「私も子どもながらに、この人は賢い人だ!小柳の遺伝子を持つ私とこの賢い人との間にできる子なら間違いなく天才になる!私は小柳一族を存続させられる!この人の子ども作ろう!って思ったんです」
私の言葉を聞いて、カツキさんは思った通りだと言わんばかりに笑っていた。
「すごい!そんな頃から?子どもの発想じゃないね」
「いや、子どもだからこそですよ。今思えばすごく安直だったし、シカマルが奈良家の長男だとか何も考えてませんでしたからね」
「ああ…それなら尚更、今の君は十分理解しているはずだ。もう君たちの無意味な関係を続ける必要はない。君には僕がいるよ」
無意味な関係
言葉がトゲみたいにちくりと心臓に刺さる。
そうだ、事実私が作ろうとしていたのはそういうものだ。
だけど、
「…いいえ、違うんですよ」
あくまでそれは過去の話だ。
「え?」
「シカマルと一緒になっても、小柳は存続できない。そんなことは割とすぐにわかりました。けど違うんです。シカマルのことを知れば知るほど、私は本当にシカマルのことを好きになって…当初の目的なんて二の次になりました。今だって私は…」
本末転倒と言われたって気にしない。
もっとずっと大切なものを私は見つけたんだから。
「私はもう小柳のことは諦めてもいいと、そう思えるぐらいの恋をしてるんです」
変態注意報 sideリン最初の動機は間違いなく不純だった。今思い出しても恥ずかしいぐらい、相当の馬鹿だった。
だけど今はそうじゃない。
私は誰よりもシカマルの魅力を知っているし、誰よりもシカマルのことが大好きだ。
シカマル君でないとだめだなんてことはないはず?
そんなばかな、ちゃんちゃらおかしい。シカマルでないとだめに決まってる。優秀な遺伝子はそこらへんにごろごろしてたとしても、シカマル自身の代わりなんて絶対にいないんだから。
「私がこれまで仕事に必死だったのは、シカマルに相応しい人になるために"悲劇"と呼ばれるような自分を抜け出したかったのと…私が小柳を終わらせてしまうことに対する、先代たちへのせめてもの贖罪だったんです」
ほんの少しでも、やっぱり小柳は優れていたと人々に思ってもらえるように。
確かに咲き誇っていた小柳の栄華を、"悲劇"では終わらせないように。
親不孝で申し訳ないが、小柳の復興のためではない。まったくの逆だったのだ。
「カツキさん、本気で人を好きになったことないんでしょう?」
「…どうして?僕は君にプロポーズをしたんだよ」
「誰にもバレたことのなかった私の不純な動機、なんでバレたんだろうって考えたら簡単にわかります。カツキさん自身が同じことを考えてるんだなって」
ぐいっと、すでにぬるくなってしまったカフェオレを飲み干した。
「あと人を好きになる理由なんてもんを考えてる時点でナンセンスです。人を好きになるのに本来理由はいりません。それを知らないカツキさんは、恋をしたことがないんです」
それまで何を考えているのかわからないような顔をしていたカツキさんだけど、この時は少し驚いたような様子だった。
「私と結婚したいのは優秀な遺伝子が欲しいからですか?それとも欲しいのは小柳の名前ですか?小柳の復興を手伝ってくれるってことは後者の方でしょうか…けどカツキさんほどの人なら、わざわざ小柳の肩書なんか得なくたって、十分な地位を築けると思いますよ…?」
「っくく、ははははは…まさかリンにここまで言い当てられるとは思ってもみなかったよ。さすが、腐っても小柳一族はあなどれないね」
「腐ってもって…」
途端にひどい言い様だ。イケメンが言うから特に辛辣に聞こえる。
あてが外れてがっかりしているんだろうな…
「…リンはおかしいと思わなかったのか?僕が今の立場で仕事が出来ていること」
「え…」
まぁそりゃ、若いし残業しないしきっちり休み取るし、出世できるタイプじゃなさそうなのにすごいなとは思ってたけど…
……え?まさか?
「なんかやばいことした結果なんですか…?」
「まぁ…実際優秀なんだから問題ないだろ?だから誰も文句は言ってない」
「はあ…」
「けど使える後ろ盾はなんだって欲しい状況なんだ」
わーお。衝撃告白だ。それ正直に私に言っちゃってよかったのかな。別にチクるつもりもないけど…
言ったからにはなんなんだろう、諦めてくれるのかな、もしくは諦めないぞってことなのかな。
…それにしても、かなりやばい人だなってわかったのに未だに魅力的に見えてしまうのはどうしてだ。
別にシカマルに似てるわけでもないのに、この人にみつめられていると頭がぽーっとしてくる。
「そういえばリン」
「はい?」
「さっきシカマル君が窓の外を通ったよ。まだそう時間は経ってないし、追いかけてみたら?」
「え!ほんとですか!」
「うん。今日はここでお開きにしよう。また明日ね」
「はい!また明日!」
うおおおおカツキさんが気付いたのに私がシカマルに気付かないなんて!なんたる不覚!
ここはおごってくれるというのでありがたく頭を下げ、私は喜々として店を飛び出した。
どっちに行ったのかわからないからそっからは適当だった。
でも私はシカマル察知能力に長けてるから、こういう時は大体ばっちり会える。
今回もビンゴだった。
お店から少し行った先に、シカマルの後ろ姿を発見。
いつものように駆け寄ろうと足を踏み出した。
そんな私の目の前で、知らない女が正面からシカマルに抱き着いた。
「ったく、何考えてんだ。女なんか出来ちゃいねーよ。俺なんかに惚れたりする物好きはお前ぐらいだ」…うそつき。
二人の会話は聞こえない。まだ全然遠い距離だ。
だけど次の瞬きほどの時間の後に、気が付いたら私はその二人の前に移動していた。
「リン…!」
咄嗟に庇ったのか、シカマルはそれまで正面にいた女を背にして立っていた。
女はシカマルの腕を掴みながら、青い顔で震えている。
「リン!何考えてんだ、一般人相手に殺気なんか出すな!」
そう言って真剣に怒っているシカマルが私を睨み付けるけど、別に意図してやったことじゃなかったから、意図して抑え込むのも出来ない。
とりあえず無意識に握っていた拳こそなんとか開きながら、シカマルの背中から脅えた目で私を見る女の顔をもう一度見た。
見たことのある顔だ。たしか木の葉病院で。"最上"と書かれた名札をつけていた。…最上?カツキさんの関係者?あの人が何か仕組んでいるのか…?
「シカマル、その人とどういう関係なの…?」
「…お前に関係ねーだろ」
「え…?」
冷たく発せられた言葉は私の心を深くえぐった。
なに?急になんなの?私が家を出てからのこの数十分の間に何があったっていうの?
私の焦りはさらに殺気を増長させたらしい。
女は一層顔を青くして、シカマルには「いい加減にしろ」と怒られた。
「リン…」
「…なに…?」
「しばらく俺に顔見せんな。今お前に何言ったらいいのかわかんねぇ…」
これまでシカマルを怒らせたことはたくさんあったけど、ここまでのことは初めてだった。
私の方も何を言ったらいいのかわからなくて、ただただ息をのむ。
…そんなにその女のことが大切なの?
聞きたいけど聞けなくて、涙を堪えながらその場から逃げた。
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