変態注意報

高級カップ麺を手土産に部屋を訪れた俺を、ナルトは訝しげな顔で見ていた。


「今晩泊めてくれ」


上がり込んで二人してカップ麺を食べて、なんとなくぼんやりと今日までの事の顛末を話してみる。
最上カツキのこと、リンの望みのこと、しばらく顔を見せるなと言ったせいで俺は自分の家に帰れなくなってしまったこと。
こいつから何か有益な意見が出るとは思えなかったが、今はこれを誰かに聞いてもらいたい気分だった。


「言いてぇことはわかったけどよー、シカマルはなんでそれで怒ってんだ?」

「はあ?だってリンのやつ…」

「お前に近づいたきっかけはまぁそーゆー、なんつーの?下心的なあれだったのかもしんねぇけどさ、今もあいつが同じことを考えてるって本気で思ってるわけ?」

「…けど、あいつが一族復興を願うなら…」

「そう!そもそもそれだってリンの口から聞いたわけじゃねぇんだろ?勝手に聞き耳立てて怒って突き放してって…なーんか今日のお前、冷静さに欠けるんじゃね?」


二年前までのナルトからは想像もつかないような思いもよらず的を射た発言の数々に、不意打ちでダメージを食らった。
あの時ついカッとなって頭に血が上ったのは間違いないが、まさかナルトにそんな的確に指摘されるとは思わなかった。


「あんだけお前のこと好き好き言ってるあいつの気持ちを、今更嘘だとか疑うのかよ」

「…それは……」

「第一さー、お前ら未だに付き合ってるわけでもねーんだろ?だったらそれでシカマルがキレるのも変じゃね?さっさと告って付き合ってから言えよな」

「なんでこの状況で告ることになんだよ…」

「だってお前がそーやって焦ってるのって、そのカツキってのにリンを盗られるかもって思ってるからだろ?」

「は?」

「…自分でわかってなかったのかよ。お前って頭いいくせにほんとこの手の話になると馬鹿だよなー」


いい加減本当にリンがかわいそうだってばよ、と呟きながらもナルトは笑っていた。
俺は言い訳も何も思いつかなくて、ただ無言で伸びた麺を啜った。
予期せぬダメージは食らったがおかげで冷静になれた。
どうやら俺が悪いらしい。



変態注意報 sideシカマル



ナルトの家に一泊して頭を冷やした翌日、俺は「ちゃんとリンと話し合えってばよ」とナルトに放り出されて家路に着いた。
時間的にリンはもうとっくに仕事から帰っているだろう。飯でも食ってる頃か。
玄関の前で無駄に深呼吸をして、腹を括って戸を開けた。


「ただいま」

「おかえり」


食卓には母ちゃんしかいなかった。
親父はまだ仕事かなんかだろうけど…


「…リンは?」

「リンちゃんなら昨日の夕方出てったよ。新しい部屋が決まったからって。あんた聞いてなかったの?」

「…まじかよ」

「わざわざ部屋なんか借りなくても、家の修理が終わるまでここにいればいいのにって言ったんだけどね。そこまでお世話になるわけにはいかないってリンちゃんの方も頑固で」


…ほんとに馬鹿か俺は。
居候のあいつが俺にしばらく顔見せんなとか言われたら、そうするしかないって気づくべきだった。
それにしても昨日一日だけでそこまで事が進むのか。もしかしたらもともとここはすぐにでも出るつもりで、部屋の契約だけは前からしていたのかもしれない。変なとこでまじめな奴だ、ありえる。


「…ハァ。それにしても急だったからあんたとなんかあったのかと思ってたけど、やっぱりそうなの。この馬鹿息子」


キッと俺を睨むと母ちゃんは立ち上がって、鍋の中にあった煮物を手近なタッパーに移し始めた。


「これ、リンちゃんの部屋まで持って行きな。まだロクに引っ越し作業も終わってないんだろうし、まともなご飯食べれてないはずよ。そんでついでに謝って仲直りしてきなさい」

「謝って仲直りって…」

「どうせあんたが悪いんでしょ?」


なんで決まってるんだ。
さすがに昨日の今日で煮物持って押しかけるってのはどうなんだと思ったが、怒ってる母ちゃんに逆らえるわけもなく、俺は煮物の入った紙袋を手に家を出ることになった。

…とりあえず母ちゃんがリンの引っ越し先を聞いてくれてたのは助かった。


それから歩いてそのアパートまで向かった。
俺の家からそう遠くない場所で、特に迷うこともない。
これまでリンと揉めた経験は数あれど、俺の方に非があるのは初めてのことだった。
顔を見せるなとまで言って追い払った手前、どう話をしたものかと近づくほどに緊張はつのり、紙袋を握る手に汗が滲んだ。

そしてついにアパートを前にして、二階の角部屋だったかとそこを見上げた。


「カツキ…?」


確かリンの部屋だと思われるその扉の前に、その男の姿があった。
なんであいつがリンの部屋に。一人暮らしの女の部屋にこんな時間に押しかけるなんて、どんだけ常識ないんだ。

自分のことは棚に上げて勝手に心の中で非難して見ていると、すぐに扉が開いて中からリンが顔を出した。
そのリンの顔を見て、俺はまた昨日のような衝撃に見舞われる。

リンはカツキに対して不審がっているわけでも迷惑がっているわけでもなく、訪問を心待ちにしていたかのように笑顔で出迎えていた。
まるで俺といる時のような、幸せそうなその笑顔。

どうしてそんなもんを、その男に向けるんだ。
馬鹿過ぎて俺とそいつを間違えてでもいるのか。リンの目にはそいつが俺に見えるような術でもかかっているのか。


「遅かったですねカツキさん!どうぞ、入ってください!」


ささやかな心の抵抗は本人のその言葉でいとも簡単に打ち砕かれる。

ああ、そうか、わかりやすいよなリンは。
俺からそいつに乗り換えたのか。

奈良家を継ぐ俺と、小柳を継いでくれると言ったそいつ。
天秤にかけた結果、そっちに傾いたのか。

リンの気持ちを疑うのかとナルトに聞かれ、そうではないと確かに思った。
俺たちが過ごしたこの年月が、一族の復興という目的に裏付けられたものだなんて、そんなことあるはずないと。
信じたいと思った。
だけどどうだ、これがその結果だ。

昨日とはまるで違うたしかな現実に、今度こそ心が壊れそうだ。
こんな喪失感と絶望、俺は知らなかった。

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