変態注意報

俺の目には今のリンはかなりおかしく見えるけど、綱手様や他の上忍たちからすればそこまででもないらしい。

むしろ今までのリンのシカマル狂いがやばすぎたせいで、「まともになってよかったな」でかたがつくようだ。
その“まともになった”ことこそが異常なんだが、それは俺のように長く彼女を見てきた者にしかわからないのかもしれない。

だが所詮俺なんて部外者だ。
ここに俺の出る幕は無い。
だけど肝心な当事者はといえば、変だおかしいなどとは一声もあげずに彼女のいない日常を当たり前のように過ごしている。
俺はそれを見ていると…イラついて仕方がない。



変態注意報 sideカカシ



事の唯一の当事者…シカマルが小柳の屋敷の前…いや、もともと小柳の屋敷があった更地の前にやって来たのは、まだ日が昇って間もない早朝のことだった。


「カカシ先生…なんであんたがこんなところに…」

「さんぽ。シカマルこそ」

「…俺もさんぽっス」

「こんな朝早くから?」

「早く出ねーとまたストーカーに捕まるんで」

「あー…なんか最近リン二号みたいなの連れてるらしいね。リンの代わり?」

「そんなわけないでしょ…勝手に付き纏われてるだけです」

「このタイミングで、リンそっくりな女に?随分都合のいい話だね」

「は?なんでそんなに噛みつかれなきゃなんないんすか。俺だって何が何だか…」


多少噛みつきたくもなるだろ。
俺のかわいい教え子はほったらかしのくせに、わざわざそれに似た女はべらせてため息ついてるようなよくわかんないクソ野郎を前にしちゃったらさ。


「…ここには見ての通りもう何も残ってないよ。何か気になることがあるなら本人に直接聞けばいい」


数日前まではここにも屋敷解体後の瓦礫が残っていたが、それも既に撤去された。
人一人が住んでいただけには到底思えない広大な土地の周囲には簡易ロープが巡らされ、立ち入り禁止とだけ書かれた簡素な看板が一本地面に突き刺さっている。
さんぽと言ったって、奈良家からはそれなりに離れたこんなところへ、なんの意図もなく訪れたわけではないだろう。
俺の中でクソ野郎には変わりないが、まだ見放すほどではないのかもしれない。

シカマルはしばらく黙って何も無いその土地を眺めていた。
そして頭をガシガシと掻いてはやりきれない気持ちを吐き出すかのように長い息をつく。


「…八部屋」

「ん?」

「八部屋あったんすよ、あいつのコレクション部屋」

「コレクションって…」

「俺の私物だの、髪の毛だの、俺を模した手作り人形だのを集めた気色のわりぃ部屋」

「あー…」

「八部屋分全部、あいつは処分したんすね」


気色わりぃと言っておきながら、処分されたことを残念がる口ぶりだ。
いや、言いたいことは分かる。それはつまりリンの心が自分から離れた証拠だと、そういうことだ。
けど、まぁ…なんだ。やっぱりその部屋はあまりにも気持ちわるいからなくなってよかったんじゃないか?


「……リンは…一からここに屋敷を建て直すつもりっすかね…」


そんなことすらも知らないのかと俺は驚いた。
いや、というか…


「だから、本人に聞けっつってんのに…はぁ。
…ここはもう、小柳の土地じゃないよ」

「え?」

「リンはこの土地を木の葉の里に返還したんだ。それでここには孤児院を建ててくれってのがリンの要望だ」


リンやサスケ、ナルトのような孤児に対して十分な支援ができる体制が木の葉には整っていなかった。
それは今も大して変わりない。忍の里という性質上、孤児の存在はどうしたってゼロにはできないにも関わらず、彼らへの支援と言えるようなものは里の外れに小さな孤児院が一件あるだけで、しかも運営はもうずっと厳しいらしい。
そんな現状に、彼女なりに憂うものがあったのだろう。
まだ何も話は進んでいないが、リンの要望に綱手様は二つ返事で頷いたそうだ。

それをシカマルが知らないとは。
つまりリンはこれを一人で考えて決断したということだ。

意外だと思ったがすぐに、いやそうでもないかと思い直した。
突飛な行動ばかりで、結論までの過程をすっ飛ばしがちで、わけがわからない周りを振り回してはけろっとしている…たしかにそんな子だった。ここ最近は結構まともに働いてたからそんな彼女を忘れていただけだ。
シカマルだって、いつも振り回される側だ。


「孤児院…リンがそんなことを…」

「まぁあの子のことだから、どうせ奈良家に嫁ぐ身だし小柳の家なんて必要ないや!って引き払っちゃったんデショ」

「…ほんと、ばかなやつだな。せっかく小柳の復興を手伝ってやるって言われてんのに。何も土地まで手放さなくてよかったものを…」

「小柳の復興?」

「カカシ先生もどうせ知ってるんでしょ。リンが俺からカツキに乗り換えたこと。あの二人が目指してんのは小柳の復興だ。それなのに…書庫も、任務も、屋敷も、土地も、もう何も無いなんて…リンのやつ一体どうするつもりなんだか…」


それが理由で見放された割には、シカマルの目に恨みつらみの色はなく、純粋にリンを心配しているように見えた。
けど、どう考えたってズレてるだろ。
小柳の復興?現状を見てそれがリンの願いだと本当にそう思えるのか?

シカマルは頭がキレるはずなのに、どうしてそんな思い込みで二の足を踏むのか、理解に苦しむ。
俺がおかしいのか?リンがおかしいと思う俺の方が。


「シカマルは今のリンが正常だと思うのか?」

「…カカシ先生がそう疑う気持ちはわかるし、おかしく見えるかもしれないっすけど、これが実はおかしくないんすよ。」


シカマルは何かを思い返すかのような、疲れた表情で皮肉な笑みを浮かべた。


「あいつは馬鹿のふりして実は結構小難しいこともいろいろ考えてるようなやつなんです。孤児院のことにしたってそうだ。だからカツキみたいな都合のいいやつが現れたら、俺なんてもう構ってられねーってなるのも何も不思議じゃない」

「案外小難しいことを考える子だってのは否定しないけど、リンがそういう合理性だけで動くような子だとは到底思えない。そもそもリンのシカマルへの気持ちは恋だの愛だのじゃなかったってことか?それ全部なかったことにして割り切れるようなタイプか?」

「…恋だの愛だのじゃなかったとは言わねぇけど…それは俺じゃなくてもよかった、てのは間違いないと思いますよ」

「…俺にはそうは思えない。俺は…リンがカツキに惚れる幻術にでもかかってるのかと思って、解術するためにリンの体に俺のチャクラを流してみたことがある」

「!」


ほんの一瞬、シカマルの目に期待が浮かんだのを俺は見逃さなかった。


「けど変化は何も無かった」

「…そりゃそうっすよ」


一瞬でも期待したくせに、答えはわかっていたとでも言わんばかりに、シカマルは呆れて笑う。


「リンはただ俺に見切りをつけて、一族復興のためにカツキを選んだだけっすから」

「どうしてお前はそうやって既に諦めてるんだ?チャクラによる干渉では解術できない幻術なのかもしれないし、幻術ではなく呪印術や他の忍術かもしれない。何か理由があって芝居をうっているとかの可能性もある。そうやって達観したふりする前に、考えてみるべきことはたくさんあるだろ。」

「…少なくとも芝居なんかじゃないのは見てたらわかります。リンのカツキに語りかける時の声も、触れる仕草も…カツキを見る目も、何もかも俺を相手にしてた時と同じだ。他人にはきっとわからないところまで。あいつにそんな達者な演技力なんてあるわけない。」

「それこそいっそ、なんかあるだろ。ほら、惚れ薬とか。」

「…エロ本の読みすぎっすよ。…それにただリンを得るために、そんな聞いたこともないような幻術や呪術を使ったり、薬を使ったりなんて馬鹿げてる。私欲のために里の仲間を術に嵌めるなんてどう考えても大罪だ。そのリスクと報酬の釣り合いがとれるとは思えない」

「ハァ…あーだこーだ、さっきからそーゆー仮定の話ばっかりだな」

「カカシ先生が大袈裟なんすよ。リンは俺のストーカーを辞めたってだけで、他は何もかも普通じゃないすか。誰にだってある、心変わりの一つでしょう」

「大袈裟だった、で済むならそれでいい。けどそうじゃなかったら?」


シカマルの言う通り、シカマルを好きじゃなくなったという、それだけが今のリンの唯一の変化で最大の変化だ。
それを突き詰められるのは他でもないシカマルしかいない。
もし俺のこの考えが大袈裟なんかじゃなかった場合、今ここでシカマルが動かなきゃ、シカマルが大好きだったあのリンは一生救われないかもしれない。


「お前はただ確かめるのが怖いんじゃないのか。考えて行動して可能性を潰して、そうしていった先で結局、変わらない現状を受け入れることしかできないかもしれないから。これが誰かの術や罠なんかじゃなく、間違いなくただのリンの心変わりなんだと突き付けられるだけかもしれないから。」


シカマルは俺の言葉に驚いたように目を見開いていた。
自覚はなかったのかもしれない。シカマルは普段そんなに臆病なやつじゃない。だからこそそんな自分の弱さには気づかなかったのだろうか。
それっぽい理由で自分を納得させて、これ以上傷つかないようにと理論武装で守りを固めて、このままただ時間が傷を癒すのを待っていたかったのかもしれない。
けれどそんなの俺は許さない。


「ありとあらゆる可能性を残したままにして、シカマルはこの現状に本当に納得できるのか?もし結果的に改めて傷つくことになったとしても、そんなの今何もせずに、ただ後悔を背負ったままリンを失うことに比べたら屁でもないって気持ちで足掻いてみなさいよ。」

「…なんで、カカシ先生がそこまで…」

「…リンには…まぁそれなりに辛い過去があってさ。子どものうちなんてサスケみたいに全てが憎いって顔してたって、ナルトみたいに愛情に飢えてたっておかしくなかったんだ。けどリンはさ、第七班結成時に既に言ってたんだよね。『将来の夢はシカマルのお嫁さん』って、そりゃもう幸せそうな顔で。」

「…っ!」

「それがどれだけ恵まれたことか、あの子自身もきっとわかってただろう。だからずっと何年も、その気持ちを大事に育んできたんだ。…リンが恋人を呼ぶ時の声や仕草なんてもんはわかんなくても、リンのその気持ちが一族復興への気持ちとは比べ物にならないことぐらい、俺にはわかる。」


シカマルはリンの自分への思いをまだまだ侮っている。
だからまだ正確にわかっていないんだ、この現状の異質さを。

けど、さぁ、どうする。俺から伝えられることなんてこれ以上何かあるか。
リンには個人的な借りがある。それを返せる時をずっと待ってた。
もはやそんなの今を逃せば次は無い。


「あ…あとシカマル、さっきお前の話に一点思い違いがあるように感じたんだが…」

「…何すか?」

「リスクと報酬が釣り合わないってやつ、俺はそうは思わない」


シカマルが自分を納得させるために捏ねた理屈に過ぎないが、それにしても杜撰な理屈だ。


「だってそうじゃないすか。政務官にまでなった人間が、ただ女ひとり手に入れるためにさすがにそこまでするわけ…」

「ただの女一人が欲しいわけじゃないとしたら?」

「…小柳の名前っすか?小柳なんて、そりゃかつては名誉ある名前だったんでしょうが今は何の力もないし、むしろ栄枯盛衰を辿った憐れな一族として蔑まれすらするのに。それこそ大罪を犯してまで欲しがるものじゃ…」

「あーちがうちがう、あれー…?なんかシカマルにぶいね。もしかして知らない?リンが燃えた小柳の蔵書の復元作業してるの。」

「それは知ってますけど…これまだオフレコなのかもしんないすけど、復元後の蔵書の管理の任は小柳から外れるんすよ。だから別にリンと結婚したら蔵書が手に入るとかでもないし…」

「そうじゃなくて…あー、こりゃ知らないね。まぁこれこそオフレコだけど、てっきりシカマルには話してるもんだと思ってたわ。やっぱあの子、ほんとに口は固いね」

「一体なんの話っすか?」

「俺から聞いたって誰にも言わないでね?これ知ってるのほんと極一部の人だけだから。シカマルを信じて教えるけど…リンの頭の中にはさ、蔵書の中身が全て入ってるらしいんだよ」

「…は?」


シカマルの目の色が変わった。
お、よし。いいぞ。
シカマルにとってこのピースが足りなかったのかと、俺はそれがハマったことに満足して頷いた。
リン、あの時の借りは返せそうかな。


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