変態注意報

「なんで待っててくれたのー?…あ、もしかしてなんか怒られる?そっち?」

「そっちじゃねーよ、ばーか」

「よかった…じゃあなんで…?」

「早くお前の顔が見たかったから」

「へ?………え、ええええええええええええええ!?」


驚きのあまり叫んでしまうと、「うるせぇよ」とシカマルに怒られた。
でもなんか怒ってるのに笑ってる。なんだ、今目の前で何がおこっているんだ。
これは本当にシカマルなのか?


「わかった!変化の術…?」

「誰かが俺に化けてるって言いてぇのか?誰がそんなめんどくせーことすんだよ」


まだ笑ってる…
なに…これが本物のシカマルだとして、こんな幸せな状況があっていいの…?
シカマルが私の帰りを待ってくれてたってだけで死ぬほど嬉しいのに…?
なんなの、なんのサービスなの、お金でもほしいの?


「いくらいるの?ぶっちゃけ私めっちゃ持ってるよ」

「何の話だよ」


シカマルにならどれだけ貢いだって後悔はしないけど、どうやらお金が欲しいわけでもないらしい。
シカマルのことならなんでもわかるはずの私なのに、今日はちっともわからない。

なんとかシカマルの意図を読もうとガン見するが、何故か照れたように視線をそらされる。
ん?照れ…?いやそんなまさか。何かの見間違いだろう。今更目を合わせただけでシカマルが照れるなんてことあるわけない。
だけどなんだろう、やっぱり何かがおかしい。


「その…なんだ、外だとあれだし、とりあえず部屋でも来るか?」

「部屋!?い、いいいいいいいいいいいいの!?」


おかしい、今日のシカマルは確実におかしい!
自ら私を部屋に招き入れるなんて…ハッ!まさか罠!?ほいほいついてった私を一体どうするつもり!?

どうなってもいいから行くけど!!!



変態注意報 sideリン


「まぁ座れよ」


そう言ってシカマルは私をベッドに座らせて、少し離れて自分は床に座った。
侵入したことは数あれど、招いてもらったことは初めてだ。
結局呼んでくれた意図はわからないままだけど心臓ばくばくでどうにかなりそう。


「シカマル…一体どうしたの?」

「…まず、お前に謝らなくちゃなんねーと思ってよ」

「謝る?」


え、何?私が謝らなきゃいけない理由はあったとしても、謝られる理由なんてまったく思い浮かばない…え…?罪深い男に生まれて来てごめんなさい…?


「あのさ、俺」

「ちょ、ちょっと待って!」


おっとおかしいな、さっきまでのハッピー感はどこいった、なんだかまったくいい予感がしないぞ。

もしかして…浮気?浮気した?他に女ができた?
いやでも硬派なシカマルに限ってそんな…いやでもこんなにかっこいいんだから女はほっとかないし、いやでも…

…ここ数日を一緒に過ごせて浮かれてたけど、私は結局この半年近くのシカマルをほとんど知らないままなんだ。
彼女じゃないにしても、気になる女ぐらいできててもおかしくはない。かもしれない。
…駄目だ現実とうまく向き合えない。


「なんだよ、なんで止めんだ」

「心の…準備が…」

「は?なんでお前が準備なんか…あのな、」

「いやいやいや待って待って待って!他に女ができたとかなら私には言わないで!シカマルの口から直接聞いたりしたら立ち直れない!自分で調べるから!その上でその女がシカマルにふさわしくないと判断したら然るべき処置を取るから!」

「然るべき処置ってなんだよ地味にこえーな…」


かなりオブラートに包んだけどたぶん大体ころす。


「ったく、何考えてんだ。女なんか出来ちゃいねーよ。俺なんかに惚れたりする物好きはお前ぐらいだ」

「…女の話じゃない…?」

「ちげーよ」


なーんだ、じゃあ大抵なんでも大丈夫だ。
ハラハラさせるんだからまったく。


「謝んなきゃなんねーのはこの前の…火事があった日の話」

「ん?何かあったっけ」

「…俺あの時、書庫が燃えたって慌ててるお前に"命があっただけよかったと思えば、本なんざどうでもいい"…って言っただろ」

「…うん」


ああ、うん、なんとなく言いたいことがわかってきた。
どこの誰から聞いたんだろうな。シカマルは知らないままでいてくれてよかったのに。


「別にそれが間違ってるとは思わねぇ。お前が無事なことが一番だ」

「うん」

「だが…お前にとってあそこの本は、どうしても守らなきゃならねぇ大事なもんだったんだろ。本そのものが大事なのもそうだが…何より"小柳に与えられている任"をまっとうすることが、お前にとって重要だったはずだ」

「うん」

「それを考えると、俺の言葉は無責任で思慮に欠けていた。わるい」


シカマルの顔は真剣だったけど、私の顔はつい綻んでしまった。
すごいな、シカマル。すごく私のことをよくわかってくれてる。
それが嬉しくて仕方がない。


「いいんだよ、シカマル。気にしないで。シカマルがうちのことを何も知らないのは知っていたから私も気にしてなかったし、たとえシカマルが知っていたとしても、言ってたことは正論なんだから私は怒ったり不快になったりしないよ」

「リン…」


書庫が燃えた事実には落ち込んだしもうだめだとも思ったけど、それはそれ、今は落ちた評価はもっかい上げればいいってぐらいの気持ちだ。
どうせ奈良家の嫁になるためにはもっともっと精進が必要なんだ。
今までもこれからも、がんばってやれることをやるしかない。


「ありがとう、わざわざ謝ってくれて」

「礼言われるようなことじゃ…」

「ううん。…ところでシカマル、聞いたんだね。"小柳の悲劇"のこと」


シカマルは遠慮がちに私を見ると小さく頷いた。
うーん、まぁ知られたからどうってことはないんだけど、やっぱりいい気はしないよなぁ。噂には正しいこともあれば間違ってることもあるわけだし。


「…あのね、どうせならシカマルには事実を知っておいてもらいたいんだけど、いい?」

「ああ、もちろん」


自分で自分のことを話すのは、少しだけ勇気が必要だった。
膝の上に置いた自分の手を見つめながら、ぽつりぽつりと言葉を紡ぐ。


「"小柳の悲劇"って、しばらく子に恵まれなかった一族にようやく生まれた子供…つまり私が、小柳に不釣り合いな残念な頭をした馬鹿だったっていう話としてよく出回ってんだけど…それって実際のところは、私が小柳一族の血継限界を受け継がなかったってことなんだよね」

「小柳の血継限界?」

「そう。要はたぶんすっごい頭の回転が早くなるとかそんな力で、なんなら人の心が覗えるようになる力だとか未来がわかる力だとかも噂されてた。一族はその力の秘密を誰にも告げなかったし一切文書にも残さなかったから、今となってはその力の真実はわからないんだけどね。私にも教えてくれなかったし」


それをそもそもよくわかっていなかった人たちが、血継限界を受け継いでいなかった私のことを馬鹿だ不出来だと評したのが"悲劇"の始まりだ。


「血継限界って必ず受け継がれるものじゃないし、実際先代にも受け継いでなかった人はいたんだけど…ただタイミング悪く、私が生まれて数年で相次いで先代たちが死んじゃったもんだから、それも含めて"悲劇"だって言われたの」


"悲劇"なんて大層なことを言うけど、事実はそんな大したものじゃない。
だけどそこまで大したものじゃないからこそ人々にはウケた。
九尾のような禁句にはならないし、惨かったうちはほどの腫物にもならない。丁度いいぐらいの笑い話。
まさに栄枯盛衰を辿った小柳を蔑んで、みんないい気味だと笑っていた。


「くだらないでしょ?ほんと。そんな感じで超しょーもない話だから、シカマルはもう全然気にしなくて…」

「その噂自体はくだらねーとしても、お前にとってはそんな一言で済ませられるようなもんじゃねぇだろ」


震えていた私の手に、シカマルの大きな手が重なった。
まっすぐに私を見上げる瞳は、怒りとも悲しみともつかない色を宿している。

そんな顔をさせてしまうのは申し訳ないけれど、同時にこの時私は、私のことで心を痛めてくれている彼をとても愛おしいと思った。
さっきの謝罪にしたってそうだ。この人の思いやりややさしさは心に深く沁み渡る。


「…そりゃあ…自分のせいで家族が馬鹿にされるのは辛いし、私は何もしてないのに大人たちはみんな蔑んだ目で見てくるし、毎日が地獄みたいな時期もあった…」

「リン…」

「でもね、そんな毎日が、シカマルに会ってから変わったの」

「え…?」

「正確にはシカマルを好きになってからだけど…毎日が本当に楽しくて、いつの間にか周りの目も声も気にならなくなってたの」


手の震えが止まった。もう大丈夫だ。


「確かに今でも、馬鹿にしてた人を見返してやりたいとか小柳の評価を取り戻したいとかは考える。けどね、そうやってがんばるのは全然嫌な事じゃないよ。がんばればがんばるほど、シカマルに相応しい人にも近づけるような気がするから」


沈んでいたシカマルの瞳が光を映して、驚きの色に染まる。
さらにそれは徐々に泣き笑いに変わって、少しの瞬きの後でやわらかな笑みになった。

好きだな。
あの頃から何も変わらない。いや、違うな。好きの大きさは何倍にもなった。
私はあとどれだけこの人のことを好きになるんだろう。未だに底が見えなくて少し怖い。


「俺は、そんなにお前に何かしてやれたか?」

「うん。そこにいてくれるだけで十分。見てるだけで、声を聞いてるだけで、同じ空間にいられるだけで、幸せなの」


だってそれが私の恋だから。

両の手をシカマルの頬にすべらせて、あえていつでも拒絶できるようにやわらかく包み込んだ。
どこで拒絶されるんだろうと頭の隅で考えながら、ゆっくりと顔を近づける。

そのままお互いの吐息が唇に触れるぐらいの距離になると、どちらからともなく目を瞑った。

[*prev] [next#]
[top]