変態注意報

私が記憶喪失になる前のリンに会ったのは、彼女の引越し作業を手伝ったあの日が最後だった。

引越し作業と言ってもその時点で必要な物の運び出しは既に済んでいたから、私は残った大量の不用品を処分するのを手伝っただけに過ぎないけど。
そのほとんどは私から見たらただのゴミ。
でもそれまでのリンからすれば宝の山だったはずのシカマルコレクション。
それらはまるで彼女の恋心そのものをかき捨てるかのように乱雑にゴミ袋に詰められて、最終的にゴミ袋30袋分の山を生み出した。

間違いなく何かがおかしいとは思っていたけど、彼氏ができただなんだと妄言を吐きつつも妙にさっぱりした顔のリンを見ていると「あとで絶対後悔するわよ」と脅すのが限界で、彼女がゴミ収集所にそのゴミ袋達を投げ入れる手を止めることは出来なかった。

いや、けどそうやって彼女がまともな道を行こうとすることは本来何も悪くない。
一時の気の迷いだとしても、まじで頭がおかしいとしか思えないコレクションたちを処分するその行為自体は賞賛すべきことだ。
たとえそれで、やっぱり彼女が後から後悔することになろうとも、それが普通の生き方なのよ、まともな女は好きな男の使用済みティッシュなんて集めないの。と諭してやるのが友人としての使命。

…のはずなのに。
わかってるのに、なんで私の手には今これがあるんだか。



変態注意報 side サクラ



コンコンコン。ノック3回。


「リン、起きてる?入るわよー」


もうすぐ日も沈もうかという午後の暮れ。
修行終わりにリンの病室を訪ねると、彼女は昼寝でもしていたのか重たそうな目を手の甲で擦っていた。


「起こした?ごめん」

「ううん、寝すぎると夜眠れなくなるからちょうどよかった。ありがとう。」

「今日はシカマルは?」

「午前中はいたけど…午後からは用事があるって出掛けてったよ」

「そう」


リンが極秘任務中の事故とやらに遭うまで、里内ではやれリンがシカマルを振っただのシカマルに彼女ができただのいろんな噂が蔓延っていたが、どれも真実はわからない。
けれどリンが眠り続けていた間も、目を覚ました今も、シカマルはこうしてほぼ毎日のように甲斐甲斐しくリンの世話を焼いている。
そんなシカマルが、一体リンに対してどういう気持ちを抱いているかなんて、言われなくとも誰でもわかる。
今までずっと煮え切らない態度だった彼からすると考えられない大進歩だ。
惜しいのは、リンはおそらくそれに気づいていないし、むしろシカマルの存在を不思議に思っているみたいだということ。


「シカマル君に用だった?」

「ううん、リンへの用事よ。丁度よかった。私もこれはシカマルがいない時の方が気兼ねなく渡せるし」

「…?ゴミ?」


リンは私が持っている大きなゴミ袋を見て訝しげな顔をした。
まぁそう見えるでしょうね。


「私にとってはゴミだけど、あんたにとってはゴミじゃないの。わざわざあんたのために取っておいてやってたのよ、感謝しなさい」


あの日私はリンと別れた後、一人ゴミ収集所に戻って、あの大きなゴミ山から比較的まともなものだけが入ってそうなゴミ袋を一つ持ち帰っていた。
本当に必要なくなったのならまたそのうち捨てればいい。
けれどもし、勢いですべてを処分したことをリンが後悔するような日がくれば、これだけ拾っといてやったわよと差し出そう。
そう思ってずっと押し入れの奥にしまっていた。

友人の勇敢なる断捨離に、喜ぶべき前進に、心配性の私はついていけなかったのだ。
リンの悲しむ顔が、私は大嫌いだから。

そして当初想定していた未来図とはまたかけ離れているけれど、これは今渡すべきだと思った。
難航するリンの記憶探し。それの足がかりに少しでもなってくれたらいいのだけど。

袋をベッドの上に置き、目を丸くするリンの前で中身を広げる。
リン自作のシカマル人形に、なんだか大層なケースに入った髪紐、おそらく自作の香水瓶に、隠し撮りと思われるシカマル写真を集めたアルバムなど。
…よかった、衛生面を疑うような代物は出てこなくて。


「な…なに…?これシカマル君…?かわいい…じゃなくて、どういうこと?これ私の私物なの?」

「そうよ。あんたが数年かけて集めたコレクションの極々一部ね」

「コレクション…」


…やばい。少しは喜ぶかと思ったけど、絶句だわ。


「シカマル君は…アイドルか何か…?」

「…普通の忍者よ。これは全部あんたの自作品」

「そう…私が作ったの…」


二頭身サイズの人形を目の前に掲げてしげしげ眺めるリン。
「私って器用なんだね」と現実逃避するように笑いだした。


「そんで私って…やっぱりシカマル君が大好きだったんだね」


抱え込むようにシカマル人形を抱きしめる。
その声にはその気持ちが思い出せない歯がゆさとか、痛切さが滲んでいるような気がした。


「…なんかこの人形、安心する匂いがする」


そういえば人形にはリン自作の『シカマルの汗の匂いを再現した香水』をふりかけてるはずだった。
それを安心する匂いだなんて。やっぱり記憶喪失なんて言ったって、五感に染み付いてるものはあるんじゃない。
私もそれが聞けて安心した。


「また拾いに行くの恥ずかしいから、もう捨てないでよね!」

「ええ…私これ一度捨てたの…?なんで…?え、てかこれどうすれば…?シカマル君に見られたら恥ずか死ぬんだけど…」

「もう知ってるからいちいちそんなことで死ぬな」

「!」


扉を開いた音には気づかなかったけど、振り返ると腕を組んだシカマルが扉にもたれ掛かるようにして立っていた。
「もう知ってる?なに?は?」
と、リンは見る見るうちに真っ青になった。
シカマルからすればすべて今更だけど、今のリンはほぼ常識人だから、まさかこのコレクションがシカマル公認だとは思いもよらないのだろう。


「サクラ…本人が捨てたもんわざわざ拾ってんじゃねーよ、どういうつもりだ」

「だってこれはリンの宝物だもの」

「!私の宝物…」

「そうよ。だから大事に枕元にでも置いときなさいよね」


リンは迷ったように目を伏せた。
そして不機嫌そうなシカマルを上目遣いで見、おそるおそる尋ねる。


「シカマル君…これ、置いといてもいい?」

「…好きにしろよ」


ついさっきまで真っ青だったリンの頬には一瞬で赤みが差して、堪えきれない笑みが滲み出ていた。
シカマルの方もそんなリンに対して、呆れというより照れに近いものを抱いているように見える。
なんだ、やっぱり満更じゃないのね。素直にそう言えばいいのに、天ノ弱。

それからシカマルと二人で病室を後にして、私は尋ねた。


「リンにあんたの気持ち伝えないの?今のリンは、なんであんたに親切にしてもらえてるのかわかんなくて戸惑ってるわよ」

「…言わねーよ。好きでもねぇ異性からの好意なんて気持ちわりぃだけだろ」


は?それが実体験から来る経験則のつもりだとしたら、おかしすぎてへそで茶が沸くわ。


「じゃあなんであんたはリンを好きになったのよ。リンからの好意が、気持ち悪いだけじゃなかったってことでしょう」


はたから見たら随分気持ち悪い好意の伝え方だったにも関わらず、ね。

シカマルは不意をつかれたような顔はしていたけれど、それ以上は何も語らなかった。
シカマルのことだからきっといろんなことを考えてるんだろうけど、いつまで経ってもやっぱりじれったいわね。

記憶が戻るのが先か、今のリンがシカマルに惚れるのが先か、どっちかって言ったら後者の方が早いんじゃないかしらってぐらい、今のリンが十分乙女な顔をしているように私には見えるけど。
そういうのって本人にはわからないもんかしら。



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