変態注意報

深夜、小柳の書庫が放火にあったらしいとの報告が入った。
アタシは火影室でそのまま続報を待っていたが、結局広大な書庫のうち第六棟が全焼、犯人と思われる忍は自害したということだった。


「よりにもよって第六棟とはな…」


小柳の書庫というのは管理こそ小柳一族に一任しているものの、その所有者はというと木の葉の里に他ならない。

あそこには一般的な忍術書や学問書に加え、里の極秘機密をまとめた書類や禁術の巻物等も保管されている。
なかでも第六棟というのは木の葉において最も重要で危険な情報のみを保管していた場所で、もしそれらが他里の忍に奪われでもすれば一大事となるのは目に見えていた。

そのため第六棟には強固で厳重な結界を張り、あの小柳一族の生き残り…リンがその監視の役割を担ってくれてはいたのだが、まさか情報が盗まれるのではなく結界ごと燃やされるとは思いもしなかった。

まったくもってしてやられた。こちらとしては盗まれるのも困るが、失うことですら大打撃だ。
犯人の目的は里の混乱か現上層部の失脚か、それとも里全体もしくは小柳への何らかの恨みか…犯人が死んでしまった今となってはその目的も、犯人が本当に木の葉の忍だったのかどこかのスパイだったのかすらもわからない。

なくなってしまったものはもはや仕方がないとしか言いようがないが、アタシもこの状況をどうすべきかはまだ判断がつかない。
苛立ちを抱えたままそれまで報告にきていた忍を下がらせると、またすぐに扉の外から声がかかった。


「綱手様、リンです」

「うむ、入れ」



変態注意報32 side綱手



リンがやっと休みがもらえたと喜んでここを出て行ってから、そんなに時間は経っちゃいない。
それが教師に怒られる前の子どもかのようにすごすごと戻って来て、アタシの前に立つと勢いよく頭を下げた。つい数時間前に私に殺気を向けていたやつとは思えないな。


「ごめんなさい!私はほんとに役立たずの恥さらしです!もういっそ極刑に処してください!」

「阿呆、そんな道理がどこにある。ひとまずはお前が無事でよかった。今後のことはこちらで対処する。お前はとにかく休め、もう限界なんだろ」

「はい…」


一応素直に返事をしてはいるが、本人は納得がいかないかのように落ち込んだままだ。
これまで何度か任務でへまをやって結構な怪我をして帰って来たこともあったが、沈みようはその時の比ではない。

書庫に関して監視を任せてあったとはいえ、それはそもそもこちらが張った結界が機能していることが前提での話だ。
今回のことにこの子がそこまで責任を感じる必要はないのだが…如何せんこの子は小柳一族としての自分というものに対するコンプレックスが大きいらしい。


「あの…綱手様」

「なんだ」

「正直私、燃えた蔵書がどれだけ大事だったかとかよくわかんないんですけど…復元の必要があるなら、ちゃんと復元します…」


…本当にこいつはこういうところが残念だ。
忍としての質も小柳としてのプライドや責任感も申し分ないが、どうにもいまいち頭が弱い。
今回の事の重要性も正確に把握していない上、何を言うかと思えば"復元します"とは笑わせる。


「お前の冗談に付き合ってる暇はない。わかったら帰ってさっさと寝ろ」

「へ、いや冗談とかじゃなくて!あそこにあった本や巻物は一応全部見たことがあるので大丈夫です」

「は…?」

「小柳の正当後継者はあの結界の中にも入れますし、蔵書も自由に見ていいことになってるので、小さい頃に一通り目を通しました。あ、もちろんその後追加された物も一応全部…」

「………」

「え、え?そうですよね?見てもよかったんですよね?何かまずかったですか?」

「…いや、それはそうだが…馬鹿な、本当にあの蔵書を全て読んだっていうのか?あそこに一体何万冊の蔵書があったと思ってるんだ」

「何冊かはわからないですけど…とりあえず昔、全部見ておけってお母さんに言われたので端から端まで見ました」


リンの様子を見ていると、どうやら冗談を言っているのではないと思えた。
事実はどうあれ本人は大真面目のようだ。
もしそれが本当の話なら驚きだが…


「それが仮に事実だとしても、読んだことがあるからなんだ?お前復元の意味をわかってるのか?」

「復元の意味…えっと、もっかい同じ物作るってことじゃないんですか…?ああ、もちろん手書きでやろうってわけじゃないですよ。私念写の術も使えるので、ちゃんと元と同じように作れると思います」

「念写…ということはつまり、お前がイメージしたことを何らかの媒体に写し出すことが出来るということか」

「はい」

「はぁ…馬鹿か。それならつまり"読んだことがある"程度ではどうにもならない。今はっきりと思い出して頭に浮かべる必要がある。違うか?」

「いやだから、私一応ちゃんと全ページ見たんで、大丈夫ですよ」

「あ?いい加減にしろ、なにが大丈夫だ!あのな、半端な記憶に任せられるもんでもないんだ!重要書類だ、復元というのは一言一句違うことなく書き記す必要がある!わかるか?つまり一言一句お前が覚えていないと、念写では意味がないんだよ!」

「え、ええ、だから私覚えてますよ…?」

「…は?」

「全部ちゃんと見たってさっきから言ってるじゃないですか…」


覚えてる?こいつは何なんだ、馬鹿だ馬鹿だとは思っちゃいたがここまで話の通じない奴だったか。
…いや待て、こいつはさっきから蔵書を"見た"とだけ言って、"読んだ"とは一言も言っていない。なんだ?この違和感は。


「…本気か?あの何万もの資料を一言一句たがうことなく本気で覚えてるのか?」

「はい…覚えてますよ…?」


戸惑い気味に、何か変なことを言っているだろうかと言わんばかりの様子だった。
こいつ…本気だ。


「わかった、そこまで言うなら試してやろうじゃないか」


アタシは適当にそこらへんに積まれてあった本を手に取った。
なんてことはない、忍者の心得のようなものを記した本だ。


「これを読んだことはあるか?」

「はい。あります」

「どんなことが書かれていた?」

「え…うーん、忍者とは…みたいな…」


そんなものは表紙を見ただけでもわかる。
正直期待は出来ないなと思った。


「ならこれの9頁目。ここに念写してみろ」


これまた適当な書類の裏紙を指し示す。
するとリンは何の迷いもなく印を組んで、紙の上に手を翳した。
一瞬煙が上がってすぐに消える。
そこにはぎっしりと詰まった文字が浮かび上がっていた。

慌てて本を開いて確認すると、そこに載っていることとリンが今念写したものは、まさしく一言一句たがわない状態だった。それどころか筆跡まで完全に一致している。
その後何度か同じようなことを繰り返してみたが、一度目と結果は同じ。
リンの念写は完璧だった。

本人はどの本についても内容をほとんど理解していなかったが、画的にその字面を記憶しているらしかった。
内容を理解していないために変に主観が入らない分、復元としてこれ以上にふさわしい人間はいないだろう。

小柳の先代がリンに蔵書を全て読んでおけと言ったのも、おそらくこのことを知っていたからだ。


「リンお前、こんなことができるならもっと最初からそう言え!」

「すみません…普通にみんなできることだと思ってたんで」


そんなとんでもない勘違いをしたまま十何年も生きてきたのかこの子は。
まぁあれだけ周りから馬鹿だ悲劇だ言われてきたら、周りは自分よりもよっぽどいろんなことが出来るんだろうとでも思っちまうのかね。
これからの復元作業が少しでもこの子の中で、小柳としての自信に繋がればいいんだが。

しかしその前に一つ気になることがある。


「リン、お前に一つ聞いとくことがある」

「はい」

「お前、第六棟の蔵書を全て読んでいるということは無論…ナルトの九尾やうちは一族のことについても、すべて知っていたんだな」

「…はい。けどもちろん私は誰にも話してません!第六棟で得た情報は、どこにも漏らしちゃいけない決まりですから…」

「…まぁそれは疑わないさ。だが、知っていてなお傍にいるってのは…辛かっただろう」

「………」


リンは複雑そうに目を伏せた。
この分だと本当に口は堅いらしい。やはりこの小柳のプライド、使命感はこれからの復元作業を任せる上で十分信頼できる。
友人の間柄だ、本人は幾度となく悩んだんだろうが…木の葉にとっての最善を尽くしてくれた。


「よく耐えた。お前は間違っちゃいないよ。あの小柳一族の人間として申し分ない。さっそく明日から復旧作業を始めるよ!正午にまた一旦ここへ来い」

「…え!休みは?」

「そんなものあるか馬鹿者!」


さっきまでの責任感だのなんだのはどこへいったのやら。
そんなぁ…と情けない声を出したリンはそのままがっくりと項垂れた。


[*prev] [next#]
[top]