族の唯一の生き残り…"小柳の悲劇"として里の人間から蔑まれ、それらの視線をかわしながら生きていたリンが今は、あの辛く苦しかったであろう日々がなかったかのように、毎日を楽しんで生きている。いつも明日が来るのを心待ちにしている。

それまではずっと、俺と同じだったはずなのに。
あの日で時間が止まった俺と同じように、永遠に進まない時間を生きていたのに。
俺を置いてこいつだけが、勝手にそこから抜け出してやがる。あんな奴と出会っただけで。


「った!」
「?どうした」
「あー…指切った」
「あ?」


何やってんだと、一応立ちあがってそいつの傍に行く。
切った指を握りしめる手を除けさせて、傷口を見た。
別に切断されそうなほど深いわけじゃない。かといって浅いわけでもない。
めずらしいこともあるもんだと思った。こいつがこんな凡ミスを犯すことなんか滅多にない。

俺は血の滴るその指を、そっと己の口に含んだ。
驚いたリンの肩がびくりと跳ねる。
若干赤くなったその顔を見て、誰と比較したわけでもないわずかな優越感に浸った。

指全体についた血を舐め、傷口を吸う。
時折そいつは痛みに眉をひそめたが、俺が口を離すその時まで何も文句は言わなかった。


「…な、何してんの」
「応急処置」
「はあ」
「てかどうしたんだよ。お前らしくもねぇ」
「え、いや…」
「…何かあったのか?」
「は?いやいや別に」
「………」
「………」
「…お前は嘘つくの下手なんだから諦めろ」
「え!?私嘘つくの下手なの?なんで?なんでわかんの?今何か癖とか出てたの?」
「やっぱ嘘なんだな、じゃあ吐け、さっさと吐け」
「…卑怯…」


嘘をつくのが下手なのは本当だ。
こいつは良くも悪くも素直すぎる。


「昨日…」
「ああ」
「シカマルがね、その…口移しで薬飲ませてくれたんだ」
「ああ………って、はあ!?」
「それでね、私シカマルに私のこと好きなの?って聞いたの、でも、んなわけないって言われて…」


切った指を根元の方で押さえながら、リンは俯いた。
俺はそれにどう答えるべきなのか。どんな返事を求められているのか。

…わからねーよ。

ただ、自分から聞いておいて何だがだんだん腹が経ってきた。
俺がお前の恋愛相談なんかに乗るわけねぇだろウスラトンカチ。


「…ねぇ、男の子ってみんなそんな感じかな」
「は?」
「誰にでも、そんなこと簡単にできるのかな」
「………」
「サスケの、さっきのあれだって…」


…んなわけねぇだろ。
誰でもいいわけがねぇ。俺は、お前だから…―――

―――そう否定するのは簡単だ。

ただそれは俺へのその疑惑を解消すると同時、シカマルへの疑惑をも晴らしてしまうことになる。
なんで俺が、わざわざあいつの気持ちをこいつに教えてやらなきゃならねぇんだ。
冗談じゃねぇ。


「そうだな、んなもんいちいち気にしてんじゃねぇよ。口と口合わせるぐらい、何だってんだ」


俺はリンの頭を引き寄せた。
そして見開かれたそいつの目を見つめながら、唇を重ねた。

今にも心臓は爆発しそうだ。だけどそれは表には出さない。
唇を離してからも、完璧にいつも通りを装って。
何も感じてなんかいない、フリをした。


「―――これぐらい、簡単なことじゃねぇか」


もしかしたら聞こえてんじゃねぇのか。
そう思うぐらい、心臓の音がうるさい。

俺は自分へのこいつの疑念を晴らすことより、あいつを陥れることを優先させた。
それがどれだけ惨めで愚かなことか、わかってはいる。
だがそれでもいい。
それぐらいの自尊心なら捨ててやる。

だって俺は、お前が好きなんだ。

昔からずっと。
あいつよりも何年分も、俺はお前を知ってる。

誰にも渡したくなんかない。
そのためなら、どんな薄汚い手だって使ってやる。


「…かん、たん…特別じゃ、なくて?」
「…ああ」


泣きそうになるそいつの顔を見ても、罪悪感は湧いてこない。後悔もしていない。
これでこいつを、まだ繋ぎとめていられる。


「シカマルだって、これぐらいの気持ちだったんだろ。気になんかしてんじゃねぇよめんどくせぇな。腹減った、さっさと飯続き作れよ。…ああ、絆創膏持ってきてやるから待ってろ」
「…うん。ありがとう」


無理をして笑う、そんな姿さえ愛しい。

なぁ、俺を選べよ。
あいつじゃなくて、俺を選べよ。

いつだって俺は、お前は、一番近くにいたんじゃねぇか。



その油断が命取り
(どこへどう転ぶかわからないから)
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