変態注意報

チャクラ切れのため、カツキをリンの影から引きずり出した直後に俺の影はそいつから離れてしまった。

「ほんとに出てきた!それなんていう術ですか?」
「教えるわけないだろ……!」



変態注意報 side シカマル



サクラが地面に置いた巻物の中心、『水』と書かれた部分にリンは手を翳す。それによってリンはその場に大量の水を口寄せした。
その間にカツキは俺やサクラに向かって火を吹く。
しかし俺たちが防御に転じる間もなく、すぐさまリンが俺たちと炎の間に立ち塞がって水の壁で炎を打ち消した。
催眠術だの影術だの火遁だの使える術がバリエーション豊かで便利なこったが、水遁使いのリンに対して火遁の相性が悪いのをわかっていてなおそれを繰り出すということは、もうこれ以上の持ち玉はさすがにないのだろう。

けれどだからと言って楽観視もしていられない。
本来のリンは水遁の術と体術を組み合わせた戦法が主流のはずだ。しかし今回接近戦に持ち込むのはまずい。もう一度影に入られたりしたら終わりだ。
それで一体どうやって奴を捕縛しようか。殺すことは最善ではない。奴には聞かなければならないことがたくさんある。

……くそ、情報が少ない。相手にしてもそうだが、リンにしたってそうだ。
俺とリンは一応何度かはチームを組んで任務に出たこともあるが、それもリンがまだ中忍だった頃の話だ。一番新しい記憶で二年ほど前になる。
今のリンに何ができて何ができないのかなんて、考えたところで俺にはわかりようがない。

だが泣き言を言ったって仕方がない。
俺は何かリンに作戦を伝えなければと考えをめぐらせていたが……
リンは炎が消えたと同時に、俺に指示を仰ぐことも無く一人で走り出していた。

「リン……!」

一人でやれるつもりなのか?策があるのか?
不安が顔に出ていたのだろうか。リンは一瞬だけ俺を振り返ると、安心させようとするかのようにニッと笑った。

「信じて見てて」

水の壁で互いの視界が悪いのをいいことにリンはカツキを中心に距離を取りつつ円形に走り、次々に起爆札付きのクナイを投げた。
カツキは危なくなくクナイをかわすが、リンの起爆札は水に濡れても問題なく使える仕様のようで、クナイが水に突っ込むとその衝撃で札が爆ぜ、カツキの側にはいくつもの水柱が立ち上った。

「目をくらませようったって無駄だよ……!水遁の術はその性質上、技単体での殺傷能力には欠ける……どうしたって物量勝負……!この程度の水を口寄せしたところでたかが知れてる!」

ついに水柱がカツキを囲みこんだが、カツキの方に焦りは見られない。

「だからこそリンは忍術に体術を組み合わせる戦法を取っていたはずだ!その上でこの目くらまし……僕に近づきたいのが見え見えだ!僕に一瞬でも触れたその瞬間、また影に入ってやる!」

カツキの言う通り、おそらくその瞬間を狙うことはそう難しくはないだろう。
よっぽど遠くからでも拘束できるような術がない限り、視界を塞いでも意味がない。

だけどリンだって、そんなことは分かってるはずだ。
リンは馬鹿だが、こと戦況を読むことや戦闘においては馬鹿が隠れる。伊達に上忍はやってない。

間もなくリンがカツキの視界を遮りつつ、カツキを囲み込むように四体の水分身を作り出した。
分身に拘束させるつもりか?

「リン気をつけろ!影術は分身の影だって操れるからな!」

もちろんその時は分身を解けばいいだけだが、おそらく戦場に余計な混乱を招くだけだ。
しかしそれは無用の心配のようで、リンは黙って親指を立てた手を俺に向けた。

「カツキさん」

「やっぱり私のこと舐めすぎ」

「この程度の水っていうのが」

「そもそも私がかけたブラフだとは」

「思わなかったの?」

リンの位置を正確にさせないためだろう、本体と分身がそれぞれにそう言い、次に全員が同じ印を組んだ。

水遁・水龍弾の術

到底ここにある水量でできる技ではなかった。
一瞬で大きな水の龍が五匹も生まれ、同時にカツキを飲み込んだ。

そして龍同士がぶつかった衝撃によって、まるで急に嵐の中に放り込まれたような風と水しぶきが俺とサクラにも襲いかかる。
するとリンの指示なのか本人の意思なのか、サカナちゃんが拾いに来てくれたので俺たちはそれに乗って空まで回避し、大量の水が津波のように方々にはけていくのを見守った。

「リン……いつの間にここまで……」

リンがこの量の水を自ら作り出せることはサクラですら知らなかったらしい。

これが、長く厳しい実践で鍛えてきたリンの成果か。
悲劇と呼ばれる自分を脱するため、家の名誉を守るため、そして俺に相応しい人とやらになるためにがむしゃらに突き進んできた、あいつの。

水がはけると、大きな水溜まりの中心でずぶ濡れのリンが立ち上がった。
片手には大きな丸い水の玉がくっついている。

「水牢の術、成功……」

水の玉の中では捕らえられたカツキがこれまでに見たことの無い苦渋の表情でもがいている。
なんとかなったか、と俺もサクラもようやく肩の力が抜けた。

「ったく、とんでもねーな……」

昔から努力家なのは知っていた。
人に甘く、自分に厳しいことも知っていた。
それでもこれでまだ満足してなかったとは、末恐ろしい。
何が俺に相応しい人に近づく、だ。一人で先走ってばかりのくせして。

こんな女に釣り合うようになるには、俺はどんだけがんばりゃいいんだよ。

呆れるような喜ばしいような。
笑顔でこちらに手を振るリンを見ていると、自然とこっちも笑みがこぼれた。

「リン、怪我は無いな」

リンの傍に降り立って、疲労困憊の様子のリンの体を支えた。
すぐさまサクラが俺たちの背中に手を当て、医療忍術を施してくれる。

「うん……けどさすがに水龍弾の術五発同時は大盤振る舞いし過ぎた……疲れちゃったよ」
「おい……ちゃんと水牢の術が解けねぇ程度にはチャクラは残ってるんだろうな」
「……たぶん……?」
「ハァ……サクラ、俺はいいからリンを頼む」
「おっけー」

せっかく伊達に上忍じゃないなんて思ったのにな。もしここでチャクラ切れにでもなったりしたら台無しだわ。

「カツキさん、もがけばもがくほど苦しくなって死ぬだけですよ」

リンが水牢の中にそう声をかけた。
カツキは相変わらず往生際悪くもがいていて、なんとかそこから抜け出そうとしているようだ。
水の中では影も火も扱えない。それどころか水牢の術は内側から破るのはほとんど無理に等しい必殺の技。かかった時点でどう考えたって詰んでいる。
腐っても忍の端くれならじっとしていればそれなりに息は持つだろうが、この分なら本当にすぐにでも死にかねない。

もしかしてそれを狙って?
自害するつもりなのかあるいは……俺たちが自分を殺さないと見越して、あえて危険に陥ることで術を解かせようとしているか。
だけどリンの次の言葉で、そんなカツキの動きがぴたりと止まった。

「がんばって息の節約に努めてください。……私なるべく、あなたのこと殺したくないと思ってるんです」

殺さず生け捕りにしたいとかそういうニュアンスではなく、カツキという人間を思って言っているのが声色からわかった。

「リン、お前……もしかして洗脳が解けきってないのか?」

なんでこんな奴の心配なんかするんだ。
生け捕りにするのが里の忍として正しいのはわかっているが、これが俺の私情を持ち込んでいい場面だったとしたら俺は間違いなくこいつを殺している。
それぐらい憎んだっていいはずの相手だ。

だからリンのその態度がにわかには信じ難い。
けれどリンは俺の問いに静かに首を横に振る。

「そんなことないよ。ただ……この人、私の体を乗っ取って逃げ出したあの時、シカマルを殺そうと思えば簡単に殺せたはずなのにそうしなかったでしょ。殺して逃げる方が確実に逃げ切れる可能性も高くなるのに」
「!……たしかに……」
「この人はあえてシカマルを生かしてた。それがなんでなのかとか……私、この人にちゃんと聞いてみたいの」

水牢の中のカツキは何も言わずに黙っている。
無駄に暴れて酸素を減らす行為はやめたようだった。

「でも……やっぱりまだ洗脳ってやつが残ってるのかな」
「は?」
「あれだけのことをされたのに、なんだか私……この人を憎みきれないんだ。……恋人同士だった頃の優しい目も、一度言われた『ごめんね』の言葉も、嘘じゃない気がするから」
「リン……」

リンはそう言う自分の言葉がどれだけ俺の神経を逆撫でるかなんて想像もつかないんだろうな。
他人からすれば思いやりのある女にでも見えるかもしれないが、俺からすれば「人生めちゃくちゃにされかけといて何を言う」だ。
リンの言葉に惚けてるカツキも含めて腹が立つ。

「あとシカマルを殺さなかったのは私へのせめてもの情けだったんじゃないか、とか……はは、こんなに都合よく考えちゃうのは一度は惚れた弱みなのかな?」

はは、じゃねぇ。まったく笑えねぇよ。

「惚れた弱みもくそもねぇ。そいつに惚れてたのは洗脳にかかってたお前であって、それはお前であってお前じゃない。そうだろ」
「え、あ、ああ、うん、それはもちろん……」

お前の過去の男履歴にそんな奴を加えるんじゃねぇ。
憎みきれないとか言ってる時点でむかつくのに、これ以上許容できるか。

「お前が惚れてんのはずっと昔から俺一人だろうが」

その他の数々の信じ難い言葉を無理やり飲み込んでやるにしても、これだけは譲れない。
凄むように睨みつけると、なぜかリンが勢いよく天を仰いだ。

「……ひゃい、そうです……」
「シカマル……薄々気づいてたけど、あんたって結構独占欲強いタイプよね……リン、術が乱れるから今は興奮して鼻血出さないで。我慢して」
「私のことが大好きなシカマル尊い……」
「……ハァ……」

それにしてもいつまでもこんなところで突っ立ってるわけにはいかない。
増援が来ているならある程度は安心だが、道草食った分早くチョウジたちのところに戻って合流しなければ。

「今はほかに捕縛手段がねぇ。リン、そのまま連れてけそうか?」
「サカナちゃん疲れて帰っちゃったし、私も疲れたから走るのきついかも。お姫様抱っこして」

お前よりよっぽどボロボロな俺に向かってよく言えたな。せめてサクラに言えや。
欲望に忠実すぎるところがやっぱリンって感じで懐かしいし同時にめちゃくちゃむかつく。
真剣に考えてみろ。
片手にカツキのこと閉じ込めたままでのそのシチュエーションにお前は本当に喜べるのか?そのばかでけー水の玉をおしゃれかなんかと勘違いしてんのか?
抱えたリン越しに酸欠のカツキと目が合うなんて俺は普通に嫌だけどな。

こっちに伸ばされた片手をぱしんと払って、「なんか急に冷たいぃぃ」と泣き崩れるリンを見ながらどうしたもんかと考える。
そしてサクラが「シカマルがいつものあんたの扱いを思い出してきただけでしょ」と慰めのようで慰めになってない言葉をかけていた時、空から「おーい」と声がかかった。
見上げると大きな黒い鳥の腹が見え、その上からはひょっこりとサイが顔をのぞかせている。

「皆さん無事ですかー?」

おかげで移動手段には困らなくなりそうだったが、お姫様抱っこチャンスを逃したリンはとてつもなく不満そうな顔をしていた。

「サイ!このタイミングじゃないよ空気読んで!」
「え……!?」
「無茶言うなこの馬鹿」
「だってさっきのは絶対なんだかんだ言ってお姫様抱っこしてくれるいつもの流れだった!」
「あんたどんだけポジティブなのよ」
「いつものってなんだどの流れだ。絶対今じゃねーだろ、帰ったらいくらでもしてやるから我慢しろ」




いい加減諦めろ
(帰ったらしてくれるんだ……!?)
(帰ったらしてあげるんだ……)



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