◇春野サクラの場合
「いやーごめんねサクラ、引っ越し作業なんか手伝わせちゃって」
「別にそれは構わないけど…リン、ほんとにこれ全部捨てるの?」
私が手にしているゴミ袋には、これまでリンが数年がかりで集めたり作成したりしたシカマルグッズが詰め込まれていた。
もちろんこれらは新しくリンが住む一人暮らし用のワンルームに収まるような量ではないし、大半は捨てることになるのはわかる。
だけどリンはそれを一つも残すことなく処分すると言い出していた。私の知ってるリンなら、部屋に入るぎりぎりの量までは意地でも残しそうなものなのに。
「捨てるよー。ほとんどただのゴミだし」
…たしかに普通に見たらゴミばっかりだけど、リンはこれを宝だなんだって言ってきらきらした目で見ながら、何年もずっとコレクションしてきたんじゃないの。
きれいさっぱり憑き物が落ちたみたいな今日のリンは、たしかにリンに違いないんだけど、まるで別人だった。
「リンあんたどうしちゃったの?頭でも打った?」
「え?なんかそんなおかしいかな…」
「おかしいわよ」
「うーん…実は私、彼氏ができたんだ」
「…は?」
「だからさすがにさ、前の男のもの残しとくのはちょっとあれじゃん?」
照れ臭そうに頬をかくリンに、あんたとシカマルは前の男って言うような関係だったかとかその彼氏とやらは現実に存在するものなのかとかツッコみたいことはたくさんあったけど、とにかくそれは優先度として高くないから置いておこう。
間違いない、こいつは頭を打ったんだ。
確実な回復のために必要なのは早期発見早期治療。
私はさっそくリンの頭を抱え込んで治療に取り掛かった。
(どこ?どこを打ったのよ!)
(いたたたたた何!?どこも打ってないよ!?)
◇山中いのの場合
久し振りに会ったリンにうちへ遊びに来ないかと誘われて、初めて部屋にお邪魔した。
一人暮らし用の小さなアパートの部屋の中はすっきり片付いていて、びっくりするぐらい生活感がなかった。
ちょっと前まではひどい収集癖があった上、シカマルの人形を百体作ったとか部屋中ポスターだらけにしたとかなんとか言っていたような子なのに、今はこんなシンプルな部屋に住んでるのか。
どうやらシカマルと何かあったらしいとか妄想上の彼氏が出来ているとかいうのはちょっと前にサクラから聞いていて、その時点で相当やばいなとは思ってたんだけど、この部屋を見るとさらに重症だと感じた。
「え、えーっと、あんた彼氏が出来たんだって?」
「うん、そうだよ」
「ど、どんな人?」
「カツキさんって言って、今一緒に仕事してる人で…かっこよくてやさしいよ」
妄想にも一応しっかりした設定があるのね…
ここに来る途中で買った団子を机の上に広げると、リンはお茶を淹れてくれた。
一通りの生活用品は揃っているらしい。もう引っ越して結構経つらしいから当然だけど。
「そのカツキさんの写真とか、人形とかは飾ったりしないの?」
妄想なんだからそんなものは作れるわけがない。
わかっていたけどそう質問したのは、そんな人はいないのだとリンに目を覚ましてもらいたいからだった。
「そういえばそうだね、考えもしなかった。シカマルの時はあんな狂ったようなことばっかりしてたのにね。今はなんかそういう感じじゃないな…」
「…リンは本当にその人のこと好きなの?なんか勘違いなんじゃない?」
「え、そんなことないよ!一緒にいたらどきどきするし、なんかぽーっとするし、幸せだし」
「…その人のどこが好きなの?」
「えーっと…」
そこでリンは言葉に詰まった様子だった。
すぐに「ま、そういうのはいいじゃん!私も大人になったってことだよ」と誤魔化されたけど、もちろん納得いかない。
「シカマルのことは?もう好きじゃないの?」
「…いの知らないの?シカマルにも彼女ができたんだよ」
「へ?え、え!?は!?」
「ハルカさんって言って…カツキさんの妹さんなの。だから私たちがそれぞれ結婚したら兄妹になっちゃうねーははは」
「はははって…」
リンったら完全に狂ってるわ。
結局どっからどこまで妄想で現実なのかはっきりしないけど、たぶん要はシカマルに浮気されたせいでこんなことになってるのね。
それなら話は簡単。
シカマルの奴をぶん殴りに行こう。
(いの何か怒ってる…?ごめんね、カツキさんのことは今度紹介するよ)
(紹介?妄想の彼氏をどうやって)
(え?妄想?)
◇はたけカカシの場合
上忍の最上カツキと小柳リンがデキているらしいと密かに上忍の間では噂になり始めていたが、俺はまったくもってそんな噂は信じていなかった。
燃えた小柳の蔵書の復元作業のため、あの二人が同じ狭い部屋に籠りきりという状況が数週間も続いていることが、そんな根も葉もない噂に繋がったのだろうぐらいに思っていた。
「え!?カツキさんって、実在する人物なんですか!?」
サクラの驚きに満ちた声が鼓膜を揺さぶる。
噂についてちょっと、たまたま暇そうだったサクラに聞いてみたらこれだ。
「じゃあ…全部本当だったんだ…」
「…どういうこと?」
「リンから彼氏が出来たって言われて…でも急だったし、リンだし、どうせ妄想の話だろうって思ってたんです…」
…まるっきり信じていなかった噂だけど、どうやら事実だったらしい。
なんてこった、あのシカマルストーカーのリンが?いつの間に他の奴に乗り換えなんて。
しかも相手があの最上カツキっていうのが余計に引っかかる。
政務官としても忍としても優秀には違いないが、異様な出世スピードは周りから怪しまれることも多かった。何より他人にほとんど関心がなく、ロクな人付き合いもないような男だ。
それとあのリンっていう組み合わせが異色すぎて噛み合わない。
ちょっと気になるな。
そう思って、俺はその夜にリンの部屋を訪ねた。
こつこつと外から窓を叩くと、カーテンと一緒にその窓が開けられる。
リンは俺を見ると、驚きつつもぱっと笑顔を浮かべた。
「カカシ先生!どうしたんですか?」
「んーなんとなくリン元気かなーって思って」
「なにそれ変なの。あ、入ります?」
「いや…噂の彼氏は今いないの?」
「カツキさん?うん、別に一緒に住んでるわけじゃないし…カツキさんはここには一度しか来たことないですよ」
リンはいたって淡々とそう答えた。
一見おかしな様子は何もないが、これがリンかと思うと違和感しかない。四六時中飽きずにシカマルシカマル言ってたのはそんなに古い話じゃない。
俺はおもむろにリンの肩に触れてチャクラを流し込んだ。幻術にでもかかっているならこれで解ける。
だがリンに何も変わった様子はなく、不思議そうに目を瞬くだけだ。
「先生何してるですか?」
「…なんか変わった?」
「チャクラ流されたなーってだけですけど…」
「そっか」
何かしらの術にでもかかってるのかと疑ったけどそうではないらしい。
本当にただの心変わりなのか?俺が心配しすぎなだけ?
普通の男女の惚れた腫れたの問題なら、こうして首突っ込むような野暮なマネは本来したくないんだけど…
どうにもきな臭いんだよな。
「…シカマルのことはもういいの?」
「はい。もう吹っ切れました!」
「シカマルにフラれたんだ?」
「…そう、だったかな。あれ?私がフッたんだっけ?」
「…普通そんなこと忘れる?」
「うーん、なんかちょっと前の記憶が曖昧で…」
「変なもの食べた?」
「食べてないと思うけど…まぁ今超絶ハッピーなんで大丈夫です!」
あまりにも怪しいが決定打がない。
もっと別の方面から調べてみるか。
それにしてもシカマルのやつは何やってんだか。
(先生暇ならお茶して行ってくださいよー)
(暇じゃないけど…まぁ少しならいいよ)
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