変態注意報

シカマル君と一悶着起こした翌日、特にまだ任務の入らなかったシカマル君が裏山に修行に行くと言うのでついて行くことにした。


「鹿だー!」


山には大きな鹿がたくさんいた。
奈良家のペットだろうか。こちらを見つめるつぶらな瞳に若干びびったが、幸い襲われることはなかった。


「ここは俺たち奈良家の者しか入れねぇ。といっても敷地は広大だから、迷子になったら大変だぞ。気ぃつけろよ。」

「はーい。あ、ねぇ奥のあの小さな建物って何?山小屋?」

「…あれは書庫だ。まだ建設途中。完成したら結界で見えなくなる。」

「こんなところに書庫?変なのー」


奈良家の書庫?あんな山奥、確認に行くのも一苦労だろうに。
あ、もしかして取ってきてほしい本のタイトルを言えばここの鹿たちが運んでくれるとか!?すごーい!



変態注意報 side リン



修行とやらは私になにか手伝えることはないのかと聞いてみたが、記憶喪失前の私ならともかく今の私に頼むことは何もないと一刀両断された。
まぁそりゃそうだわな。休憩の時にタオルと水を差し出す係に専念しよう。

シカマル君は影を操る忍者らしい。
己の影を伸ばしたり広げたり、今日はその術についての修行のようだった。
見てるだけでは暇なので見様見真似でシカマル君と同じように印を結んでみる。
けれど当然何が起こるわけもない。

今の私は忍者の卵たちが学校で習うレベルだという分身の術や変化の術もできないのだ。
チャクラを練ってどうこうという理屈は覚えていたが、結局どこに力を入れて何をどうすんだみたいなことがさっぱりわからない。
歩くことも箸を使うことも、今更やり方なんて考えなくても自然に体が動くのに、私にとっての忍術はそうではなかった。
今のシカマル君がやっていることだって、私の目から見ればもはや魔法だ。


「なーにやってんだ、そんなことしたってお前に影が扱えるわきゃねーだろ」

「ですよねー」


見様見真似の印を結んで、とりあえずきばってみる私にシカマル君は呆れた表情を隠しもしない。
子どもでも扱える忍術ができない私なんかにはそりゃ無理だよね。


「これは俺たち奈良一族秘伝の術だ。見様見真似じゃどうにもならねぇ。術が使いたいなら他のやつにしとけ」

「えっ。け、けど私、分身の術とか変化の術とかですらできなかったし…」

「一回二回だめだったところで出来ないと決めつけんのもどうかと思うけどな。あとお前は里でも随一の水遁使いだったし、案外そっちからのアプローチの方が上手くいったりするかもしれねー」

「そ、そっか…ありがとう…」


シカマル君は私を否定していたわけではなかった。
それに私に忍者になってほしくないと言っていたのに、普通にアドバイスまでしてくれる。
シカマル君は私にちゃんと選択肢をくれるんだ。自分の考えを押し付けない。
彼のそういうところが素敵だ。


「ねぇ、じゃあぴょんぴょーんってのはどうやってやるの?」

「ぴょんぴょーん?」

「忍者のみんなが屋根の上とかに簡単にぴょーんって跳んじゃうやつ。どうやって跳んだらそうなるの?」

「どうって…別に説明するようなもんでもねぇけど…」

「まじか…ただの身体能力か…」

「要は体の使い方だけど、口で説明すんのはめんどくせーな」


そう言いつつシカマル君はまた印を結んで、影を伸ばして私の影にくっつけた。


「体で教えてやるよ。ほら、行くぞ」

「え、え?え?え?なに?ちょ、ま」


シカマル君が屈伸すると何故か私も勝手に屈伸する。
幸い口は意志通りに動かせたけど、「待って」は言葉にならなかった。


「きゃあああああああああ!」


シカマル君のジャンプと同時に私もジャンプする。
目の前の景色が一瞬で変わっていく恐怖。
体に教わるも何もない。ただただ振り回されてるだけだ。


「ほら、お前にもできただろ、ぴょんぴょーん」


いつの間にか私たちは背の高い木の枝の上にいた。
シカマル君はめずらしくいたずらっ子っぽい顔で笑っているが、私はもうそれどころじゃない。


「怖い…気持ち悪い…」


さっき食べた昼ごはんが全部出た。



◇◇◇



シカマル君が私にゲロ吐かせたお詫びにおやつを食べさせてくれると言うので甘味処へやって来た。
結局私シカマル君の修行の邪魔しかしてないけど、まぁいっか。

甘味処の中へ入って、さてどこへ座ろうかなーと席を探す。
ちょうど時間はおやつ時で、ほとんどの席が埋まっている。
そんな中シカマル君は客の中に見知った顔を見つけたようで、「あ」と声を漏らした。


「よう、アスマ」

「お、おう、シカマルにリン。デートか?相変わらず仲良いな!」

「その言葉そっくりそのまま返しますけど」


シカマル君は声をかけたその男性の隣に立つと、なんだか照れくさそうにする彼を見て笑っていた。
男性の向かいには赤い瞳が印象的な美女が座っている。
なるほど、シカマル君の言う通りこちらはこちらでデートらしい。

男性も女性も私たちよりは年上に見える。
友達、という雰囲気ではないがシカマル君とこの人たちはどういう関係だろう。
シカマル君の後ろでそう考えていると、男性の方が私を覗き込んで「ようリン、元気か?」とひらひらと手を振ってきた。
慌ててぺこりと会釈を返す。私も知り合いなんだな。
たくましい髭と男らしい顔つきがイカついけど、笑う目元がとても優しい人だ。


「こっちは俺たち第十班の担当上忍だったアスマ先生で、こっちはヒナタたちの担当上忍の紅先生。まぁリンとはそこまで接点はなかったかもしれねぇな…」


シカマル君が私に彼らをそう紹介すると、アスマ先生とやらが「何言ってんだ!」と驚いたように声を上げた。


「そんなこともないぞ、リンが小さい頃には俺もよく面倒見てやったもんだぜ」

「!そうなのか?」

「おう。親父……三代目が、リンのことはよく気にかけてたからな」

「へぇ…知らなかった。なぁ、その話もっとリンに聞かせてやってくれよ」

「もちろんだ。まぁ座れ座れ」


アスマ先生はぽんぽんと自分の隣の椅子を叩いて私を促してくれたが、せっかくのデートの邪魔しちゃっていいのかな、と気が引けた。
小さい頃に面倒見てくれた人…ってどういうことかはとても気にはなるけど。
まぁ今じゃなくてまた今度でも…という気持ちでちらりと紅先生とやらを伺い見たが、それはそれは麗しい笑顔を返された。


「遠慮しなくてもいいのよ。むしろ私も聞いてみたいわ、アスマの育児体験談」

「あ…ありがとうございます!」


大人の余裕…!
なんかザ・くノ一って感じでかっこいいな、なんて一瞬で心掴まれてしまった。
これは男たちが放っておかないぜ。
そんな彼女を射止めたアスマ先生はそりゃあもうきっとめちゃめちゃいい男に違いない。
なんか勝手に好感度が上がった。


「いや、まぁ育児ってほどじゃねぇけどよ…」


それから先生たちに相席させてもらって甘味を頬張りながら、シカマル君も知らなかったという私の過去の話を聞いた。
三代目というのは三代目火影のことで、幼い頃に家族を亡くして身寄りのなかった私はその人の庇護の元育ったらしい。
アスマ先生は三代目の息子で、三代目の付き添いや、またそれ以外でも時折、孤独な私の遊び相手になってくれていたそうだ。

もちろん今の私にその記憶はなかったが、随分小さい頃の話らしいからそもそも以前の私だって覚えてなかった可能性もある。
シカマル君に接点がないと言わせたぐらいだから、少なくともそんなエピソードを口にしたことはなかったのだろう。

記憶探しという意味での成果はなかったかもしれない。
けれど彼が幼少期の私の大事な恩人だと知らないままじゃなくてよかった。
話が聞けてよかったと、そう思った。


「リン、いつの間にかお前は随分立派になった。記憶があるかないかとかは関係ない。お前のその明るさや健気さが、いつか必ずシカマルの救いになる。…俺の大事な教え子のこと、よろしく頼むな」

「!…はい、もちろん!」


この翌日、シカマル君は緊急招集を受けてこのアスマ先生と共に里を発つ。

これが恩人との最初で最後の食事だなどと、この時の私は思いもしなかった。


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