変態注意報

「シカマルくん明日はお休みだよね?デート行こうよ!」


伝えてもいないのにしっかり俺のスケジュールを把握している最上さんは、今日一日しっかり俺に張り付いてしっかり家の前まで着いてきた挙句、しっかり俺の手を握ってそう言った。

俺はあからさまに彼女を邪険にしているのに、ちっとも引きやしない。
アカデミー初期の頃の俺とリンは、まさにこんな感じだっただろうか。


「なんだぁ…俺の息子は案外モテるんだなぁ」


適当に最上さんをあしらおうとしていると、タイミング悪く帰ってきた親父と鉢合わせた。
げ、いらんとこ見られたな。


「この年でうちの息子の良さがわかる渋い女なんてリンちゃんぐらいかと思ってたんだが…」

「はじめましてお父様!シカマル君とお付き合いさせていただいているハルカと申します!不束者ですがどうぞ末永くよろしくお願いいたします!」

「あー…なるほど」


いきなり勢いよく深々と頭を下げる最上さんを見て、「こーゆー子がやっぱお前のタイプなんだな。」と深く頷く親父に頭が痛くなった。



変態注意報 sideシカマル



「さて…まぁ若いふたりがイチャついてるとこ邪魔するのも野暮だが…シカマル、ちょっと話がある。俺の部屋に来い。」

「イチャついてなんかねーよ勘違いすんな」

「特別に今回のことはリンちゃんには黙っててやるよ。そーゆーのも男の甲斐性のひとつだしな」

「だからちげーって」

「じゃあシカマル君、明日また朝迎えに来るね!」

「ぜってーくんな」


だんだん本当にリンと話しているみたいな感覚がしてきて、自然と俺の言葉も乱暴になってしまっていた。
かといって打ち解けたとか気を許したとかそんなことはまったくない。あの人は何か得体が知れなくて気味が悪い。


「…シカマル、今の子はやめとけよ。ありゃ最上カツキの妹だろ」

「!…知ってんのかよ」

「リンちゃんのことは娘にする気まんまんだったからな。内密にだが多少のことは調べさせてもらった」

「それで…」

「まぁ結局お前がリンちゃんについに見切りをつけられたってことしかわからなかったがな!」

「………」


腹が立ってこれ以上話を聞く気が失せた。


「おいおいおいおい、どこ行くんだよ。とにかく入れ。これからの話は今の話と無関係でもねぇぞ」


そんなの嫌な予感しかしない。
正直聞きたくなかったが、そうもいかず渋々親父の部屋へ足を踏み入れた。


「話ってのは、小柳の書庫にあった蔵書についてだ。」


別に指すわけでもないのに、癖のように将棋盤の前に座った親父の対面に俺も腰を下ろした。


「今、復元作業してるっていうあれか?」

「ああ。それの保管先として…まだ候補のうちの一つに過ぎないが、うちの山奥に隠すように保管する案が出てる。」


親父は手癖のように駒箱を手に取り、おもむろに番上にひっくり返して乗せた。
そして盤上に散らばった駒をさっさと並べ始める。どうやら話しながら一局始めるつもりらしい。
親父は適当な手を指して次を促してきたので、これまた俺も手癖のように大して考えもせずにいつもの型通りの手を指した。


「もともとはあえて人目につきやすい人里に書庫を建てることで、周りの環境そのものを盗難や襲撃の抑止としていたようなんだが…その結果が今回のあれだ。小柳に権力があったからこその策でもあるし、今もう同じことは出来ない。だから次は逆に徹底的に、限られた人間以外の目には触れない場所で管理する方針に決まった。」


つまり今度は極一部の人間以外には、その保管場所がどこなのかさえも分からないようにするってことだな。


「話はわかるが…場所を移すってことは、リンは…?どうなるんだ?」


保管場所が小柳の管轄を離れる以上、リンがその極一部の限られた人間に含まれるとは考え辛い。
もうあいつは管理の任務から外されるのか。けど…


「蔵書の管理はあいつにとって、小柳一族として託された唯一の任務だって…」

「もうそんなのも時代錯誤な話だろう。そもそもリンちゃんの先代が亡くなるまでには、次をどうするかなんて決めとくべきだったはずだ。それをずっとなぁなぁにして、あの子一人に押し付けて…かわいそうなことをした。…それさえなければあの子もあそこまで、小柳の名前に縛られて生きることもなかったろうに」


それはそうかもしれない。けどあの任務がおそらくリンの糧になっていたのも事実だろう。一族としての唯一の誇りだっただろう。
あの火事のせいで任務遂行の能力なしと判断されたのもあるかもしれないが、大人の勝手で幼い頃からそれを押し付けられた挙句、こんなタイミングで簡単に取り上げられるなんてあいつの気持ちはどうなる。
何より今リンが…カツキと思い描く小柳一族の復興には、蔵書を守り続ける一族の姿がきっとあるはずだ。


「その話、リンは…」

「勘違いすんなよ。そもそもリンちゃんが、保管先を今の書庫からうちの山へ移すことを提案したんだ。」

「…は?」


型通りに機械的に指してきた手が思わず止まった。


「これが潮時だったんだって、火事のあった翌日にはそう話してたそうだ。昨日今日の話じゃなく、おそらくずっと考えてたんだろう。」


なんだよそれ。あいつにとってはその程度の問題だったのか?
その任務があるから、どれだけ寂しい思いをしようと小柳の屋敷を離れられないとまで言っていたのに。自分の命よりも本の方が大事だったくせに。

…いや、任務を軽んじたわけじゃないはずだ。
大事だからこそあいつなりに考えたんだ。限界を感じる前にどうすべきかを。
これの何が腹立つって、俺に一言の相談もなかったことだ。
どうしてあいつはいつもいつも、そうやって悩んだり落ち込んだりする肝心な時に俺を頼らねーんだ。

くそ、となかばやけくそな気持ちで次を指そうと駒を手に取るが、どこに打つのか思い浮かばない。
何の変哲もない基本通りの盤上で、いつもの手がわからなくなっていた。


「もちろんリンちゃんのはただの提案だ。いくら現管理者の要望とはいえそれがそのまま通るわけない。けどな」


それまで盤上を見ていた親父の視線が真っ直ぐ俺を見た。


「シカマル、お前にやる気があるなら何がなんでも俺がこれを通してやる。どうするかはお前が決めろ。」

「は?なんで俺がそんなこと…やる気なんかあるわけねぇし…」

「お前…まだわかんねぇのか?」


何も考えられないまま、いつもの手も思い出せないまま、適当なところに適当な駒を置いた。
親父はこれみよがしな盛大なため息をつく。


「リンちゃんは別に任務を投げ出したわけじゃねぇんだろう。別にそんなもん他のやつに擦り付けたって俺はいいと思うが…あの子は続ける気なんだよ。けどあの場所でこれまでと同じようにってわけには当然いかないのもわかってた。だからお前に託したんだ。」


ぱちり。親父の玉が動いた。


「あの子は願ってるんだ、任務を続けることを。お前と、ここで。小柳じゃない…この奈良の家で。」


いや、そんな…そんなわけねーだろ。

親父がそう考えたいのはわかる。
だが事実として、あいつは今ここにいない。それが答えだろ。
たしかに元々はリンもそのつもりだったのかもしれない。けれどカツキと出会ったことで、奈良の家で任務を続けることよりも、小柳の名を守ることを選ぶようになったんじゃないか。
そういうことじゃないと、こんな大事な話を俺が本人からじゃなくて親父から聞くような道理がねぇだろ。


「…すぐに決められねーならしばらく考えろ。全部お前に任せる。」


やる気なんかねぇよ。
そんなめんどくせーこと、なんで俺が。

そう言えばいいのに言えなかった。
俺がこれを断ったら次にこの話はどこへ行くんだ。
あくまでこれは今後奈良家の管理になるとするならと聞かされている話であって、本来ならば極秘事項だ。一度これを断れば、おそらくもう二度と俺がこの任務の行方を知ることはなくなるだろう。

リンは知っているのだろうか。自分のかつての要望が実際にこうして打診され、実現しかけていることを。
なぁリン、一体今はどういうつもりでいるんだ?


「…お前はなまじ頭がいいから、複雑なことを考えすぎるのかもしれねーな。時にはシンプルに考えてみるもんだぜ。」


そろそろ晩飯だな、と親父が立ち上がる。
ふと放置していた盤上に目を落とすと、俺は信じられないぐらい今世紀最大の大敗を喫していた。



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