カカシ先生たちの増援に向かうにはナルトの新術の完成が条件。
何か手伝えることがあればいいんだけどそれも難しく、私はただ祈る気持ちでナルトの修行の様子を眺めていた。
そんな折、頭上から意外な声が降りかかる。
「サクラ!こんなところにいた!」
それと同時に音もなく空中を泳ぐ大きな鯉が私の隣につけた。
以前何度か見たことのある、リンの口寄せ動物だ。
背中には術者であるリンが乗っている。
結局記憶は戻らないままだったはずなのに、もうここまで術を使いこなすようになっているなんてと驚いた。
「リン…!あんたこそこんなところへどうしたの?」
変態注意報 side サクラ「どうしたのじゃないよ、カカシ先生達の増援に行くんでしょ?それなのに…ナルトはあそこで何してんの?」
「新術の修行よ…あれが完成しないと増援には行けないの」
「ええ!?」
「もしかして、リンも増援に行くの?」
「当たり前じゃん!小柳リン、第七班に帰還いたします!」
リンはぴしっと手を額の傍に置いて敬礼のポーズを取った。
記憶が無いくせに真剣な場面で妙にふざけるのは相変わらずだ。
リンにとってはカカシ先生はともかくシカマルのことは心配でならないだろうし、増援に向かいたい気持ちはもちろんわかる。
けれど忍としての記憶もなく、記憶喪失前は上忍だったとはいえその経験値もほとんど振り出しに戻ったような状態のリンを、こんな危険な任務に連れて行くなんて無謀すぎるしとても許可できない。
着いてくる気満々のリンをどう言い含めようか。そう考えてみるうち、ふと気づく。
ちょっと待って。
さっきからリンは私たちをサクラちゃん、ナルト君ではなく、サクラ、ナルトと呼んでいる。
それになんの術も使えなくなっていたのに、急に口寄せができるようになってるし…
「ねぇリン…この魚の名前ってなんだっけ」
リンの口寄せの魚は口をきかないどころか、何らかの方法で言葉を伝えるということもしない。ジェスチャーとか表情とかの気持ちの表現すらなく、コミュニケーションはまじで一方通行。
どうやって契約したのか本当に謎だけどなぜかリンの指示には従順に従う、そんな口寄せ動物だ。
だからリンはこの魚の名前も知らないと言っていて、勝手な名前をつけて呼んでいた。
だからこれに答えられるなら、きっとそういうことだ。
「え…………サカナちゃん」
そう!それ!魚にサカナなんてふざけた名前、普通はつけるわけがない!
その名前をちゃんと知っていたということは、やっぱり…
「やっぱり…!記憶が戻ったってこと…!?ね、そうなのね!?」
「…たくさん心配かけてごめんね、サクラ」
感動のあまり思わず手を握り込むと、リンはそれを強く握り返しながら微笑んだ。
そうならそうと早く言えばいいのに!
記憶の戻ったリンなら戦場でも百人力だわ!
カカシ先生はもちろんシカマルとの連携だって間違いないだろうし、何よりリンは第七班のメンバーなんだから、連れて行かない理由がない!
それから私はリンをヤマト隊長に紹介して、今回の増援に一緒に行けるよう打診した。
リンをよく知らないヤマト隊長は最初渋っていたけど、私とナルトの説得を聞いたら「君たちがそこまで言うなら…」と許可してくれた。
それから心なしか、ナルト自身にもさらにやる気が漲ったように見える。
サスケ君がいなくなってナルトが修行の旅に出て、リンが上忍に昇格して忙しくなっちゃって…
それからせっかくナルトが戻ってきたと思ったらリンがあんなことになっちゃって、もう以前の第七班には戻れないのかなんて考えちゃってたけど…大丈夫、戻れるよね。
◇◇◇
その後ナルトの新術は完成とは言えなかったけど、ここまでくれば大丈夫だろうとヤマト隊長が増援に向かうことを踏み切った。
増援要請があった地点へヤマト隊長、ナルト、サイ、私の四人で走り出す。
リンは体力を温存したいとかでサカナちゃんに乗って私たちを追っていた。
記憶が戻ったとはいえ、一月もの寝たきり生活で落ちた筋肉と体力はそう簡単には戻らないんだろう。
「リン、サクラとナルトは大丈夫だろうが僕とサイは君についてほとんど何も知らない。チーム内の連携を取るためにも君の戦闘スタイルなんかを教えてくれ。」
「んーと、基本は水遁の術とこの子の口寄せしか使えません。あとごめんなさい、私シカマル君が最優先なので彼に関わる以外のことは何にもしません。」
「え…」
「正直彼の盾になるぐらいの気持ちで来ました。だから基本チームの役には立たないので、もう私の存在はないものとしといてください。」
「えええ…そりゃないよ…」
根っからのシカマル馬鹿って噂は本当だな、というヤマト隊長のぼやきが聞こえた。
私としても相変わらずの馬鹿でうれしいような、悲しいような。
「そっか!そういやリンは水の性質変化ができるんだな!なぁなぁなぁ、ちなみに水の性質変化のコツってどんなんだ?風はこう、チャクラを薄く鋭く研ぐイメージらしいんだけど…」
「性質変化のコツ…?うーん、おしっこダダ漏れのイメージかな。じわーって。」
「おしっこダダ漏れ!?!?」
「もしやるなら最初はオムツ履いた方がいいかも」
「ええ……」
「嘘でしょリン…僕水の性質だけどそんなの感じたことないよ…」
リンは笑っているだけで、冗談だとは言わなかった。
私、水の性質じゃなくてよかった…
それからしばらく走って、要請地点まであと少しだという頃。
「ねぇ…今なにか聞こえなかった?」
リンはそう言うとそれまでよりぐっと高度を上げて、森の木々の上から辺りを見渡し始めた。
「ええ、戦闘中みたいね…!急がないと!」
何か聞こえたどころではない、激しい戦闘を想起させる爆音が前方から轟いている。
リンの目線の高さからなら既に戦場は見えているかもしれない。
「ちがう。そっちじゃなくて…奈良一族の森の方」
「え?」
「動物の鳴き声みたいな…」
奈良一族の森、がどこにあたるのか私にはわからないし、そんな声も聞こえなかった。
けれどリンは妙に確信めいた声をしている。
仮に動物の鳴き声が聞こえたからってだからなんなのか。今はそれどころじゃ…
「なんか気になる。私あっちに行く!」
「は!?ちょ、リン!?」
それだけ告げてリンは私たちには目もくれず、さっさと進路を外れて泳いで行ってしまった。
「今のリンだけじゃ…!ヤマト隊長、私リンについて行きます!」
「だめだ。明らかに戦場は向こうじゃないし、チームに足並みを合わせられないあの子に人員は割けない。何よりあの子自身が自分はいないものとしてくれって言ってただろう」
「けど…!」
何かおかしい。
リンは馬鹿だしワガママだけど、任務においてここまで自分勝手だったことはない。
今回はさっき言ってた通りシカマル最優先だから…?仕方ないの…?
…ん?そういえば、あの時…!
「ヤマト隊長…!お願いします!リンを追いかけさせてください!」
「しつこいよサクラ…ブランクがあるとはいえ一応あの子は上忍だろ?中忍のサクラが心配するのもおかしな話じゃないか」
「そうだってばよ!記憶の戻ったリンなら少々のことはどうってことーーーー」
「ちがう!ちがうんです!ブランクどころじゃない!あの子たぶんまだ記憶なんて戻ってない!」
「!」
さっきリンはシカマルのことを『シカマル君』と呼んだ。
私やナルトを呼ぶ時は気をつけていたんだろうけど、シカマルの時は気を抜いて普段通りの呼称を使ってしまったに違いない。
「すみません!私の早とちりで、記憶喪失のままのリンを連れてきてしまいました!今のあの子はたぶん少しの術が使える程度で、魚に乗ってないと私たちについて来れないぐらい、走ることも跳ぶこともままならない…!ならきっと本当に、盾になることしか考えてない!」
自分じゃシカマルの居場所がわからないから、私たちに連れていってもらうために記憶が戻ったフリをしていたんだ。
けど騙された、というのもたぶん違う。
「やっぱり…!記憶が戻ったってこと…!?ね、そうなのね!?」
「…たくさん心配かけてごめんね、サクラ」嘘の下手なあの子らしい。記憶が戻ったなんて、自分では一言も言ってないじゃないか。
サカナちゃんの名前はおそらく知っていたのではない。記憶喪失前のあの子も、記憶のないあの子も、壊滅的なネーミングセンスに変わりがなかっただけだ。
考えてみればすぐわかること。
だけど私が盲目的だった。
リンに早く記憶が戻って欲しいとそう願う気持ちが、私の目を眩ませた。
「シカマルに関するあの子の勘はよく当たる!きっと向こうにシカマルがいます!このままじゃあの子が危ないどころか、シカマルの足まで引っ張りかねない!」
「…わかった。サクラ、君はリンを追え。そして彼女を回収次第そのままシカマルの援護に回るんだ。」
「ー!ありがとうございます!」
この馬鹿リン!何かあったら今度こそただじゃおかないから!
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