変態注意報

変態注意報 side シカマル

想定していたよりもずっと、チャクラと体力は限界に近づいていた。


「こう何度も同じ術にかかってりゃ…バカでもその術の特徴がわかる」


作戦通り奈良一族の森まで飛段を誘い込み、角都の血を取り込ませて儀式をさせたところまではよかった。
だが、それで油断した飛段の首をはねるのには失敗した。
さらに次の作戦に移るべく影真似の術をかけたはいいものの、もう飛段を完全に抑え込めるほどの力が残っていない。


「術にさっきまでの力はないようだな…動けるぜ。お前の影術は使えば使うほどそれに比例して術全体の効力が低下する…」


薄ら笑いを浮かべる飛段の前で、俺は立っているのもやっとの状態だ。
…こんなところをもしリンに見られたら、それ見た事かとぎゃんぎゃん喚かれるだろうな。

無理やり寝かせて置いてきた、リンの涙の張り付いた寝顔が脳裏によぎる。
限界だろうとなんだろうと、この仇討ちは絶対に失敗には終わらせないし、俺はリンの待つ家へ帰らなきゃならない。


「そろそろチャクラも限界なんじゃないのか?えぇおい!?」


あいつはまた油断している。
もう俺にはこの先の手がないと思っている。
それでいい。もっと来い。もっとだ。
来い!


「ゲハハハハハハハハァ!!」


…ここだ!

飛段が黒い針のような武器を俺に向かって振り下ろす。
そのタイミングで俺は手を伸ばし、影寄せの術を発動…しようとした。

けれど出来なかった。

チャクラ切れではない。何かに動きを制限されているように、体が固まって一切動かない。
一体何が起きているのかと、それを考える間もなく切っ先が眼前に迫る。
その次の瞬間…

俺の目の前に現れたのは、家に置いてきたはずのリンの背中だった。


「ふー…間に合った…?」


俺に迫っていた切っ先は、俺を庇うようにして立つリンの胸から背中にかけてを貫いていた。

『もしもの時は、あなたの盾になるぐらいのことはできるかもしれないから…!』

馬鹿だなと一蹴した、本気で心底馬鹿だと思ったリンの言葉が頭の中に蘇る。
誰もそんなの望んじゃいねぇ。言っただろ、これで俺が生き延びたとしたって、もう今後俺に明るい未来なんてない。


「リン…!?」


やめてくれよ。
お前がいない世界を生きていくのは、もう耐えられない。


「ああ?なんだこいつ…」


飛段が乱暴に刃を引き抜くと、物言わぬリンの体が力なく倒れていく。
手を伸ばしたいのに体が動かない。


「うわああああああああああ!!」


なんで。なんでなんでなんで!なんでこんなことに!!

無我夢中で叫んで、見えない何かに押さえつけられたように動かない体に必死で力を入れた。
そしてリンの体が地面に倒れるギリギリ手前でなんとかその拘束から逃れ、リンの体を受け止めた。

その瞬間リンの体は水となって消えた。


「ー!」


瞬時にすべてを理解した俺は、状況を飲み込めていない飛段よりも一足早く動いて再び奴に影縛りの術をかけ、そのまま影寄せの術を発動させた。


「ヤロー…仲間の水分身を盾にしやがったのか
…さっきの場所にはいなかった奴だなぁ!おい!本体はどこにいる!出て来やがれ!次は本体の方をぶっ刺してやる!」


ワイヤーに拘束されたうえ起爆札が体中に巻きついているというのに、飛段はまだ自分の勝利を信じているようだ。
そんな奴へ絶望を突きつけるために、予めつけておいた目印へ短刀を投げて足元に奴の墓穴を作ってやる。


「何ぃ!?」


一見底が見えない程の深い穴だ。
いつの間にだのなんだのと飛段は騒いでいたが、イレギュラーはあったもののここまでが俺の筋書きだ。
そしてこれで、全て終わり。

最後にはアスマの煙草と共に奴を埋葬してやった。


「終わった…?」


すべての爆発を見届けた後、リンが木の影から鹿と共にひょっこりと顔を覗かせた。
さっきのは分身だったが、これは本体で間違いないだろう。
つい最近までどろどろのアイスみたいな分身しか作れなかったくせに、さっきのあれは完璧な出来だった。随分成長したもんだ。

しかしだからこそ腹が立つ。
盾になるだけなら別に泥人形だってよかったんだ。本物と見間違う出来である必要はまるでなかった。
なんなんだ。俺の気持ちも知らずに、脳天気な顔しやがって。
これは殴ってもいいよな。


「こんっっの馬鹿野郎!!なんで来た!!」


ぐっと拳を握ったものの、それを振り回すより先に叫び返された。


「来るわ馬鹿ヤロー!あんな姑息な手まで使って置いていきやがって!」


はあ!?


「姑息だと…!」

「姑息でしょ!キスなんかで油断させて気絶させるなんて!」


何が姑息だ、仕方ないだろ!
こっちはこれが最後かもしれないって本気で覚悟してたんだ!
くそ!この阿呆!馬鹿!ウルトラ馬鹿!


「キスでもしときゃイチコロだろって?いつからそんなプレイボーイになっちまったのよ、一体何様のつもり…!」


俺だって叫び返してやりたいのを、この場で言い負かしたところで仕方がないとグッと飲み込んでやっているというのに、リンの方はここぞとばかりにぴーぴーと文句を叫びまくる。


「あーもう、うるせぇ!」


俺は別に喧嘩がしたかったわけじゃない。リンだってそれは同じはずだ。
リンの腕を乱雑に握って引き寄せて、力いっぱい抱え込む。
「苦しい」と言いつつ途端に大人しくなったリンだが、今度は鼻をすすって涙ながらに再び文句を垂れ始めた。


「私が、一体どれだけ心配したと…」

「…わるかったよ。ただお前を傷つけたくなかったんだ、わかるだろ。今回は分身だったからよかったものの…もう二度とあんなのはごめんだ」


情けなくも声が震えた。
はからずも盾になるというリンの言葉を実行させてしまったが、想像よりもずっと恐ろしい光景だった。
アスマに続いてリンまで、と一瞬にして絶望に包まれた。
心臓に悪いなんてもんじゃない。


「…けど私がいなかったらそっちが刺されてたじゃん!つまり結局は私がいてよかったってことだよね?ね?」

「…よくねぇ…」

「ええー!なんで!」


あんなの自分が刺される方がまだマシだ。


「…リンは俺がお前を庇って目の前で刺されたらどう思う」

「…やだ」

「そういうことだろ」


抱きしめていた腕を弛めて、未だに涙の膜を張ったリンの瞳を見つめる。
そしてぴーぴー喚いていた間も今も終始震えているリンの手を握って、唇を重ねた。

こんなところにのこのことやって来たことはやっぱり許せねぇ。
だけどあれが本当に最後になってしまわなくてよかった。


「…シカマル君が無事でよかった」

「ああ」

「たくさん心配して、たくさん泣いて、必死で追いかけてるうちに私…わかったよ」

「?」

「私ね、シカマル君が大好き!」


そう言って眩しいぐらいに生き生きとした笑顔を見せるリン。

それはなんだか久しぶりに見る顔で、かつては散々聞いてきたはずの「大好き」が懐かしくて愛しくて、鼻の奥がツンとなった。


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