変態注意報

変態注意報 side シカマル

「うっさい!変態からの愛され方しか知らないこのド変態め!死ね!あほ!」


急に怒り出したかと思えば、ひどい捨て台詞を吐いて逃げられた。
前の私とか今の私とか、リンは一体何と戦ってんだ。
残されたその場で思わず大きなため息をつく。
少し冷静になればあいつもその戦いの不毛さに気づくだろうか。

…いや、けど、そうか。そんなつもりはなかったものの、リンが話してくれた気持ちに対して以前のリンを引き合いに出したのは、そもそも俺の方か。
今のリンの言葉をはなから疑って、ちゃんと聞こうともしていなかった。


「やらかしてんじゃねーか…」


今日はもう遅いし、明日またちゃんと話を…
と一旦考えたものの、いや、とそれを否定して立ち上がった。
これまでのあいつとの付き合いで、問題を先延ばしてマシなことになった試しがない。
もはや染み付いた恐怖に近いそれが足を突き動かす。
今から自分がどうするか何を言うかなんて何も考える余裕はなかったが、とにかくリンを追いかけるのが先決だ。


「リン、開けるぞ」

「え!?」


リンの部屋の前に行くと、がさごそと盛大に部屋を荒らすような音が聞こえていた。
嫌な予感がして、一応声はかけたものの返事を待つことなく襖を開く。

案の定リンは今日の昼に片付けたばかりの荷物をまた引っ張り出して、荷造りをしている途中だった。
今すぐにでも出ていく気なのかもしれない。
まじで明日に持ち越さなくてよかったとひっそり安堵の息をついた。


「シカマル君…!」


すぐに俺が追いかけてくるとは思っていなかったのか、リンは驚いた目で俺を見た。
だがすぐに慌てたように、その場で座り込んだまま俺に背を向けてしまう。


「あんなひどいこと言われたんだから、普通、ちょっとそっとしておこうとかならない…!?」


ひどかった自覚はあるんだな。


「これまでのお前との付き合いで俺も学んでるんだ」


後ろ手に戸を閉めて、リンの背中の前に座った。
緊張からかリンが肩を竦めたのが見て取れる。
さて、どうしたもんだか。



変態注意報 side リン



「うっさい!変態からの愛され方しか知らないこのド変態め!死ね!あほ!」


シカマル君のばかばかばかばか!
出てってやる!こんなとこ!

あてがわれていた自分の部屋に戻り、もう野宿でもなんでもいいやの気持ちで適当にかばんに荷物を詰める。
なんだか悔しくて涙が滲む。
そんな涙を乱暴に拳で拭っていると、すぐに外から声がかかった。


「リン、開けるぞ」


ええ!?許可取らないんだ!?
速攻で乗り込んできたシカマル君に驚いて一瞬固まってしまったものの、涙は見られたくないと思ってすぐに背を向けた。

追いかけてくるとは思ってなかった。
あの女なんなんだ、めんどくせー…ってなってしばらく放置されるやつだと思った。
もうしばらく顔合わせないぐらいのつもりでかなりひどいこと言ったしね!


「あんなひどいこと言われたんだから、普通、ちょっとそっとしておこうとかならない…!?」

「これまでのお前との付き合いで俺も学んでるんだ」


おっと、経験値積ませたのは私だったか。

シカマル君はそのまま私のすぐ後ろに座った。
振り返るに振り返れないし、これ以上なにも言うことなんかないしどうしたらいいのか分からなくて、気まずい沈黙が流れる。
少しして、そんな沈黙を破ったのはどうにも気の重そうなシカマル君の方だった。


「その…記憶があってもなくてもリンはリンだ…なんて言っといて、リンの気持ちを以前と比較するような言い方して、わるかった」


…彼はとても聡明だ。
むちゃくちゃに感情をぶつけて走り出すような私とは違って、いつもその場に応じた的確な言葉をくれる。
ずるいよ。これでそれでも許さないなんて言ったら私がすごいワガママみたいじゃん。


「ただいきなりだったから、お前が何か変に焦ってるんじゃないかと思ったんだ」

「焦ってる…のは、そうかも。前の私に負けたくないというか、なんというか…」

「…なぁ、前の自分だとか今の自分だとか、なんでそんなに分けて考えるんだ?前にも言っただろ。俺の気持ちは記憶のあるなしなんかで割り切れるもんじゃねーって。」

「けどそれは、今の私に記憶が戻ると信じてるからでしょ?前の私にまた会えると思ってるからでしょ?だからみんな私のことも大事にしてくれてるだけで…」

「はあ?なんで今のお前が、前のお前のおまけみたいな扱いになってんだ?」

「!」

「何度も言うがリンはリンだろ。でなけりゃなんだ?記憶が戻れば今のお前は消えるのか?自分を多重人格かなんかと勘違いしてんじゃねーか?」


今の私がどうなるか?そんなの私だってわからない。
けど前の私の話は聞けば聞くほど私の事とは思えなくて、今の私とは違うと思ってしまう。
前の私を好いてくれた人が、今の私のままでもいいと本気で思ってくれる気がしない。


「大体前と今でそこまで乖離する意味がわかんねー。随分まともに見える人間になったもんだとは思うが…それ以外はたまに記憶喪失だなんて忘れちまうぐらい、リンは何も変わってねぇよ」

「え」


うそ、と思わず固まった。


「私…変わんないの?変態でストーカーだった前の私と?」

「そこだけで切り取りすぎなんだよ…別にそれがお前の本質ってわけじゃねーだろ。それなら本気で俺はただの変態好きのド変態だ。」

「うん」

「力強く頷くな。ちげーよ。いや、まぁそういうお前もひっくるめて好きでいられる時点で、たしかに俺も変なんだろうけど」


過去の自分がまるで全然違う人間のように思えていたけれど、本当にそうではないのだろうか。
今の私も小柳リンとして、このままこの人に好かれていてもいいのだろうか。


「じゃあシカマル君は、私のどこが好きだったの?」


今の私にも、シカマル君が好きだった私の『何か』が残っているのだろうか。


「はあ?そ、そんなの別にわざわざ言う必要ねぇだろ」

「聞きたいの!」


背中を向けているから顔は見えないけれど、きっと赤い顔をしているのだろうと容易に想像がついた。
それから少しの間、なんらかの葛藤があったのか「あ〜…」と考えあぐねる様子のシカマル君だったが、そのうち意を決したのか背後で立ち上がる気配がした。
かと思えば、そのまま後ろから抱きしめられた。
その予想だにしなかった行動に驚いて、私は息をするのも忘れそうになった。
そんな私の耳元に唇を寄せ、シカマル君は落ち着いた低音で囁く。


「…お前はいつもワガママでうるさくて、言うことやることめちゃくちゃで、自分勝手で本当にめんどくせーやつだ」


呪いの言葉?
愛の囁きを期待したのに、まさかの罵倒の数々に心臓がひゅっとなった。


「…けどもう俺は、それがいなけりゃいないで落ち着かねー体になっちまった。いつもうるさいリンが大人しかったら不安になるし、心配にもなる。リンにはいつだって笑っていてほしいと思うし、幸せでいてほしいと思う。」


私を抱くシカマル君の腕の力がぐっと強まる。


「あー…どこが、って言葉にするのって難しいな…お前の嫌いなところもいろいろあるけど、それ含めてリンなんだから…結局やっぱ俺も、全部が好きってことになるんじゃねーか」

「…!」


…嫌いなところもいろいろあるって、それ隠さないんだ。
けどそれでも好きなんだ。
それってとんでもない愛じゃない?


「ありがとう…」


そんなに好きなら今の私だってそりゃ好きか。
なんて思わされてしまって、今日のところはシカマル君の完全勝利で間違いなかった。
うっかりまたちょっぴり泣きそうだ。



(わかったらもう俺から離れてくれるな)
(…じゃあ明日からは一緒にお風呂入る?)
(そういうことじゃねぇ。)

お風呂は一人ずつで


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