昨日喫茶店であんな気まずいやりとりがあったにも関わらず、今日カツキさんは何事もなかったかのようにいたって普通に出勤していて、変わったことと言えば送迎がなくなったぐらいだった。
あの女…木の葉病院の最上さんについて尋ねたら、普通に「ああハルカ?僕の妹だよ。薬師の見習いなんだ」と返って来た。
それでシカマルとその妹さんについての接点はなんとなく想像がついた。
「私を手に入れるために、シカマルに妹さんけしかけたんですか?」
「何の話だい?」
「それともその逆ですか?本当の目的はシカマル?」
「うーん、リンが何のことを話してるのかはわからないけど…」
カツキさんはいつも通りの人の好さそうな笑みを浮かべた。
「なんにしろハルカにシカマル君をとられちゃったっていうのが事実なんだよね?」
…何の話だとかすっとぼけといて、一番私に刺さる言葉をよくわかってるじゃないか。
調子乗って妹さん殺されたって知らないからな。暗殺任務についたことのない私でも、一般人ぐらい瞬殺だぞ。
「怖い顔したって無駄だよ。脅しはきかない。リンは、シカマル君が悲しむようなことはしないだろう?」
その顔がとても勝ち誇ったような顔で、私はとても悔しかったのだけど…なぜか憎むことはできなかった。
妹とこの人が繋がってるのは確実だ、私たちは何かに嵌められたんだとわかりきっている。
なのに問い詰めることができないどころか、私は今この人の顔を見て胸を高鳴らせ、声を聞いて惚けている。
前々からこの人に対してこういうことはあった。けれど今はあまりにもその度が過ぎるから、幻術か何かかとまで疑ってみたが、そういうことでもないらしい。堂々と解の印を組んでみても、現状は何も変わらなかった。
「何を怪しんでるの、リン」
くすくすとカツキさんが笑う。
勝手に幻術とか疑って、一人で慌てているのを恥ずかしく思った。
「ねぇリン、今日君の部屋に行ってもいい?」
「は?駄目に決まってます」
「引っ越し祝い持って行くからさ」
「…なんで引っ越ししたこと知ってるんですか」
「シカマル君に"顔見せんな"なんて言われたら、リンはそうするしかないだろうなと思っただけだよ」
「…聞いてたんですか」
本当にたちが悪い。
…今思うとあの時窓の外にシカマルが見えたなんていうのも嘘だったんじゃないか。
ていうか嘘に違いない。わかっててあの場に私を送って、わざと私にあのシーンを見せた…?
なら今のこの状況自体、この人の思い通りなんじゃ…!
「カツキさん、あなた…!」
「リンの手料理、楽しみにしてるね」
「は!?」
「今晩、用意しててくれるよね」
ふざけんな、誰がそんなもん!
当然吐き出されるべき文句が寸前まで出かかって、直前で急激に熱が冷めたかのように引っ込む。
カツキさんが家に来てくれる!
次の瞬間にはそうときめいていた私は素直に「はい」と返事をしていた。
変態注意報 sideリン夜、私は引っ越してきたばかりの部屋でさっそく料理をしていた。
まだ家具もほとんどない部屋に、今日だけでやたらと調理器具がそろった。
献立はハンバーグとサラダとスープ。ハンバーグはサスケのお母さん、サラダとスープはシカマルのお母さんの調理を真似したもの。
カツキさん、喜んでくれるかな。
出来上がった料理を小さな机に並べる。
そして手前にフォークとナイフを二組並べて、ふと思った。
あれ?この食器もフォークもナイフも、なんで二組あるんだろう。私もうずっと一人暮らしなのに。これって誰のために買ったんだっけ。
―――ピンポーン
呼び鈴の音が部屋に響いて、はっと我に返る感覚がした。
…えっと、今何考えてたんだっけ?
ああ、そうか、食器か。これはあれじゃん、シカマルのために買ったんだ。
シカマルのこと好きだったから。
結局使うこともないまま終わっちゃったけど。
うーんでもそう考えたら過去の男のために用意した食器を使われるの、カツキさんいい気しないかなぁ。いや、まぁ私が黙っとけばわからない話か。
あ、てかそんなことより早くドア開けないと!
「お待たせしましたー!」
扉を開くと、夜の暗闇を背景に笑顔のカツキさんが待ってくれていた。
いつの間にかもう結構遅い時間になっていたらしい。
「遅かったですねカツキさん!どうぞ入ってください!」
「ありがとう、おじゃまします」
自分にとってもまだ到底慣れない自室に人を招く。変な感じだ。
カツキさんに机の前に座ってもらって、手土産として持ってきてくれたケーキは冷蔵庫に。
「すごい、リンちゃんと料理できるんだ」
「人が作ってるの見て覚えただけですよ」
「そっか、すごいよね、忘れることがないならレパートリーも増える一方だし」
「うーんまぁまず作ってるところ見せてもらわなきゃ無理なんですけどね」
正直な話レシピとかを見ただけじゃ作れない。何書いてんのかわかんなくなるから。
だから現時点でもレパートリーはサスケのお母さんとシカマルのお母さんのしかないし。サスケのお母さんは亡くなっちゃったしシカマルの家にはもう行くこともないだろうしで今後増える見込みもない。
カツキさんはそんな私のどうでもいい話を楽しそうに聞いてくれる。
ごはんも全部おいしいと言って食べてくれた。
うちは家と奈良家の味がちゃんとお口に合ったようでよかった。
「けど今後のことを考えると、うちは家と奈良家の味しか作れないのはやっぱり問題ですよね。最上家の味をちゃんと作れるようにならなきゃ!」
「え、最上家の味を?」
「はい!だって……」
…ん?あれ?
「えっと…なんで私、最上家の味なんて覚えないといけないんだろ…?そもそも今後のことってどういうこと…?」
おかしいな、なんか今日は自分の中の思考が噛み合わないことが多い。
自分の言葉に疑問を感じるなんて、こんな変なことない。
けど冷静になって考えてみても、自分がなんでそんなことを言ったのかわからないまま。
私とカツキさんの今後とは?そもそも私とカツキさんってどういう関係?なんでカツキさんは今ここにいるの?
「リン…」
「はい?」
「ごめんね」
「え?」
カツキさんは困ったように眉を寄せつつ、そっと私の肩を抱いた。
何に対する謝罪なのか聞こうと私は口を開くけど、それより早くカツキさんは言う。
「何を混乱してるんだい、リン。忘れちゃった?リンは僕の恋人だよ」
恋人?
私と、カツキさんが?
ああ、
「そうですね!」
そっか、そうそう。私たち恋人なんだ。
だからカツキさんは今ここにいるんだし、私はこれからもカツキさんにおいしい料理を提供するために最上家の味を覚えなきゃいけないんだ。
おかしいな、何変なこと考えてたんだろ、私ったら。
そういやカツキさんといつから付き合ってるんだったっけ…なんだかよく思い出せないけど…けど恋人なんだよね、うん。
なんかよくわかんないけどカツキさんのこと好きだし。…そういやカツキさんのどこが好きなんだっけな。えっと…?
「知らないの?リン。人を好きになるのに理由なんて必要ないんだよ」
どっきん。
ハートを射抜かれる音がした。
なんて素晴らしい言葉なの。そうですよね、まったくもってその通り!
馬鹿だな私、今更なんてことを聞いてるんだろ!
恥ずかしさをごまかすように笑うと、カツキさんはやさしく頭を撫でてくれた。
それからその超絶美形でやさしさの化身みたいな顔で「それで、式はいつにしよっか」なんて言うもんだから私の中で幸せが爆発した。
「明日!!!」
「あ、明日はちょっと急すぎるかな…」
「そっか!でももちろんいつでもおっけーです!!」
噛み合わなかった思考がぴたっとはまって、それからは幸せで仕方ない時間がただただ流れた。
シカマルへの片思いを続けるのはつらいことも多かったし、かなり頑張ったのに結局報われなかったし、こうしてカツキさんと出会えて本当によかったな。
…シカマル、元気にしてるかな。
そういえばシカマルに最後に会ったのっていつだったっけ。
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