変態注意報

ドタドタドタドタ!

誰かが廊下を思いっきり走る音が聞こえる。


「こらナルトー!病院で走るなー!!」


そんな足音を注意するかのような女の子の声も、どこか遠くから聞こえてきた。


「ったくナルトのやつ…」


隣で同じようにこの音を聞いていたシカマル君が、そう呟いて呆れたように息をつく。
お、どうやらこの足音は私の来客のものらしい。

ガラガラガラ!


「リン!目が覚めたんだってな!よかった!元気か!?」

「ノックぐらいしろこのバカー!!」


突然開いた扉に驚く間もなく、どうやら私と知り合いらしい金色の髪の男の子の脳天に、桃色の髪の女の子の拳がぶち込まれた。
細い腕の割にすごい腕力だ。おそらく彼女も忍者なんだろう。忍者すげー。


「ごめんねリン、朝から騒がしくて」

「ううん、大丈夫」


女の子の方も知り合いみたいだ。
二人とも全然記憶にないけれど。


「顔出すのも遅くなってごめん、任務が終わって今帰ってきたところなの」

「そうなんだ、ありがとう。疲れてるところわざわざ来てくれて」

「なによ、私たちの仲じゃない」


可愛らしいその子は屈託ないハニカミを見せてくれたが、その仲がわからない私は曖昧に微笑むしかなかった。
こんな素敵な友人のことを忘れてしまっているなんて、素直に残念だ。


「あー…リン、こっちは春野サクラ。あそこで転がってるのがうずまきナルト。どっちも俺たちの同期だ。」


彼らをなんと呼べばいいかもわからない私に、慣れた調子でシカマル君は他己紹介をしてくれた。


「ただの同期じゃねぇ!俺たちは第七班の仲間だ!」


意識が戻ったのか、転がっていたそのナルト君とやらは勢いよく起き上がるとそう叫んだ。


「なぁ、リン!本当に俺たちがわかんねーのか?いろんな任務をずーっと一緒にやってきたじゃねぇか!」

「こらナルト、やめなさいよ…」

「お前がなんかややこしいことになったせいで、サイっていう変な奴がお前の代わりにカカシ班になっちまったんだってばよ!まぁあいつはあいつで悪いやつじゃねぇんだけど…とにかくお前も早く戻ってこい!」


これまで大体の人から腫れ物に触れるような扱いをされてきたが、ナルト君は違った。
サクラちゃんの静止も聞かず、私に詰め寄ると唾を飛ばしながら捲し立ててくる。
純粋に驚いた。サクラちゃんの言う事聞かなかったらまた殴られるかもしれないのに。そんな危険も省みず、こんなに熱い想いを私にぶつけてくれるなんて…


「ナルト君って…もしかして私のこと好き?」

「ん゛な゛!ふざけんな!勘弁しろってばよ!ありえねぇ!断じてねぇ!勘違いすんな!」


赤面するでもなく全力で否定された。
なんだ、ただの友情に熱い男だったか。




変態注意報 side リン




「じゃあシカマル、リンのこと借りてくから!」


そう言って彼らに連れ出されたのは、カウンター席しかない小さな屋ラーメン屋だった。
少し早いが昼食にするらしい。


「本当に一楽にするの?せっかくだから焼肉とかは?」

「バカだなぁサクラちゃん。これはリンの思い出を巡る旅なんだぜ。ならまずはここしかねーってば!」

「そう?リンってそんなにラーメン好きだったかしら…」

「俺とはよく食いに来てたってばよ!」


それから特に希望を聞かれることもなく、席に着くなりナルト君は「とんこつ味噌チャーシュー麺3つ!」と元気よく注文してくれた。
なるほど、私はそれが好きだったのか。なかなかガッツリ派だったんだな。

しかししばらく経って私の前に出てきたラーメンは、ナルト君のものとは少し違う見た目をしていた。


「ほらよ、リンちゃんはチャーシュー麺じゃねぇだろ?もやしラーメンに味たま3つトッピング。リンちゃんはいつも決まってこれだったよ!」

「え゛、あー…そう言われればそうだったような…さすがおっちゃん!よくわかってるぅ!」

「ナルト、あんたねぇ…」


ナルト君は気まずそうに笑って誤魔化していた。
楽しい人たちだと思う。この輪の中にいるのが私の日常だったのだろうか。それなら私の人生はさぞかしハッピーだっただろうな。

店主にお礼を伝えて、ラーメンを啜った。
彼らについてもこの店についても今のところ思い出せることは何もない。
だけどこのラーメンはなんだかとても懐かしい味がした。


「いやーごめんごめん、遅くなった」

「あー!カカシ先生!おせーってばよ!」

「じゃあここは遅刻した先生の奢りってことで!ごちそうさまですー」

「えええ…」


暖簾をくぐってのんびり現れたその男性は、二人に速攻でたかられてげんなりするものの、私と目が合うとすぐにやさしく目元を細めた。


「リン久しぶり。思ったより元気そうだね」

「どうも!お久しぶりですカカシ先生!」

「え?カカシ先生のことは覚えてんのか!?」

「いや全然」

「なんでこんなとこで知ったかしようとすんのよ馬鹿なの!?」


軽い記憶喪失ジョークのつもりだったのに真剣に怒られてしまった。
萎縮する私を見てカカシ先生とやらは「記憶がなくてもリンはリンだねぇ」と楽しげに笑っている。
彼らにとっての先生はきっと私にとっても先生なのだろう。なんの先生かはわからないけど。いや、どう見ても忍者だな。忍者の先生だな。


「あ、じゃあサスケは?サスケのことも覚えてねーのか?」

「サスケ?」

「シカマルのことすら覚えてないのよ?サスケ君だって覚えてるわけないじゃない」

「まぁまぁ、何が記憶の引き金になるかはわかんないよ」

「そうそう!うちはサスケ!俺たち第七班のもう一人の仲間だ!今はちょっと里にはいねぇけど…」

「うーん…ごめん、わかんないや。その彼がまた帰ってきた時には会ってみたいな」


その彼がどうしていないのかもいつまでいないのかもわからないが、何気なくそう答えると見るからにナルト君とサクラちゃんの肩が落ちてしまった。
なんだ、なにかまずいことを言ったか。普通のことしか言ってない気がするけど。


「そうね…きっと帰ってきてくれるわ…」

「ああ…俺が必ず会わせてやるってばよ…」

「こらナルト。サクラはまだしも、お前は自分で振っておいて落ち込むなよ。ごめんねリン、こいつらサスケの話になるとこれなんだ」

「はぁ…」


なんだかワケありだなぁ。
今はすごく他人事だけど、以前は私だってこの渦中の人間だったんだろうか。
記憶がないことに焦燥感も悲しみも大してなかったが、かつては共有できていたであろう気持ちに今は共感できないのは少し寂しい。誰にとっても自分が蚊帳の外の人間であるかのように感じる。


「だー!リンだってあん時は相当落ち込んでたくせに、ほんとに覚えてねーのか!?大体なんでお前記憶喪失なんかになってんだよ!なんか衝撃で戻ったりしねーか?ちょっと一発殴らせてみろ!」

「ええ!?」

「落ち着けナルト!それで治ったら苦労しないでしょうが!」

「そうよ。それに理由は聞いたでしょ、極秘任務中の事故だって。」

「だからその極秘任務ってなんなんだってばよ!」

「だーかーら、極秘なんだから言えるわけないでしょう!!」


私に拳を振るわんべく腕まくりをするナルト君を残りの二人が止めてくれているのを見ながら、私はふと疑問を覚えた。


「私って事故で気を失ってたの?」

「え、うん、そう聞いてるけど…」


おかしいな。シカマル君は、私が彼と話している最中に急に苦しみ出して倒れたと言っていたのに…
なんだか話の印象が随分違う気がする。


「あんた、自分に一体何があったかもわかってないの?シカマルは何も言わないの?」

「う、うん…てっきり病気か何かだと思い込んでて…私が特にそれ以上聞かなかったからかなぁ…」

「まだそれを話すには早いと判断してるんだろう。別にシカマルを疑う必要は無いよ」


私があやしむような顔をしたからか、カカシ先生はそんな私を宥めるようにやさしくそう告げた。


「あ、もちろんそれはそうよ!シカマルに任せてたら間違いはないわ」

「…ま、それもそうか。ぶん殴るのはシカマルがどーしても無理だ!ってなった時にしといてやる!」

「…みんなの中で、シカマル君への信頼ってすごいんだね」


たしかに彼はやさしいし、頭もいいしかっこいいけど。
結構面倒くさがりだし何かとやる気ないし覇気もないから、ここまで周りに頼りにされているのはなんだか意外だった。


「まぁそれはそうだけど…リンのことを一番よくわかってるのは、なんだかんだシカマルだから」

「あいつならお前のこと、わりーようにはしねーよ」

「今はまだあいつも慎重になってるんデショ。大事にされてる証拠だと思えばいいさ」


ほんとに?そんなことある?
私って彼の噛んだ後のガム欲しがるような変態なのに?

ヒナタちゃんの話を聞いた時点で大分わけがわからないと思っていたが、益々不思議だ。
シカマル君本人がそんなやばい女に妙にやさしいのも謎だし、事情に詳しいであろう周りの人達にとってそれが当たり前のこととして受け止められているのも謎。
私だったら噛んだ後のガムとか使用済みパンツ欲しがるような気持ち悪い奴には一生関わりたくないと思うし、ましてややさしくしたり大事にしたりなんてできないけど。

以前シカマル君に私たちは恋人同士かと尋ねた時は否定されたけど、やはり並々ならぬ関係には違いないんじゃないか?
シカマル君にとってはそんな変態も嫌よ嫌よも好きのうちなのか?いつも紳士に見せかけた彼の方が実はド変態なのか?


「ねぇ、私とシカマル君って周りから見てどういう関係?」


私の言葉に三人は黙って顔を見合わせた。
そしてまるで決まっていた台詞のように口を揃えて言う。


「「「ストーカーしてた人とストーカーされてた人」」」


それただの加害者と被害者じゃねーか。


「え、え?え?ストーカーってあの…あのストーカー?」

「「「そう」」」

「つきまとったりキモイ手紙書いたり隠し撮りしたりするあれ?」

「「「まさしくそれ」」」


もはやシカマル君どころかあなたたちが私の友人でいてくれることすら謎なレベルなんだけど。
変態でストーカーって救いようなくない?豚箱直行案件じゃない?

てかそれじゃあシカマル君って今は自分のストーカーしてたヤバい女の世話係やらされてんの?付きまとってた人間のことは付きまとわれてた人間が一番よくわかってるって考えなの?人事ヤバくない?

そんでシカマル君は自分のストーカーにだってめちゃくちゃやさしい聖人君子…ってコト…!?
やだ…私恥ずかしい…そんなただの聖人君子の傍にいただけなのに、彼が私のことを好きなんじゃないかなんて勘違いして調子乗って…毎日りんご剥かせたりして…申し訳なさしかない…すべてをなかったことにしたい…


「なんで頭抱えてんだ?」

「もしかして今のリンって、ストーカーがやばい行為だって判断できる常識人にでもなっちゃったんじゃない…?」

「な…!そんなのリンじゃないってばよ!」

「仕方ないよナルト。記憶が戻ればきっとまたシカマルのケツを撫で回して喜ぶリンが見られるようになるだろう。ほら、いつまでもここで食っちゃべってないで、思い出巡りの旅に出発するぞ!俺たちの力でリンを元の非常識人に戻すんだ!」

「「おー!」」


ねぇ…私ってもしかして記憶喪失のままの方がいいんじゃない?


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