変態注意報

「声、かけてくれなかったね。嘘つき。」



変態注意報 side リン



連れて行ってと言えばシカマル君は頷いてくれたけれど、本心では連れて行きたくなんかないんだろうということはさすがの私にもわかっていた。
だからって黙って置いていかれるような私じゃない。
シカマル君が何かを決意したような顔をしていたあの日から、私は毎晩夜更けから明け方までを奈良家の玄関前で過ごしていた。

おそらく私の仕事着だったと思われる服を着て、ついこの間までもう使うことは無いだろうと考えていた、決して軽くはない道具の数々を身につけて。
夜が明ければ ああ今日じゃなかったよかった、と部屋へ戻ってわずかな睡眠を貪る日々。おかげで睡眠不足極まりない。

いつかちゃんと声をかけてくれたらいいのに。
こんな労はすべて取り越し苦労で終わればいいのに。
だけどそんな願いは虚しく、結局こうして待ち伏せが成功する結果になってしまった。

こうなりゃ意地でも着いていく。縄かけて張り付いてでも。
自分がおよそ役に立たないことは重々承知してる。それこそ使い捨ての盾ぐらいしか。
だけどたとえそうなってもいいと本気で思えるぐらい、置いていかれるのだけは絶対いやだった。
何も出来ない自分、がなぜだか私はひどく怖い。
きっと私の思い出せない記憶がそうさせる。いつも私の記憶は感情が先行するのだ。

けれどシカマル君は当然そんな私の考えを良しとしない。


「やむを得ない犠牲になったって仕方ないって?そりゃ立派な考えだ。随分忍らしくなったじゃねぇか。…けどな、俺はまだそこまで割り切れねぇよ。…仮にお前が死んで里の未来が守られたとしても…俺の未来は終わるんだ。」


彼は大袈裟なことを言うタイプの人間ではない。
だからこそその言葉は私の胸に深く突き刺さった。
ずるいよ、そんなの。そんなの私だってそうだよ。シカマル君がいなくなるなんて考えられない。こんなの結局、私の我を通すかそっちの我を通すかじゃん。

全身の力が抜けて、その場にへたり混んでしまった。
…勝手なことばっかり言いやがって。
自分を棚上げしてむくむくと不満が沸きあがる。

本当に私を思うならせめて、こんなこそこそと出ていくような形じゃなくて、安心できる人数の精鋭を揃えているのを見届けた上で太鼓でも叩いて切り火も切って、「ご武運を!」とかって堂々と送り出させてくれたらいいのに。
この分なら火影様にも黙って行くんだろう。そんなあなたの都合だけが罷り通って私は一切許されないとはどういう了見か。

なんかすごい腹立ってきた。


「それでも私、引かないから。」


私は私の我を通すわ。
シカマル君の言葉なんかこれっぽっちも響いてない風を装って屈伸運動なんか始めちゃう。
けれど実際のところ私は走らなくてもいい。私の足では忍者のスピードにはついていけない。

この数日間の修行の末、私は自分がもともと契約していた口寄せ動物を口寄せることに成功しているのだ。
空を飛べるあの子に乗れば、シカマル君について行くことぐらい容易い!

私が口寄せの術ができるようになったことをシカマル君は知らない。
ふっ、出し抜かれるシカマル君の顔が見物だわ。


「リン」


堪らずにやついてしまうのを悟らせないように俯いて屈伸運動を続けていたが、ふいに名前を呼ばれて、やれまだ説教かと顔を上げる。
その瞬間両頬を手のひらで包まれて、急にシカマル君の顔が近づいてきたかと思うと唇が重なった。


「ーーー!?」


突然のことに何が起きたかわからず何も反応できないで固まっていたが、これがキスだと実感したその時、私の脳内にぶわぁっと一瞬映像が駆け抜けた。

ぐずる私の前で、心底面倒くさそうな顔をした今よりも少し幼いシカマル君。
手にしていた薬らしきものを口に含み、直後に水差しの水を飲むシカマル君。
そして私に口付ける、シカマル君…

そうだ私、彼とのキスだってとっくの昔に経験済みだった。
しかしそれを思い出したと口にする前に、首筋に鈍い衝撃を受け意識が遠ざかる。

くそ、やられた。



◇◇◇



ほんの一時目を瞑っていただけのような感覚で目を開く。
私は与えられている自室の布団の上にきちんと寝巻きで眠っていて、障子からは朝の太陽の輝きが差し込んでいた。

…夢か?
つい先程のことのように思える記憶になんだか自信がない。
彼のことを考えすぎて夢に見たのかも。
時間…は、朝6時。きっとまだ寝てる。
ぱたぱたと裸足で彼の部屋まで廊下を走った。
外から声をかける余裕なんてないままぶつかる勢いで襖を開く。

てめぇまず外から声かけろっつっただろ!

そうやって物が飛んでくる分にはなんら問題ない。むしろそうしてくれ。
けれど期待は外れて何も物は飛んでこない。
誰もいない部屋は綺麗すぎるぐらいに片付いていて、立つ鳥跡を濁さずとはこのことかと妙に感心した。

とりあえずあれが夢じゃなかったことはわかった。
なんかいろいろあるけどとにかく、キスを陽動として使われたことがすんごいムカつく!


「あのやろー…」


まさかあれの隙に気絶させられるとは思わなかった。
男の風上にもおけない。とっちめてやらないと気が済まない。

けれど私には今の彼の居場所を知る術がない。
方角も何も分からないのに、里を出て闇雲に探したところでみつかるわけもないだろう。
誰か都合よく案内してくれる人がいないものか。
そもそも彼らが勝手に出て行ったことを火影様は知っているのか?
…チクってみよう。


「ああ、把握してる。増援にはあいつらと一番連携が取れる第七班を向かわせる予定だ。 …もちろんお前を除いたメンバーのな。」

「ふうん」


ここで私も隊に入れてくれと駄々を捏ねてどうにかなる相手じゃない。
その場ではわかりましたーと素直に答えて私は第七班のメンバーを探し始めた。
私が彼の元に向かうには、元メンバーたちを頼るしかないようだ。


「口寄せの術!」


私の口寄せ動物は青い大きな鱗が輝く、鯉に似た魚。どうやって契約したんだったか、ただパクパクと口を動かすだけの魚とは会話が成立しないので名前はわからない。勝手にサカナちゃんと呼んでいる。

この子は魚なので水の中はもちろんだが、なんと陸上でも空中を泳ぐことが出来るびっくり魚である。
「できるだけ高く昇って!」そう言って湿った背中に飛び乗ると、ぐんぐんと空中をほぼ垂直に昇って一通りの建物や木々が見渡せる高さまでたどり着いた。
大して凹凸の無い体だから、しがみついているだけでこっちは命懸けだ。

この高さからなら…とっくに里を出ていった彼らは見えなくても、第七班の班員たちぐらいならみつかるかもしれない。
すいすいと空中を泳ぎながら、目を凝らして黄色い頭とピンクの頭を探す。
しばらくして、里の外れの方の森の中に彼女たちを発見した。


「サクラ!こんなところにいた!」

「リン…!あんたこそこんなところへどうしたの?」

「どうしたのじゃないよ、カカシ先生達の増援に行くんでしょ?それなのに…ナルトはあそこで何してんの?」

「新術の修行よ…あれが完成しないと増援には行けないの」

「ええ!?」


サクラは森の中にいたが、ナルトは少し先の崖の下で影分身を作りながら何やら叫んだり吹っ飛んだりを繰り返している。
嘘でしょ…なんでナルト次第なの…こっちは今すぐにでも向かいたいってのに。
ナルトの新術に勝敗がかかってるとかそういうこと?今のこの里って、そんな不確かなことに賭けるしか方法がないの?


「もしかして、リンも増援に行くの?」

「当たり前じゃん!小柳リン、第七班に帰還いたします!」


押し切るつもりで堂々と宣言したが、案の定サクラは難しい顔をした。
私を置いていった彼と同じく、どうやって私に留守番させるか考えてるに違いない。
ふふん、いいよもう負けないもん。ダメって言われても勝手に空からついて行くもんね。
しかしサクラのそんな強ばった表情がなぜかふと緩んだ。


「ねぇリン…この魚の名前ってなんだっけ」

「え…………サカナちゃん」

「やっぱり…!記憶が戻ったってこと…!?ね、そうなのね!?」


笑顔でサクラが私の手を握る。
突然のことに多少驚きながら私も笑顔を返した。


「…たくさん心配かけてごめんね、サクラ」

「ほんとよ!ばかリン!復帰祝いはあんたの奢りで焼肉だからね!」

「ええー!?私のお祝いなのに!?」


まぁみんなへの謝罪とお礼ってことでいいけどさ!
怒りつつも嬉しそうなサクラときゃっきゃしていると、サクラの隣にいた腹筋丸出しのお兄さんがにこにことしゃべりかけてきた。


「ねぇ、僕も混ぜてもらっていい?リンさん、初めまして。僕はあなたと入れ替わりで第七班に加入したサイと言います。」

「あ、はじめまして!あなたが噂のムカつくけど悪いヤツじゃないサイね!よろしく!」

「えーと…こういう時は悲しむのかな、喜ぶのかな」


変わってるけど良い人そうだ。
第七班にはしっかり私の後釜がいて、もうここにも私の居場所はない。
けれどサクラが現隊長のヤマトさんを説得してくれて、無事今回に限って第七班に私も同行できることになった。
この先はナルト次第だけどもうこればっかりは信じるしかない。



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