変態注意報

中忍試験の打ち合わせの報告書を持って、火影邸を訪れた。
綱手様はそれをロクに見もせずに適当な書類の山に放っていたが、読んだ読まないまでは俺の管轄じゃない。今日の任務はこれで終了だった。


「あ、そういや…カツキさんのことなんすけど」

「ん?あいつがどうかしたか」

「リンの護衛なら俺がやるんで、あの人の任解いてもらえませんか」


まったくもって必要ないと常々思っていた。
あいつは今俺の家にいるんだし俺は中忍試験の準備ぐらいしか任務もないんだし、適材適所だ。
だから俺は普通に真っ当な提案をしたと思ったんだが、綱手様は何故か不審そうに首を傾げた。


「リンの護衛?なんの話だ?あいつは自分の身ぐらい自分で守れるだろう。うちにはそんな無駄なことに人員を割く余裕なんかないぞ」

「······は···?」


変態注意報 sideシカマル


久々にふらっと、空を見るのに気に入っていたあの場所に向かった。
今日はたまたまもう仕事が終わっていて、たまたま空がきれいで、たまたま少し家に居辛い気持ちがあったからだ。

だがいつも人のいないそこには、今日たまたまなのかなんなのか、一体何を考えているのかわからないあの男がいた。


「やぁシカマル君。リンからここが君のお気に入りスポットだって聞いて来てみたんだ。風が気持ちよくていいところだね」

「カツキ…さん」


リンの奴は何話してやがんだ。
しかしこいつの嘘がわかったさっきの今でこのタイミング。まったくの偶然だとは考えにくい。
まぁ丁度いい。俺だってこいつに確認しなきゃならねぇし。


「俺に何の用っすか?」

「嘘がばれちゃったみたいだからさ、もう正直にお願いにきたんだ」

「お願い?」

「うん。リンのこと、僕に譲ってほしいんだ」


…譲ってほしい?リンを?本気で言ってんのか?
女にはちっとも不自由しなさそうな顔で、よりにもよってこいつは何を言ってるんだ。


「あんた頭大丈夫か…?」

「失礼な。自分で言うのもなんだけど僕は非常に優秀なんだよ」

「そうっすか…ならまぁその優秀さを活かしてせいぜいがんばってください…」


嘘をついてまでリンの送迎なんかしてたのは、リンに惚れてたからだっていうのか?
あほらしい…こんな恋愛脳した忍者が男にも存在するもんなんだな。
とやかく言う気はないが、譲ってくれと言われたところでリンは別に俺の所有物なわけじゃない。
好きにやってくれと思いながら踵を返した。


「ひどいなぁ、わかってるだろ?君がいる限り彼女は他なんて一切見ないよ」


それは暗に俺が邪魔だと言っていた。
表面的ににこにことはしているが、その目はちっとも笑っちゃいない。
なんだ、この男…俺を消そうとでも考えてるのか。
警戒しつつ、俺はゆっくりと手裏剣ホルダーに手を伸ばした。


「だからどうしようってんだ」

「おっと勘違いしないでくれ。なに簡単な話さ。君はリンをこっぴどく振ってやる。それだけでいい。可哀想に思うだろうけど大丈夫、傷ついた彼女のことは僕が慰めてあげるからね」

「はあ?」


これだから何も知らない奴は困る。
俺がリンを振ってやる?なんだそれ、そんなこと俺は今まで何度もしてきた。
それでもリンはずっと懲りずに付きまとってきたんだ。今更そんなもんを要求されたところで……

「なんなのあんたは何がしたいの?リンの想いに応えるわけでも突き放すわけでもなしに、中途半端にしたまんまで!」

…いや、結局のところそういうことだ。
俺は真っ当に応えたことも、本気で拒絶したこともない。


「…やめといた方がいいっすよ。知らないんでしょうけど、あいつは相当な変態でストーカー体質で…」

「うん、彼女のことは一通り調べたから知ってるよ。心配してくれてありがとう」


知っててなおそうなのか。もしかしたら逆にそういうとこがいいのか。
爽やかなイケてる系男のとんでもない性癖を垣間見てしまって俺は無駄にダメージを受けた。


「どう?協力してくれないかな?彼女に現実を突きつけるのは気が引けるかもしれない。きついことを言うのは辛いかもしれない。だけど君だって、いつまでも今のままでいるわけにはいかないのもわかってるだろ?」


さも俺たちのことをよく知っているかのような物言いだ。
なんでそんなことを、赤の他人のあんたに言われなきゃならねぇんだ。
苛立った気持ちを隠しもせずにそいつを見ると、柔和な微笑みが返って来た。


「ここは心を鬼にしてやろうじゃないか。君自身のことも、報われない恋を続けている可哀想なリンのことも、いい加減解放してやろうよ」

「解放だと…」

「間違ってるかな?君は単なる個人的な思い入れや、手放すことの惜しさから、彼女を自分に縛り付けているだけだろう。そんな君たちに未来なんてないよ。真にリンを求めている僕の方が、よっぽど彼女に相応しいし、彼女を幸せにできる」

「さっきから何勝手な事ばっか言ってんだ。俺たちのことを他人が決めつけんじゃねぇ」

「え、じゃあ君はリンのことが好きなのかい?愛してるの?何年もずっと、タチの悪いストーカーとして君につきまとい続けた変態のことを?」


ど直球な質問と、仮にも好きな女を表現するのに使うような言葉かという台詞に驚いて、言葉に詰まった。
どのみちそんなこと、こいつに正直に伝える必要はないが…
俺の無言を肯定とは受け取らなかったそいつは、再び穏やかな笑みで「協力してくれないか?」と提案してきた。


「君はストーカーから解放されて、僕は運命のパートナーを手に入れることができる。お互いにとっていい提案だと思うんだ」


こんなにも苛立つのは、客観的に見てこいつの言葉がそう間違ってはいないからだ。
「このままでいいんじゃないか」なんて問題をずっと先送りにしてきた俺がそもそも間違っていた。

こいつ自身はさっきから下手に出ているが、実際のところこいつから見た俺はとんだ最低男だろう。
受け入れもしない、突き放しもしない、そんな女をずっと傍に置いて散々被害者面してきたものの、いざ協力してやると言われれば不快な顔をする。
どう考えたっておかしいのは俺だ。

ただそうじゃないんだ。
"普通は"とか"一般的には"とか、そんな言葉では片づけられないし、表面のことだけ見て俺の気持ちを知りもしない他人に、とやかく言われたくはない。

こいつの言葉は最高に不快だったが、そう感じる権利が俺にはないのもわかる。
こいつが何をしようと止める権利もない。
だが、


「却下だ。諦めてくれ」


協力なんてもんをする義務も当然ない。

俺はカツキに背を向けるとそのまま立ち去った。
去り際にそいつが「かわいそうなリン…」と一言呟いたその声だけが、やけに俺の耳に張り付いた。

それを決めるのも、お前じゃねぇだろ。







「…おいリン、あのカツキって奴には気をつけろよ」

「え、なになに?やきもち?やーん、心配しなくても私はシカマルしか見てないよ!」

「…そうだな」


その言葉に安心してる俺は相当くずだって、自覚はある。




すぐそこにある危険
(まだ気づき始めたばかり)

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