翌日、もうすぐ正午になろうかという頃になってもリンは起きてこなかった。
五徹って言ってたしこれぐらい寝てもおかしくないだろうと俺は思っていたが、昼飯の準備をしている母ちゃんは時計を見て不安そうに言った。
「リンちゃん起きてこないわねー。シカマル、あんたちょっと起こしてきな」
「…あいつだって一応年頃の女なんだから、俺じゃねぇ方がいいんじゃねぇか?」
「まー、一丁前なこと言って、面倒くさいだけでしょ!ほら、こっちは手が塞がってんのよ!」
「へいへい」
それから仕方なくリンの寝ている部屋に向かおうとしたところ、丁度家の呼び鈴が鳴った。
ったく一体誰だ…めんどくせーがそのまま玄関に向かう。
扉を開くと、そこには木の葉の忍の男が一人佇んでいた。おそらく面識はない。
「こんにちは。奈良シカマル君かな?」
「はあ…そうッスけど」
「小柳リンはいるかな?」
「リン?」
まさかうちにリンの客が来るとは思わなかった。
疑問に思いながらも俺はその人をその場に待たせてリンを起こしに行った。
「んん〜?私に客…?だれぇ…?…え、シカマル!?なに!?どういうこと!?ここどこ!?」
おいおい何も覚えてねぇのかよこいつ。
慌てふためくリンに俺は適当に昨夜のことを話して、とにかく早く玄関に行けと伝えた。
「あ、てかだめ!こんな寝起き姿シカマル見ちゃだめ!」
そう叫ぶとリンはまた頭から布団をかぶった。
そもそも爆睡してるお前運んだの俺だぞ、寝起きぐらい何言ってんだ。
「うわ!布団煤だらけ!ごめんなさい!」
「あー…まぁそりゃ仕方ねぇ。それよりあの人待たせたままなんだから急げ」
「ええー…だれなのそれほんと…」
「知らねぇよ。なんか背の高い…女にモテそうな顔した男」
「え…?誰だ…?シカマル以上に女にモテそうな顔した人なんか、私の知り合いにはいないけどなぁ…」
こいつって真剣に目がイカレてんだなと思った。
俺以外の奴に対しては恥じらいもくそもないのか、リンはその寝起き姿のままで男のところに向かった。
そしてやっぱり知り合いじゃないのか、「どちらさま…?」と首を傾げている。
「やあ、初めまして。僕は上忍で政務官の最上カツキ。今日から君と一緒に仕事をさせてもらうことになってるんだ」
「あ、はあ…小柳リンです。わざわざどうも…?」
今日から一緒に仕事を…?
なんだリンの奴、昨日の今日でまた任務なのか。
五代目も一日ぐらい休みをくれてやってもいいだろうに。
「最初は小柳の家に行ったんだけどいなかったからさ、五代目に確認したらどうせ奈良家にでもいるだろうって言われて来たんだけど…ほんとにいるなんてね。噂通り二人は仲よしなんだね」
「えっ、仲良しだなんてそんな……もっと深い関係です」
「調子乗るな黙れ」
「ていうかなんで私を探してたんですか?」
「君の護衛も兼ねて迎えに来たんだ」
「ごえい?」
「ああ。昨日は君自身も狙われたんだろう?犯人は十中八九昨日死んだ忍だろうけど、仲間がいないかどうかはわからないし今後また君が狙われないとも限らないから、しばらく護衛につくよう仰せつかってるんだ」
「そうなんですか…そんなの全然大丈夫なのに。なんかすみません。今すぐ準備終わらせて来るんで、もうちょっと待っててください」
「うん、急がなくていいよ」
リンがぱたぱたと部屋に戻って行って、その場には人の好さそうな笑顔を浮かべるそいつと俺だけが残された。
なんだこれ…どうしろっつーんだ…
若干気まずくて困っていると、カツキ…さんの方から話しかけてきた。
「リンはまだしばらくこの家にいるのかな?」
「たぶんそうッスね」
「なら悪いけど明日からも来させてもらうね」
「あー…てか道中の護衛ぐらいなら俺がしますよ」
「いやいや、いいんだよ。これも僕のれっきとした任務だからね」
そう言う空気は柔和だったが、言葉の端にはこの役目を断固として譲らないという意思が見えた。
なんだ、こいつ。なんか変なやつだな。
それから少し経って支度を終えたリンが戻って来て、俺はその気まずい空間から解放された。これが明日以降も続くならとんでもない。意地でもリンには早めの準備をさせよう。
「じゃあシカマル!い、行ってきます!」
「おう。いってらっしゃい」
リンの言葉に俺は自然にそう返したが、リンは少し顔を赤くするとなぜかその場で飛び跳ねた。
「!!!も、もう一回行って!」
「あ?いってらっしゃい?」
「〜〜〜!うん!いってきます!」
リンは屈託のない目を細くして満足そうな笑顔を浮かべ、足取り軽く出て行った。
…そういやあいつはここのとこずっと一人暮らしだったから、いってらっしゃいなんて言葉は新鮮そのものなのかもしれない。
「…安い奴だな」
それぐらいならいつだって言ってやるよ。
俺たちの間にはおそらく、これからそんな時間がまだまだたくさんあるんだろう。
これまでの空いた時間を埋めていくような日々を想像して、俺はそれを少しだけ楽しみにするようになっていた。
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