変態注意報

変態注意報 side シカマル


「今、カツキさんの声が…ぁあああぁぁぁ!」


その不穏な言葉を残して、リンは明らかに不自然な挙動で走り出した。


「お、おい!リン!」


もちろんすぐに追いかけようと足を踏み出しかけるも、動かない。
さっき飛段の前で動かなくなったのと同じだ。
なにかに封じられているように体の自由が一切きかない。
リンの言葉の通りなら、これは奴が…!


「シカマル!無事ね、よかった!」

「サクラ!」

「あれ?先にリンが来たでしょう?どこ行った?あのサカナちゃんめちゃめちゃ速くて追いつくのに時間かかっちゃった…てか暁は?もしかしてもうやっちゃったの?」

「説明は全部あとだ!とにかくサクラ、俺の影を見てくれ!」

「影?」

「何か異変はねぇか!?」


まさかとは思っていたが、やはり身に覚えのある術だった。
今は自分の背にある影が見えなくてサクラに確認を頼む。
まったくちょうどいいところに来てくれたもんだぜ。


「えっと、あ!チャクラ刀が刺さってる…!」

「抜いてくれ!」

「わかった!」


ずぼ、と地面からチャクラ刀が抜ける音と同時に体が動いた。
やっぱり影術だったか。俺がこの術でしてやられるとはな…


「サクラ!リンを追う!」

「な、何?一体…リンがどうしたの?」

「走りながら説明する!」


それから戸惑うサクラに状況を伝えるも、サクラは「だからリンの記憶は戻ってないんだってば!」と怒りながら主張していた。
サクラ側の認識についてはよくわからないが、戻っていないんだとしたら今連れ去られる理由がない。
奴は待っていたんだ、リンがすべてを思い出す瞬間を。

今のリンではそう速くは走れないかと思ったが操られている状況ではやはり関係ないようで、リンが走り去ってから追いかけるまで、そこまで時間が経っていたわけじゃないのにリンの姿が一向に見えてこない。
くそ、この先で合ってるのか。感知タイプがいないのにこのまま走り続けて大丈夫か。

考えているうちに足がもつれてその場に転がった。


「シカマル!」


疲労はとっくにピークに達している。
なんにしろこのままではリンに追いつけない。考えろ、考えろ。


「待って、すぐ治療するわ!」

「んなこと言ってる場合じゃ…」

「けど、どっからどう見てもあんたもう限界よ!」


息はとうに上がって、足はがくがくで、たしかに傍から見れば動ける状態では無いかもしれない。
だからって立ち止まっていられるかよ。
なんとか立ち上がろうと唇を噛み締める。
すると這い蹲る俺の隣に、ぬるりとリンの口寄せ動物である魚が擦り寄ってきた。


「うお!?」

「サカナちゃん!まだいたのね!」


この魚については前々から知ってはいたが、やはり何度聞いても最悪なネーミングセンスだ。
しかもどうして契約に至ったんだか、言葉は交わせないし他の意思疎通の手段もないし、表情もまるでただの魚。
そんなのが俺の脇に来たもんだから一瞬驚いたが、なぜだかこの時はすぐにそいつの言わんとすることがわかった。


「よっしゃ、頼む」


魚の背に飛び乗り、傍に突っ立つサクラのことも引っ張りあげて俺の後ろに乗せた。


「こいつがリンのところまで連れてってくれるはずだ。その間にサクラ、俺のことをできるだけ回復させてくれ」

「ー!わかったわ!」


さっきサクラが言った通り、二人も背に乗せている割に魚の泳ぎはとても速かった。
これなら間に合うはずだ。



変態注意報 side リン


「カツキさん、あなた私を舐めてますね」

「リンの方こそ。余裕かましたところで君に手はないよ。シカマル君はもうスタミナ切れだ、僕たちには追いつけない」

「それはどうでしょう」


私はサカナちゃんを戻していない。
あの子なら必ずシカマルを連れてきてくれる。


「…仮に追いつけたところで、チャクラ切れでもある彼にはどうすることも…」

「それもどうでしょう。あとちなみに、最終的にどうこうするのは他の誰でもなく私なんで」

「…………」


この術が一生かかりっぱなしってこともないだろう。
なんでもいい、とにかく体の自由さえ取り返せればどうとでもなる。

足掻いたところで仕方ないことはわかっていたので、私は大人しく体の動くままに走り続けていた。
すぐそばに人目の避けやすい森があるのに、カツキさんはわざわざ森を避けて走っている。
口ではシカマルのことを驚異ではないみたいに言っているが、実の所は影の多い場所を警戒しているのだ。

ちゃちな虚勢だ。正直今のカツキさんはめちゃくちゃダサい。
よし、大丈夫。記憶が戻ったらカツキさんへの想いも戻っている、なんてことはない。
私が好きなのはシカマルだけだ。


「気が急いたんですか?ずっと隠れていられたんなら何も今じゃなくて今夜にでも、誰にも見られていない場面でこっそり連れ出せばよかったのに」

「…………」

「目的地がここから近いとか?」

「…こんな状況でよくしゃべるね。口元まで制御出来ないのが残念だ」

「ああそうか、里内で私に叫び倒されたら困るからか。口の動きを制御出来ないのはやっぱりこれが影術だから?影に口はないですもんね。だったら今ここでシカマル一人を撒く方がリスクが少ないって判断ですか?合ってます?」


さらに言うなら、素直に出てきて私を眠らせるなり拘束するなりして連れていくという選択肢がなかったのは、私との対面がリスキーだと考えているからだろう。
こうやって術を駆使しないと誘拐もままなりません、僕は対人戦に自信がありません。と、そう言っているようなものだ。


「…なんだかリン、以前と雰囲気が違うね」

「味方と敵で態度が違うのなんて当たり前でしょ。…ひょっとして元カノとはマブダチになれちゃうタイプ?」

「は?」


さすがにキレさせたのか体が勝手に動いてクナイを手に取った。
目的が私自身である以上殺されはしないと高を括ってたけど、痛いのもイヤだな。

私はそれが自分に使われる覚悟をしたけれど、思いもよらずクナイは後方上方へと飛んだ。

サカナちゃんが思っていたよりも随分早く追いついてくれたみたいだ。
大丈夫かな、シカマル回復できたかな。

さらに私の手は勝手に印を結ぶ。
使い慣れた辰寅卯の印。

水遁・水乱波。

後方を振り向き、空を泳ぐサカナちゃんとその背に乗るシカマルの姿を視界に入れるなり私は口から大量の水を吹き出した。

…私が水遁使いであることはカツキさんもわかっていたが、サカナちゃんについては詳しくなかったのだろうか。
サカナちゃんは陸地でも泳げはするものの、本領を発揮するのは水中だ。

水乱波の水がサカナちゃんに届いた瞬間、サカナちゃんは陸上とは比にならないスピードで、水の流れなんか関係なしに水上を滑るように泳いでこっちに突っ込んできた。
脳内にカツキさんの舌打ちが響く。
水を吹くのを止め、衝突を避けるためにか後ろへ飛び退く。

その空中で、シカマルの後ろから飛び出したサクラと真正面からかち合った。

あ、これやばい。


「しゃーーーんなろーーー!!」


振り下ろされた拳を咄嗟に手で防いだものの、私の体はそのままほぼ垂直に地面に叩きつけられて土の中にめり込んだ。


「いったーーー!!!サクラーーー!!!なんで顔面狙い!?」

「私を騙した罰よしゃーんなろー!」

「それはごめん!」


それにしてもやべー…カツキさんがちゃんと手で庇ってくれなかったら死んでたか二度とシカマルに見せられない顔にされてたかもしれん…!
さすがに罰が重すぎるのでは、と思いつつ体が動かせるか確認するもまだ自由が効かない。
けれどこれはどうやらまた別要因らしい。


「影真似の術、成功…」


身体がすごく抵抗を見せながらめり込んだ地面から起き上がる。
サカナちゃんの背から降りたシカマルと向かい合って立つ形になった。
けれどもシカマルが足を前に出すのに対して、私の足は何としても踏み出すまいという意志を見せる。
体の本来の持ち主である私はもはやただの傍観者で、今やカツキさんの力とシカマルの力で私の体の主導権が奪い合われているらしい。
やだなんかエロい。

私は一切何もしていないのにシカマルが苦い顔をしているのはカツキさんの抵抗が激しい証拠だろう。
すでに操られていた対象に上から術をかけることができたのならその時点で主導権を奪えそうなものなのに…
術の仕組みが違うからか?カツキさんのはただ体の動きを制限されていたというより、私の中にカツキさんがいる感覚に近かった。


「ー!シカマル!私の影の中!」

「今やってる!」


影真似はかかったまま、私の影とそれに繋がったシカマルの影がうごうごと絶え間なく歪んでいる。
影の中の戦いって…一体中でどうなってんの?
それにしても私よりずっと情報が少ないはずのシカマルが私より先にそこにたどり着くなんて…!


「さっすがー!!やっぱりシカマルかっこいいー!天才!結婚しよ!」

「うるせー気が散る!!」


私の求婚に気が散るなんて…昔は涼しい顔でスルーしまくってたくせに…随分私にほだされちゃってまぁ…


「なんっでこの状況で照れてんだお前は!馬鹿か!?ああ馬鹿か!」

「へへへへへ…」

「シカマル、とりあえずもう動けないようにリンのこと縛り上げといたらいいんじゃない?」

「だからごめんってサクラ!」

「いや、今から奴を引きずり出す。俺はたぶんもうこれ以上術は使えねぇし…相手が影を扱う以上近接戦はリスクが高いからサクラには不利だ。…リンがやるしかない。」

「!」


ついさっきまで頼み込んだ戦場にも連れて行ってもらえない身だったのに、ここでは前線に立たせてくれるんだ。
他に選択肢がないような言い方だけどシカマルなら当然他の手だってたくさん思いついただろう。
だけどその中でもこれが一番の妙手だと判断してくれたんだ。


「おっけぃ!」


その信頼が嬉しくないわけがない!
私がただ守られたいだけの女でないこと、何も出来ない自分が一番嫌いなことを、シカマルは知っている。
元はきっと私が蒔いた種。自分のケツは自分で拭く…!


「サクラ!私のポーチから巻物出して私の足元に広げて置いて!そんで離れて!」

「ー了解!」

「捕まえた…!いくぞ!リン!」


シカマルの声掛けの直後、影縛りの術にあったような状態のカツキさんが私の影から引きずり出される。
それと同時に私は久しぶりに自分の体の主導権を取り戻した。


「くそっ…!」

「ほんとに出てきた!それなんていう術ですか?」

「教えるわけないだろ…!」


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