変態注意報

リンが目を覚ましてから二週間が経ったが、リンはまだほとんどの記憶を失ったままだ。
様々な場所、様々な人物を巡ったが記憶が戻るきっかけにはならなかった。
正直な話、記憶回復のためにできる策はもう残りそう多くはない。


「リン、今日はお前に会わせたいやつがいる」


藁にもすがる思いで、できれば使いたくはなかったこの手を使うことにした。



変態注意報 side シカマル



「ここって…」

「留置所だ。危険は無いから安心しろ」


会わせたい奴とやらが、まさかこんなところにいるとは思いもしなかっただろう。
どんな想像をしているのか、リンはぎゅっと俺の服の袖口を掴むと「やっぱ私ってなんかやらかした…?」と怯えた目で見あげてきた。
この状況でなんで自分がやらかした側だと思うんだよ。やっぱってなんだ、やっぱって。

無駄にびびるリンを引き連れて、狭く薄暗い面会室に入る。
しばらくすると、手に縄をかけ、目隠しまでされた彼女がガラスを挟んだ向こうの部屋に通された。


「兄さん!兄さんなの!?ねぇ私いつまでこんなところにいなきゃいけないの!?話が違うじゃない!助けてよ!」


俺達が誰だか確認する間もなく、彼女はそう叫んだ。


「落ち着いてください、お兄さんはここには来てませんよ…最上さん」


あの日俺の手から逃れた彼女は、その後すぐにカカシ先生によって捕らえられた。
あれからずっと彼女はここにいる。


「シカマル君…?その声、シカマル君なの…?嬉しい…やっと会えた!ねぇシカマル君、私ってこんなにずっとここにいなきゃいけないような悪いことしてないよね?リンさんに関わると危ないって忠告までしてあげたよね?それをちゃんとこの人達に言ってよ!私を助けて!」

「最上さん、俺はきっちり頭からケツまであの日のことは報告してあります。あなたがそこにいるのは全て把握した上での里の判断です。」


本来なら彼女の言う通り、彼女がこんなに長くここに拘束されるような謂れはなかっただろう。
彼女が何をしたかと言われれば俺への洗脳もどきだけで、それだって証拠はない。
しかも俺の洗脳も里に関わるような何かではなく、めちゃくちゃ個人的な内容だ。
だけど里には彼女を解放できない理由があった。


「そんな…兄さんは?兄さんはどこにいるの!?」

「それがわかってればこっちも苦労はしないんすけどね」


そう…あの日姿を消してから、最上カツキはみつかっていない。
曲がりなりにも最上カツキは木の葉の忍だ。勝手な里抜けを許すわけにはいかない。
しかもほとんど証拠はないとはいえ、奴には小柳の屋敷の放火とリンの洗脳に関する容疑がかかっている。
最終的な奴の目的がリンという名の木の葉の情報のすべてだとすれば、簡単に野放しにできる相手ではない。

しかし奴にたどり着くすべが今のところ何もないのだ。
この事態になってから最上カツキという人物を洗ってみたものの、上司から信頼され里の政治の一端を担うような男であったにも関わらず、親しい友人も先輩も後輩もおらず、家族は妹一人だけ。

しかもその上司の信頼ですら怪しいものだった。
綱手様は自分が火影に就任する前からカツキがあのポジションにいたためその存在を疑いもしなかったそうだが、カツキを長く知っている周囲からすれば「なぜ奴があんなにも出世したかはわからない」そうだ。
おそらくあの洗脳の技術を使って今の地位まで昇り詰めたんだろうということは想像にかたくない。

そうなれば突き詰めるべき余罪も多い。
だがカツキの手がかりになりそうなのは現状この妹ただ一人。
それが大人しくできるタマならまだいいが、忍でもないくせに片手印の瞬身の術で逃げるような女だ。
拘束するより他にない。

だが彼女にとってはそんな生活がもう二月近くも続いているのだ。
精神的疲労は計り知れないだろう。
兄の居場所がわからないと知り、憔悴しきった様子には少しばかり後ろめたいものがある。
実際あの時彼女がしてくれた忠告は事実だったから。


「あの、シカマル君…彼女は…?」

「ああ、彼女は最上ハルカ。…木の葉病院で薬師見習いをしていた。覚えはないか?」

「え?えっと…」

「その声…リン?小柳リン!?信じられない、よくも私の前に来られたわね!あんたのせいよ!全部あんたのせい!」

「ひぇ…!」

「よしてくれ最上さん。…今のリンには、なんの記憶もないんだ。」

「はあ…?」


リンに気づいた瞬間暴れだした彼女だったが、俺の言葉を聞くと固まった。
かと思えば腹を抱えるような体勢で盛大に笑いだした。


「あはははは!本当に脳みそぶっ壊れてやんの!ざまぁみろ!」


もともと何を言われるかわからないという前提で、リンに彼女を会わせることに前向きではなかったものの、まさかここまで彼女の人格が崩壊しているとも思わなかった。
こんなに変わり果ててしまっていればリンじゃなくともあの最上ハルカだとはわかるもんもわからない。
怯える様子のリンを見て後悔する。やっぱ連れてくるべきじゃなかった。


「なぁ、あんたならわからないか?リンの記憶を元に戻す方法。」

「そんなのないわよ!私の忠告を聞かなかったシカマル君がわるいんでしょう?今更あてになんかしないでくれる!?」

「…それもそうだな。わるかった。もう行くぞ、リン」


椅子に座るリンに手を差し伸べて立ち上がるよう促す。
すると先程まで高圧的だった最上さんが急に焦り始めた。


「あ、ちょっと…ねぇ、待ってよシカマル君!シカマル君ごめんなさい!違うの、私、私…!」


俺を引き留めようとするその声は、俺がよく知っている最上さんのものだった。
その変貌ぶりに何がなにやらわからず戸惑うリンは俺が差し出した手と最上さんを交互に見比べている。

その時最上さんの目隠し布がはらりと落ちた。
おそらく洗脳だの催眠術だの防止のための布だろう。あれは目を見た瞬間に術にかかるような瞳術とは違うから、今彼女の目を見たところでもちろんなんてことはない。

…はずだったのに。

彼女の目を見た瞬間、リンは立ち上がって目の前のガラスを思い切り殴りつけた。
並の衝撃では傷つけられるはずもない、強化ガラスが無惨に砕け散る。


「は…?」


驚きに固まったままリンを見ると、今までリンからは感じたことのない殺気が立ち上っていた。


「思い出した…いや、なぜだかは思い出せないけど…私、次あなたに会ったら殺すって決めてたの」


言うや否やリンの手が常なら手裏剣ホルダーが付けられていた太ももに伸びた。
しかし今のリンがそれを付けているはずもないのでその手は空を切る。
リンがそこで不思議そうに自分の手を見たところで、俺ははっと我に返ってリンの手を掴んだ。


「何言ってんだリン!そんで何してんだ!?」


腰を抜かして呆然と座り込む最上さんを横目に、これまた呆然と立ちすくむリンを引きずって部屋を出る。

なんなんだ一体、何が起きたんだ?
あのガラスの修理代、請求されねぇだろうな!?


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