リンとカツキのことはそう時間も経たないうちに方々に広まって、うちの母ちゃんですら知るところとなった。
あんないい子を逃した馬鹿息子と罵られたが、あいつはそんなにいい子だっただろうか。
あいつの不法侵入や不法滞在、泥棒やストーカーなど俺が受けた被害は数しれない。
けれどなぜだろう。こういう時っていい思い出ばかりが蘇ってくるもんなんだよな。
「シカマル…この前もらった報告書、誤字脱字だらけなどころか肝心な報告がすっぽり抜けてるじゃないか」
「すんません…」
五代目に呼び出されたかと思えば、やり直せと以前提出した報告書を放り投げられた。
報告書の書き直しなんて初めてだ。
「なぁ…気持ちはわかるがそう気を落とすなって。らしくないぞ。せめて仕事と私情は切り離せ、な?」
「は…?」
「あー私も悪かったよ、あの時あの二人を組ませなけりゃこうはならなかったんだろうが…まさかあんなにシカマルシカマルうるさかったリンが、ちょっとイケメンと二人きりの時間が長くなったからって、あんなにコロッと心変わりするだなんて思いもしなかったんだよ」
…うちの母ちゃんが知ってるぐらいだ、そりゃ五代目もご存知だろう。
かといってそれを俺に謝る義理もなにもないはずだが。
「早くお前も次の女みつけなよ」
「…報告書、明日には持ってきます」
近頃の木の葉の里は少し生き辛い。
変態注意報 sideシカマルリンはアカデミー時代は特に突飛な行動や言動がひどく、傍にいて色んな意味で危険を感じることも多かったが、それも年月を経るごとに徐々に落ち着いていた。
単純に俺がリンに慣れていったのもある。それにもともと俺の中であいつの扱いが雑だったのもあって、女だからと変に気遣わなくていい分、最近は傍にいても気が楽だった。むしろ近くにいると安心した。
今の状況がひどく落ち着かないからだろうか。
俺は今になってそんなことを考えていた。
「ごめんねシカマルくん、急に引き止めて」
「はあ。なんの用すか、最上さん」
目的であっただろうリンを手に入れたのだから、もうこの人が俺に関わってくることもないと思っていた。
それが急に泣きながら現れて、公衆の面前で抱きついたりしてくるもんだから驚いた。
仕方なく近くの茶屋の椅子に座らせたが、俺の服を掴む手が「用が終わるまで絶対に帰さない」と主張しており観念して隣に座って今に至る。
「私…もうそんな顔したシカマル君を見ていられなくて」
「はあ?」
「シカマル君、あの日からずっと辛そうな顔してる。私の…兄のせいで」
まるで自分は兄とは関係ないと言いたげな口ぶりだ。
しかもあの日からずっととは…
「あの日以来はじめて会うのに、なんでそんなずっと見てきたかのように言うんですか」
「ずっと見てたの!私と会っても逆効果だろうなと思ったから、今まで話しかけられなかったけど…」
わかっているならもはや一生話しかけて欲しくなかったな。
俺に近づく女はどうしてこうもストーカー体質なんだ。
「ねぇ、私に何かできることない?シカマル君に元気になってもらいたいの!」
「ないです」
誰のせいでこんなことになってると思ってるんだ?
まるで本心かのように語る願いは白々しいを通り越して不思議だった。
しかも彼らの目的は既に達しているはずなのに、なんでわざわざこんなことをする必要があるんだ。
「リンさんは兄と付き合いだしたわ」
「…はい」
「じゃあシカマル君は私と付き合えばいいんじゃない?」
「…いや、意味わかんねーよ…」
「なんで?リンさんが好きだから?」
「もういいっすか。付き合ってられねー」
「…っ!シカマル君だって聞いたじゃない、リンさんはシカマル君自身のことなんか見てなかったの。一族の復興が…遺伝子だけが目的なんて、はっきり言って最低よ。けど私は違う!私は本当にシカマル君のことが…」
「あいつのこと悪く言うなって言ったの、もう忘れたんすか」
女相手に物騒なことはしたくないが、無意識のうちに凄んでしまって最上さんの肩がびくりと揺れた。
彼女の乾きかけていた瞳にまた涙が滲む。
気にしないようにしていたが、さっきから店員や通り過ぎる人たちの視線が痛い。
「…ごめんなさい。でも私本当に、シカマル君のことが心配なの」
なんだ?なんでこんなに俺の気を引こうとする。俺がリンを奪い返そうとするかもしれないと危惧しているのか?俺が妹の方とくっつけばこの関係のすべてが丸く収まるってか?
「心配してもらわなくて結構っす」
真意はしれないがこんなあやしすぎる誘いに乗っかる道理がない。
そんなこと最上さん自身わかっているはずだ。俺たちの関係にそんな信頼などないと。
なのになぜさっきからこんな無意味なやり取りを繰り返すのか、まさかこれに逆に意図があるのかと俺は混乱した。
俺のブレない返答に、最上さんの瞼がそっと伏せられる。
そしてぽつりと呟いた。
「シカマル君にはやっぱり、まだこの手は通じないね」
どういう意味かと問う前に、最上さんが再びパッと顔を上げた。
「もしかしてシカマル君、そのうちリンさんが自分のところに戻ってくるかもしれないなんて考えてる?期待するのはやめた方がいいよ」
「な…別に期待なんか…」
「女心はそんなに単純じゃないの。期待してもまた傷つくだけだわ。私にしておいた方がいいと思う」
「いい加減にしてくれよ」
「私がリンさんの代わりになるわ。…リンさんみたいに素直で間抜けで、明るくて幼くて、気さくで強引で、一途で自己中な女に私がなるから」
そう言って笑う最上さんに少しぞっとした。
この前までリンのことなんて知っているようで知らないような認識度合いだったくせに、今の彼女はリンを“知っている”。
今までが演技だったのかこの間に調べあげたのかはわからないが、どちらにしろ気味が悪い。
「まじで代わりなんかいらねーからもう俺に関わらないでくれ…」
「えー遠慮しなくていいよシカマル君!明日は愛妻弁当作って会いに行くから待っててね!」
「は!?」
それまでとは打って変わったテンションの高い弾むような声。
無駄に近くなった距離感に、無意味に俺の膝に添えられる彼女の手。
人が変わったようなその様子に驚く俺を他所に、最上さんはにこにこと笑顔を浮かべている。
「大好きだよ、シカマル君」
正気か?
この人は本当にリンに成り代わる気なんだ。
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