「ああ?燃えた蔵書の復元作業?お前が?」
「うん、そうだよ」
毎朝同じ時間に出勤して同じ時間に帰ってくるリンに一体なんの仕事をしているのかと聞くと、まさかの蔵書の復元ときた。
リンにまともに内務なんて勤まるのかと驚きだが、そういやこいつも一応上忍だ、報告書とかは書くんだろうしそういうので内務も今では慣れているのかもしれない。
「カツキさんがすごく仕事の出来る人でね、もうずっと助けられっぱなしなんだけど」
「ああ、なるほど」
カツキさん主動のリンが小柳としての補佐ってところか。
まぁそんなもんだよな。雑用ぐらいならリンにも出来るんだろうし。
「あんまカツキさんに迷惑かけねぇようにしろよ」
「ありがとうがんばる!じゃあいってきまーす」
「いってらっしゃい」
もう何度目かのやり取りなのに、リンは相変わらず俺の言葉にいたく喜んで、満面の笑顔で家を出ていく。
それを見送る俺の胸には、いつもじんわりとした温かさが広がっていた。
変態注意報 sideシカマル今日は特に任務の入っていなかった俺は山で鹿の様子を見てから、親父の言いつけでまた木の葉病院に向かった。
いつも通り、薬を渡すだけの簡単なお仕事だ。
「最上さん、これいつもの」
「ああ、ありがとうシカマル君」
カウンター越しに紙袋を手渡す。
以前に飯の誘いを断ったりしたから若干会うのが気まずかったが、最上さんは別に気にしている風でもなくいつも通りで安心した。
ほっと胸を撫で下ろして「じゃあこれで」と俺は立ち去ろうとした。が、「あ、待って!」とまた引き止められた。
「あの…私今から休憩なんだけど、よかったら一緒にお茶でも…どうかな?」
今から休憩?なんてタイミングだよ。前に断られたばかりだってのにもう一度誘えるタフネスもなかなかだ。
なんだか妙に感心してしまったが、最上さんの後ろを見て、タイミングはおそらく驚くことでもないとわかった。
最上さんの後ろで、他の薬師や看護師たちが最上さんに向けて小さくエールを送っている。おそらく彼女たちの協力のもと、休憩時間をこの時間に調整しているに違いない。
そして彼女たちは好奇心に満ちた爛々とした目と、「断ったら許さねぇ」と言わんばかりのオーラを俺に放っている。
…なんつーか、これは男として断るわけにはいかねぇんだろうな…
「あー…いいっすよ、茶ぐらい」
「ほんと?ありがとう!待ってて、すぐ準備するね!」
やったわね、おめでとう、とまるで告白が成功したかのように祝福されながら、最上さんは一旦奥へ引っ込んでいった。
絡む相手がいなくなったからか、看護師たちは俺にまで「ハルカのことよろしくね」なんて言ってくる。
名前すら今初めて知った相手のことを一体どうよろしくしろと…
別に最上さんが悪いわけではないだろうが、こういうのはくそめんどくせーと思った。
「ごめんシカマル君お待たせ、いこっか」
白衣の代わりに薄桃色のカーディガンを羽織った最上さんがやって来て、看護師たちの小さな応援がまた始まる。
俺はもうこの外野にすごいうんざりしてるけど、最上さんは何とも思ってないんだろうか。女ってのはやっぱわかんねぇな。
それから二人で少し歩いた先の甘味処を訪れ、並んで縁台に腰掛けた。
適当に団子を頼んで、先に運ばれてきた茶をすする。
「おっけーしてもらえて嬉しい、ほんとにありがとう」
「いや別に…」
この状況をどうしたらいいのかまったくわからねぇ。
大体俺はこの人のことをほとんど何も知らない。知ってることといや名前と、薬師見習いで木の葉病院で働いてて、たぶん俺より少し年上ってだけだ。最後に至っては推測でしかない。
どうすんだ、これ、一体何話すんだ。
「あのね…シカマル君、単刀直入に聞いていい?」
「なんスか?」
「小柳リンさんとは、付き合ってるの?」
「は?」
急に真剣な顔をするもんだから何を言われるもんかとどきっとしたが、まさかここでリンの名前が出てくるとは思わなかった。
「付き合ってないっスけど…」
「そうなの?ほんとに?やった!」
質問もその反応も、俺に好意がありますよというアピールなのだろう。
これは完全にわかってやってるだろうし、ちょっとびっくりした。大人しそうに見えるけど案外男慣れしてるのかもしれない。
「あの、最上さん」
「やだ、ハルカって呼んで。最上さんなんて他人行儀だから。私も勝手にシカマル君って呼んじゃってるし…」
「はあ…」
雰囲気とか良識があるところとかは違うが、こうぐいぐいくるところはリンに似てるなと思った。
団子が運ばれてきたが、なんとなく手をつけられない。
「ハルカさん、なんでリンと俺のことなんか…」
「だって二人のこと、里では有名だから」
…まじで?リンのことが有名なんじゃなくて、リンと俺の二人のことが有名?
なんでか…なんて考えても無駄か。仲間内ではリンの奇行が有名だし、そうなると口々に尾ひれ背びれがついて噂が広まってもおかしくはない。
「あの"悲劇"の子と奈良家の長男が…って。そっか…付き合ってるわけじゃないなら大変だねシカマル君。そんな不名誉な噂されて」
「…"悲劇"って?」
「聞いたことないの?」
「ああ」
「まぁ私も詳しくは知らないんだけど、"小柳の悲劇"って言って私たちの親世代がよく馬鹿にしていたわ。あの子小柳一族の末裔なんでしょ?なんかそれの出来が悪いとか小柳の時代は終わったとかなんとかで"悲劇"なんだって」
ああ…なるほど、そういえば俺も昔聞いたことがあったかもしれない。
本人でも俺の親からでもなく、近所で話してたおばさんたちからだけど。
リンが里内でも馬鹿で有名なのは知っていたが、そういえばその理由を考えたことなんてなかった。アカデミー内では言動や行動が馬鹿なことで有名だったし、俺絡みになるとそれが顕著だったから、里内でもなんとなくそういう話が広まっているんだろうぐらいの認識だった。
そうか、合点がいった。
リンがあんなにも任務に明け暮れていたのが、強くなりたいという理由だけにしては行き過ぎていると思っていたが…おそらく本人もこの噂を知っていて、"悲劇"の汚名を払拭しようと必死だったんだ。
俺の前ではいつもなんも考えてねー馬鹿みたいな顔して、裏でそんなことで傷ついたり努力したりしていたのか。
何も知らなかったという悔しさが湧き上がり、無償にリンに会いたくなった。
そうだ俺は、リンに謝らなくちゃならないことがある。
「でもほんとによかった、二人が付き合ってるわけじゃなくて。考えてみればそうよね、だってシカマル君と"悲劇"だなんて言われるような子じゃ全然釣り合ってないもんね。あの子よく怪我して病院にも来てるし、普通に忍としても使えないんだろうなー」
「…は?」
どの目線で。何様のつもりで。
その忍に守ってもらってるから、今のあんたの平和があるんだろうが。
「…よく知りもしねぇのに、あいつのこと悪く言わないでもらえますか」
男相手なら殴っていた。よく抑え込んだほうだ。
結局頼んだ団子には一切手をつけなかったが、俺は二人分の代金を席に置いて立ち上がった。
とりあえずリンと会って話がしたい。まだリンが帰ってくるには少し早いが、先に家の前で待っていよう。
「え、ちょ、シカマル君!?」
「帰ります。悪いけどもうこれっきりにしてください、"最上さん"」
「っ…!」
こんなに腹が立ったのは久しぶりかもしれない。
あいつが尻を撫でてきたり風呂を覗いてきたりするのにも腹は立つが、それとはまた全然違う。
真っ黒な何かが、腹の中でどろどろとしたうねりを上げるような怒りだ。
リンを待っている間もその怒りは収まらなかった。
きっと最上さんだけに限った話じゃない。この里では常にあんな理不尽が横行しているんだ。
くそ、やってられねぇよ。里のために命張って戦って、その見返りが"使えない"なんてレッテルかよ。ありえねぇだろ。
…リンはそこまで知ってるのか?さすがにそこまでのことはわかってないんじゃないか。必死で努力して上忍にまでなったってのにそんなくだらねぇことを言われてるなんて、普通思わないよな。
じゃあ俺このままリンに会ったらやばいんじゃないか。
リンには絶対知られたくないのに、こんな顔してちゃあ何かしら突っ込まれるだろう。
まずい、やっぱ部屋戻って一旦落ち着いてから…
「シカマル?どうしたの?」
「!」
いつの間にか目の前に、不思議そうに俺の顔を覗き込むリンがいた。
驚いて俺が固まっていると、その間にもリンはにこにこと嬉しそうに「ただいま」と告げる。
「…おかえり」
「家の外でどうしたの?あ、もしかして私の帰りを待ってたとか?なーんちゃって」
どうやら俺は特に変な顔はしていないらしい。
いつものリンが、いつものように笑っている。
夕日に染まって輝くその笑顔が、綺麗だと素直に思った。
思わず手を伸ばしてしまいたくなる気持ちをぐっと堪える。
「ああ…お前のこと待ってた」
「…え?うそ、ほんとに!?なんでなんで!うれしー!ありがとう!」
いつの間にか、腹の中にあったどろどろしたものは跡形もなく消えていた。
代わりに今朝と同じ、じんわりとした温かさが広がっている。
笑みすら自然と零れる。リンの傍はいつの間に、こんなに居心地のいい場所になっていたんだろう。
「なんで待っててくれたのー?…あ、もしかしてなんか怒られる?そっち?」
「そっちじゃねーよ、ばーか」
「よかった…じゃあなんで…?」
「早くお前の顔が見たかったから」
「へ?」
あれこれ考える間もなく素直な言葉が口を衝いて出た。
予想しなかっただろう俺の返答にリンは数秒間抜け面を晒し、その後驚きの絶叫を上げた。うるさいったらねぇ。
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