変態注意報

シカマル君が初めて映画に連れていってくれた。
人気映画俳優と若手女優のラブロマンスは、正直ついていけない展開ばかりだった。

男はいつの間にその女に惚れたんだ?女の方も冷静になれ?そいつのいいところって金があるとこだけじゃね?もっと優しくて大事にしてくれる男なんてきっといくらでもいるぞ?てか当て馬役の幼なじみの方が絶対良い奴じゃん!
…たぶんそんな感じで文句ばっかりつけてあの映画を見てたのなんてあの空間で私だけだったと思う。

ただよくわからん陰謀で男と引き裂かれたヒロインが男を思って涙するシーンだけは見ていてつらかった。

涙するほど男を思う気持ち、恋焦がれる気持ち、それはきっと私にだってあったのだ。
私の周りの誰も彼もが知るほど、私はシカマル君のことが好きだった。
そういう事実を裏付けるものがたくさんあるのに、私はその感情を未だに思い出せない。
好きだった味、好きだった匂いは思い出せるのに。
彼を好いたその気持ちだけ、記憶と一緒に失ったみたいだ。

これから私はずっとその空洞を抱えて生きていくんだろうか。
このヒロインに共感出来る日はちゃんと来るんだろうか。
考えても仕方ないことを考えるほどに、不安が涙になって押し寄せた。
普段なら堪えきることは難しくないけれど、周りがみんな泣いてたから、別に泣いてたっておかしくないかと一緒に泣いた。

…シカマル君には、私が泣いてた理由が他とは違うって、バレてたみたいだけど。



変態注意報 side リン



記憶喪失前の私はシカマル君の噛んだ後のガムや使用済みパンツを欲しがるような変態で、彼を隠し撮りしたり勝手に彼を模した人形作って愛でたりするストーカーだった。


「もう飯食い終わったか?なら今日は天気もいいし…ゆっくり空でも見に行くか」


そんなどう考えたって気色悪い私に対して彼がなぜこんなにやさしいのか、まじで謎でしかない。聖人君子にも程がある。

火影様に頼まれていたから?彼の中で私の世話は任務の一部とか?仕事熱心なのね?
…そういう見方はひねくれているだろうか。

やっぱり変態好きのド変態の可能性あるか?

だけど彼はそんなド変態には到底見えない。
とても親切にはしてくれるけど私とはちゃんと適切な距離感があるし、多少口が悪い時はあれどいつも物腰は柔らかく性格は穏やかで、何かおかしな性癖が垣間見えた試しはない。


「体が辛かったら言えよ」


階段を上るだけなのにわざわざそんな声までかけてくれる。
ならやっぱり誰にだってこうなんだろうか。
…そう思うとなぜだか少しだけ寂しい。

記憶を失う前のわたしは一体どんな気持ちで彼を追いかけていたんだろう。
失った記憶にそこまで未練は無いのに、最近はそれを思い出してみたくて仕方がない。


「ほら、ついたぞ」


そこはよくわからない建物の屋上で、ベンチ以外特に何も無いがとても空に近い場所だった。
見上げる視界を遮るものが何も無い。

だけど丁度よく日差しは穏やかで、風は涼しく心地よい。
この空気、好きだな。


「ここに…よく来てたの?」

「俺はな。お前はたまについてきてた」


シカマル君が屋根のあるベンチに腰掛けたので、私もそれに倣って隣に座った。


「ここでいつも何してたの?」

「別に何も。ぼーっと空見て、昼寝してた」

「二人で昼寝?あはは、のどかだねー」

「…お前は何か別のことをしたかったかもしれねぇけどな。ただ仕方なく俺に付き合ってただけで」

「そうかな?私だってきっとシカマル君とのその時間が好きだったよ。シカマル君の寝顔を目に焼き付けたり写真撮ったり寝息を感じたりほっぺつついて反応見たりして楽しんでそうじゃん」

「お、覚えてんのか?」

「いや、想像だけど」


以前の私はそうしたのかな?という想像。
今はそんなことしようともしたいとも思わないけど。

シカマル君は私の言った想像に思いをめぐらせたのか、少しの間目線を右上にやったあと、「たしかにそうかもな」と笑ってそのまま寝転んだ。
今の話で笑える彼の余裕っぷりたるや。
私が好きか嫌いかとかじゃなく、私に執着されることが通常運転すぎてもはや何も感じないのかもしれない。

ふとそんな彼の顔を上から覗き込む。


「な、なんだよ」


そもそも私は彼のどこが好きだったんだろう。
やさしい性格?穏やかで大人びた雰囲気?
すっと通った鼻筋?涼し気な目元?薄い唇?


「お、おい!なんだよ!ちけーって!」

「あ、ごめん」


気づけばシカマル君の顔が超至近距離にあった。
まずい、やっぱり私は距離感がバグってる女なんだ。

咄嗟に離れたと同時に心臓がドクドクと音を立て始めた。
やばい、こんなんじゃ結局記憶があってもなくてもやべー奴じゃねぇかと思われる。


「いや、ちがうの、別にやましい気持ちがあったわけじゃなくて、その、私ってシカマル君のどこが好きだったのかなとか考えてて」


慌てて言い訳をしているうちに恥ずかしいことまで口走った。
けどまぁいいのか?別に今の話じゃないし。シカマル君のことが好きだったのは周りも本人も公認っぽいし。
いやけど記憶にない私の話とはいえ私は私なんだから、本人の前でこの話は恥ずかしすぎるな!


「…忘れて…」


恥ずかしいやら情けないやらでたまらず手で顔を覆った。
いやもうわからん。ストーカーしてたりそれバレバレだったり私って一体どんなスタンスで生きてたんだよ。


「…せっかくこんなに天気がいいのに、俺や手のひらばっか見てたらもったいないだろ」


そうシカマル君の声が聞こえたと同時に服の背中側をくいと引っ張られ、抵抗の間もなくごろんと仰向けに寝転がされた。


「わ!」

「見てみろよ、今日の空。いい感じだろ。」


私の恥ずかし発言は聞かなかったことにしてくれるのだろうか。
シカマル君は両腕を枕にすると大きな欠伸をしながらそう教えてくれた。

彼の言うとおり視界いっぱいに広がる雄大な空を眺める。
きれいな底抜けの青空だ。限りなく続いていきそうなその世界を白い雲がゆっくりと風に乗って流れていく。


「ぼーっと空を眺めると不思議と頭の中が整理されるんだ。お前はただでさえ考えるのが得意じゃないから、こういう時間が必要だ」

「…私って考えるの不得意なの?」

「ごちゃごちゃ考えてる事は多いみたいだが、結論が意味わかんねーとこに飛ぶ現象は多々あるな」


なるほどだから私は恋のアプローチがへたくそだったのか?
けど大好きな人がこんな近くにいて、記憶喪失前の私がぼーっと空を眺めるなんてマネ、できたはずもない。
今ですら全然ぼーっとなんてできない。
視界に空はあれど、頭の中はシカマル君のことでいっぱいだ。むしろ雲がシカマル君に見えてきた。

バレないようにそっと首を傾けて、隣のシカマル君を伺い見る。
…横顔もとってもきれい。ヤンチャな感じじゃないのにピアスをしてるところもいいな。インテリっぽいのにちゃんと鍛えられた腕をしてるのもいい。

空を見ろと言われているのに結局シカマル君を見てしまう。
そんな私の視線に気づいたのか、眠たげな眼差しで空を眺めていた彼が突然ふーっと長めの息を吐いた。


「まだなんか考えてるみてーだな」

「あ、え、えっと…」

「…俺のどこが好きだったのか、だっけか?」


あ、ちょ、聞かなかったことにしてくれるんじゃなかったの!?


「そんなもん考えたって仕方ねーんだよ」


シカマル君は私と視線を合わせると口元に意地悪な笑みを浮かべて言った。


「全部好きだっつってたからな」


驚いて目を見開く私と対照的に、彼の目は穏やかに弧を描いていた。
その目は私をからかっているようにも見えるし、悲しみを誤魔化しているようにも見える。

彼は私に思い出してもらいたいんだろうか。
彼の全てが好きだと言った私の気持ちを。

おかしいのに。変なのに。どう考えたってそんなわけないはずのに…
やっぱり彼も私を好きだったんじゃないかと、また勘違いしてしまいそうになる。


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