綱手様はいつ寝ているんだろう。あんまり人の事言えないかもだけど心配だな。
「…なんでお前、昨日帰った時の格好のままで来たんだ。ぼろぼろじゃないか。あとこげくさい」
「寝坊したんでお風呂入る時間がありませんでした」
「…ハァ。一旦シャワーでも浴びてから作業に入れ。ほとんどのことは最上に指示して任せてあるから、お前はひたすら念写に集中しろ」
「はーい」
綱手様に言われた通りシャワーを浴びてさっぱりしてから、与えられた部屋で復元作業に取りかかった。
水分身の術を四体作って、計五体の私が同時進行でとにかく念写をする。
ほんとに私がすることは念写だけでよかった。
復元優先リストも念写用の用紙もカツキさんが全て用意してくれて、確認作業や保存作業まで一人で担ってくれている。
今回復元しているのは里の重要機密文書ばかりだ。実際この文書に目を通したことがあって現在も生きている人間なんてのは、小柳の人間を除けば片手で数えて事足りるぐらいだろう。
それに目を通す権利が与えられているなんて、このカツキという人物はタダ者じゃない。
私よりは年上に違いないが、そんなに離れてるようにも見えないのにすごい。よほど優秀な人なんだと思われる。
政務官って言ってたっけ、たぶん小柳一族が栄えてた頃は一族がそのポジションだったんだろう。この若さでそれを任されるなんて相当頭がいいに違いない。
元来、頭のいい人に目がない私はちょっとうきうきだった。
内務は嫌いな私だけど、カツキさんの仕事は完璧だしシカマルほどじゃないけどそこそこ見た目もいいし、職場環境としてはまずまず良い感じ。
「ごめんリン、この書類の十五枚目と十六枚目の間、ちょっと内容が飛んでるんだけど一枚分ぐらい抜けてるんじゃないかな」
「あ、ほんとだごめんなさい。…はい、これがほんとの十六枚目です」
「ありがとう。疲れてきたよね、ちょっと休憩しようか」
しかもカツキさんはやさしい。ほぼ完ぺき人間。
だけど本音を言うと、ぶっちゃけ私は帰りたい。
「いえ、私はもうちょっと続けます!カツキさんは休んでてください」
この仕事も相棒も全然嫌じゃないけど、帰る楽しみには勝てない。
なんてったって私はこれから堂々とあの奈良家に帰れるんだ。ほんとにこれなんていう天国?
書庫燃えたのも家燃えたのも全然よくないし問題だし大変だけど、落ち込んでる隙なんて全然ない。
なるべく早く今日のノルマ終わらせて、なるべく早く帰ろーっと!
変態注意報 sideリン夕方、ノルマはまだ終わらなかったけど「定時だから帰ろう」とカツキさんは言った。
残業はしない主義らしい。なるほど。任務と違って公務には定時というものが存在するんだな。
学習した私は「そうですね!」と、帰りも護衛をしてくれるらしいカツキさんとそそくさ帰った。
「…ふぅ」
そしてカツキさんと別れた後、私はなんだか妙に緊張しながら、ついに奈良家の門をくぐった。
「おお、リンちゃんおかえり」
「お父様!たっ、ただいま帰りました!!」
「何緊張してんだ?…昨日は災難だったな。まぁ家がなんとかなるまでの間、ここを自分ちだと思ってくつろいでくれ」
「あ…ありがとうございます!」
今までずっとこっそり忍び込んできたこの家に、今や堂々とお邪魔できる上、おかえりとまで言ってもらえるなんて…
あれ、なんかちょっと視界がぼやけるな…
「え、リンちゃん?一体どうした?」
「あらおかえりリンちゃん…どうしたの!?あんたリンちゃんに何したんだい!」
「ええ、いや、俺ぁ何もしてねぇけど…」
「ごめんなさいお母様、なんでもないんです!なんかちょっと、疲れてるみたいです、へへ…」
「そう…待っててね、これからすぐご飯の用意するから」
「あ、私手伝います!」
「いいのよ、疲れてるんでしょう?ゆっくりしてなさいな」
「いいえ大丈夫です!私早く奈良家の味を覚えたいので!」
「ふふふ、リンちゃんは勉強熱心ねー」
奈良家に忍び込んで、そのまま流れで何度かお母様には料理を教わったことがある。
男はとにかく胃袋を掴むのよ、うちのシカマルなんて単純だからサバの味噌煮でイチコロよ。と教えてくれたのは他でもないお母様だ。
この日はメインの肉じゃがは既に仕込み終わっていたため、副菜のきんぴらごぼうと白和えを教わった。
明日も今日みたいな時間に帰れれば、カレイの煮つけを教えてもらえるらしい。明日も必ず定時で帰ろう。
「よし、リンちゃん、シカマルのこと呼んできてもらえる?」
「はい!」
なんかもう私、新婚嫁みたいじゃない?これ事実婚じゃない?明日から奈良リン名乗っていいんじゃない?
「シカマルーごはんできたよー!」
シカマルの部屋の襖を開けると同時、床に座り込んでいたシカマルに抱き着いた。
「うわ!っぶねぇな、今クナイの手入れしてんだぞ」
「えへへ、ごめーん」」
怒ってるけど、突き飛ばされないし引きはがされないし離れろって言われない。
すごいやさしい…どうしたんだろ…
ドキドキしながらお尻を撫でたら鳩尾にひじ打ちを食らわされそうになった。なんとかかわしたら舌打ちされた。さすがにそこまでサービスはしてくれないか…
「あと部屋の扉開ける前にまず外から一声かけろ。そんで俺がいいって言うまで開けるな。一緒に住むんだったら最底限のマナーは守れ」
「う、うん!わかった!」
「…おい、俺は怒ってんだぞ?何嬉しそうにしてんだ」
「え、だって…」
だってシカマル、一緒に住むのを嫌がってないんだもん。
マナーさえ守ったら部屋に入れてくれるってことだよね。
これが以前までなら、早く出ていけとか俺の部屋には近寄るなとか絶対言われただろうに。
これまで会えなかった時間は、君の中の何かを変えたのかな?
会えなくて苦しんで苦しんだあの時間は、無駄じゃなかったのかな?
「へへ、ありがとう、シカマル」
「ハァ?…ったく、なんだってんだ。ほら、飯だろ?行くぞ」
「うん!」
「…あ、忘れてた」
「ん?」
少し先を歩き出していたシカマルが私を振り返る。
その顔には、とてもやさしい笑みが浮かんでいた。
「おかえり、リン」
「…!」
胸がきゅっとしまったような感じがして、咄嗟に声が出なかった。
とにかく"好き"の気持ちが溢れかえってしまって、ただいまの言葉がつっかえる。
返事は求めていなかったのか、シカマルは普通にまた歩き出してしまった。
少しして落ち着いてから、私も慌てて後を追う。
「あ、来た来た」
「それじゃあ食うか。今日はリンちゃんが我が家の一員(仮)になって初めての記念すべき晩餐だ。乾杯!」
お父様はそう言うと楽しそうにお酒の入ったグラスを掲げた。
「あんたはまたそんなこと言って、ただ飲む理由が欲しいだけでしょ」とお母様も笑っている。
…やばい、また視界がにじんできた。
奈良家と小柳家には大した交流があったわけじゃないし、事実として私はまだシカマルの恋人とかじゃないし、お母様お父様からしたら実質私はただの息子の友人の一人ってだけなのに…何故だか昨日の今日で当然のように私を迎え入れて、家族の一員だなんて言って接してくれる。
奈良家の人たちはみんななんてあったかいんだろう。
私いつか本当に、ちゃんとこの家の人間になりたいな。
そのためにはこんな私じゃまだまだ駄目だ。
忍としても女性としてももっと自分を磨いて、シカマルに選んでもらえるようにがんばろう。
じゃあまずはこの涙を止めなくちゃ。
せっかくのお母様の美味しいご飯がしょっぱくなってしまうから。
(おい、リン?何泣いてんだよ、そんなにまずかったか?)
(馬鹿言うんじゃないよシカマル、リンちゃんは美味しさのあまり泣いてるんだよ)
(…はい、ほんとに、とっても美味しいです)
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