変態注意報

俺が堪えきれずに涙を流すと、それを見た動揺からか、リンの分身がそれぞれぱしゃりと水音を残して消えた。
すると本体がなぜか、抱き留めていたカツキを手放して俺に歩み寄って来る。
そして少し身構えていた俺の頬を両手で包み込んできた。

予想していなかったリンの行動に、今度は俺の方が動揺する。


「リン…?」

「…あっ、えっ、いや、私何してるんだろ…はは、」


急に我に返ったかのように手を離そうとするリン。
俺は咄嗟にその手を掴んで引き止めた。


「シカマル…」


困ったように見上げてくるその目に、先ほどの敵意は感じられなくなっていた。
久し振りにリンに会えたような気がする。

この触れ合いに喜ぶリンはいない。
けれど握った手は、まだ振り払われていない。

そうか。
術を解くとか、諦めるとか、そんなもんよりもっと簡単なことがある。


「今度は俺がお前を口説き落とせばいいんだな」


多少時間がかかったっていい。お前が俺にかけてくれた時間に比べたらきっと大したことない。

今俺の目の前にいるのは、なにも偽物のリンってわけじゃない。
ただ俺のことが好きじゃないというだけの、本物のリンだ。
そいつをもう一度俺に惚れさせてやる。
それだけのことに、俺は何を迷ってたんだ。


「なに、それ…どういうこと…?」

「リン、俺は…お前のことが好きだ」


一度認めてしまえば後は楽なものだった。
リンを好きでいることを、やっと俺自身に許されたような気がする。
こんな一言に俺は何をそんなに悩んできたのか、今になって考えるとよくわからない。

好きで好きで仕方なくて、今どうしようもなく抱きしめたくて、それでも必死で我慢する。
ところ構わず抱き着いてきたリンの気持ちが今ならわかる。
何か行動をしないと、この溢れる気持ちを自分の中だけじゃ抑えきれないんだ。


何を今更とか、そう言ってまた怒られるのだろうと思っていた。
けれど意に反して、そういった言葉が向けられることはなかった。

リンはただ茫然と、瞬きもせずに俺の顔を見つめている。


「シカマル…今…なんて…?」

「だから…お前のことが好きだって」

「…なんで…?」

「は?なんでって、お前…」

「…なんで私…それがこんなにうれしいの…?」

「…え…?」


リンの顔がくしゃりと歪んだ。
すぐに顔を伏せて両手で覆ったリンだったが、その隙間からいくつもの大粒の涙が零れ出るのを見た。


「おい、リン…!?」

「ちがうの、おかしいの、私が好きなのはカツキさんのはずなのに、なんで…」


なんで今、こんなに幸せなの。


苦し気にそう呟いたリンを抱きしめずにはいられなかった。
幸せだと言って涙を流すこの女が、愛しくてどうにかなりそうだ。

叶うものならもちろんこのまま俺のものにしてしまいたい。
しかしそうはいかないのもわかっている。おそらく術が解けかかっている。脳への負荷のことを考えると今それはまずい。


「リン…とりあえず今はそれ以上のこと考えるな。一旦落ち着け」


とにかく震える背をさすってみるが、リンが落ち着く様子はない。


「何これ…幸せなのに、なんでこんなに苦しいの…こんなに辛いのに、なんで嬉しいの…わかんない…なに、なんなの…私…私…」


痛むのかリンは頭を押さえ始めた。
思考が止められないみたいだ、これは一度気絶させるしかないか。
手刀を入れるべく右手を静かに上げる。


「私も…シカマルが好き…」


振り上げた手はそのまま止まった。

今、なんて。

そう聞き返すことはできなかった。
力を失ったリンの体がぐったりともたれかかってくる。慌てて受け止めて、息をしていることだけは確認した。


「おい、リン!リン!」


はっとその時、そういえばいつからか部屋にカツキの姿がなかったことにようやく気が付く。
なんなんだ、畜生!

そのままリンを抱えて木の葉病院まで走った。
静かに息をするリンはただ眠っているだけのようにも見えたし、このまま永遠に目覚めないようにも思えた。



妄想を止めろ
(頼むから現実を見てくれ)

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