変態注意報

「あれ?シカマル!?なに、待っててくれたの!?」

「ああ」


火影室から出てきたリンは外で待機していた俺を見るなり駆け寄って来て、べたべたと俺の体中を触り始めた。


「…何してんだ」

「本物だ…本物だよ…さっきは私も気が動転してたしそれどころじゃなかったけど、やっと本物のシカマルに触れた…感激すぎる…本物はやっぱ超いい匂いする…」


…久し振りなのに何も変わってなくて、悲しいような安心するような。
だがもっと複雑ことに、俺は今のリンの気持ちが理解できてしまった。

俺だって、リンに触れたいと思っていたんだ。

そっと手を伸ばしてリンの頬に触れた。
驚いたリンが、俺の体をまさぐる手を止めて見上げてくる。
俺はその瞳を見つめながら…思いっきりそのまま頬をつねり上げた。


「いた!いたたたた!!」


こんな気が気じゃない思いをさせられるのはもう何度目になる。もうこりごりだ。
腹立つ。怪我だのトラブルだのばっかしやがって。

いつの間にか身長差が結構開いた。リンの髪が少し伸びた。腕に見たことのない怪我ができている。
毎日毎日リンを見ていた頃はそんな変化には一切気付かなかったのに、今は逆に変化ばかりがやけに目に付く。

目の下の隈にも、焦げて煤けた服にも、胸が締め付けられる思いがした。
視野を広げようとか、まだしばらく会わないでおこうとか、そんなことを考えていた数時間前がもはや懐かしい。
こんな調子じゃそんなの到底不可能だ。

そしてこれからのことを考えたら、きっと物理的にも。


「はなしてーー!いたいーーー!」



変態注意報 sideシカマル



「親父から伝言だ、必要な荷物をまとめたら今日からうちに来いってよ」


帰路を歩くリンにそう伝えると、案の定そいつは「へ!?」と素っ頓狂な声を上げた。


「なに?どういうこと?嫁入り催促!?」

「ちげーよ。お前家半分燃えてんだろうが。しかも寝室では…人が一人死んだばっかりだ。そんなところで寝られねぇだろって」

「あ、ああーなるほど。でも…」

「小柳の書庫にはしばらく別の忍の警備がつくことになってる。問題ねぇ」


あくまでこれは俺の提案ではなく親父の提案だ。
親父はえらくリンを気に入ってるし、それは母ちゃんも同様だから許可を得るのは簡単だったらしい。
まぁ俺も今こいつに何が何でもあの家に帰れと言うほど鬼ではない。


「ほ、ほんとに?ほんとにいいの?奈良家公認でシカマルと一つ屋根の下生活?」

「当たり前だがお前が家に帰れるようになるまでの間だけだし、部屋は別だからな」

「きゃあああああああ!なにそれなにそれ、こんな地獄から天国みたいなことあっていいの、ほんと、もう、え、私明日死なないかな!?」

「死なねぇよばか」

「そういや私、今ほぼ五徹目なんだけど…実は夢を見てる…?」

「夢じゃねぇ。も一回その頬つねってやろうか?」


そこでリンは先ほどまでの痛みを思い出したらしく、慌てて頬をおさえた。もうつねらねぇよ。
それからリンはずっと、まさしく幸せの絶頂みたいな顔をしていた。
俺の方も思わず小さな笑みがこぼれる。

ちょっと前まで見たこともないぐらい絶望的な顔をしてたってのに、なんで急にそんな素直に喜べるようになるんだ。わかってんのか、お前家なくなったんだぞ?
相変わらず馬鹿だなと思ったが、そうやってこいつを変えてやれるのが自分なんだということがじわじわと嬉しい。

俺はそのままはしゃぐリンの隣を歩いていた。
が、そいつは急に事切れたかのようにぶっ倒れやがった。


「お、おい!リン!?」


なんとか抱き留めて必死で呼びかけた。
病気かやはり何か怪我を隠してたのかとか一瞬で俺の脳内に嫌な想像が駆け巡ったが、なんてことはない。

リンはすやすやといたって普通に眠っていた。
五徹はこいつ的に限界値を振り切っていたらしい。


「ハァ…おどかすなよな…」


仕方がないからそのままうちまで抱えて帰った。
リン用に用意された部屋に布団を敷いて、その上に体を横たえさせる。
リンは体も服も煤だらけなままだったが、俺が脱がせるわけにはいかないし母ちゃんはもう寝てるしどうしようもなかった。

ふとリンの寝顔を眺め、再びその頬に手を伸ばした。
先ほど俺がつねった個所が、ほんの少しだが赤みを残している。
今度はそこを、いたわるようにそっと撫でた。
「んん」とリンはくすぐったそうに身じろぎをする。

リンが生きてる。俺の手の届く距離にいる。今だけじゃなく、これからも。

自分でも驚くぐらい、この時俺の中には安堵の気持ちが満ちていた。
今こんなことを思うのは不謹慎極まりないだろう。そうわかってはいたが、湧き上がる気持ちをごまかしようはなかった。


「ん…シカマル…だいすき…」

「…ふっ」


こんな馬鹿みたいな寝言は初めて聞いた。
一度は聞き飽きるぐらい聞いた言葉だったが、今は随分と懐かしい気がする。もう一度聞きたいとさえ思った。

空っぽになったスペースを埋めるのは、やはり空けた本人じゃなきゃ駄目だったらしい。
本当にそこが埋まった時、こんなに満ち足りた気持ちがするなんて知らなかった。


「…おやすみ、リン」




逃げられると思った?
(やっぱりそんなの無理な話)

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