変態注意報

サスケがいなくなって自暴自棄になっていた時ほどではないけど、私は毎日任務に明け暮れた。

その結果また怪我をした。
いや、ただの怪我なら日常茶飯事なんだけど…ひどく内臓を損傷していたらしく、今回はついに入院を言い渡されてしまった。

なんてこった。以前はシカマルが度々家で世話をしてくれたからいい思いができたけど、入院となってはきっと何を言っても「看護師に言え」で終わらされる。

入院か…初体験だけど残念ながら何もときめかないな…



変態注意報29 side リン



「リン、入るよ」

「はーい」

「はいこれ、替えの下着とタオル類。あと預かってた家の鍵ね」

「ありがとうサクラ」


サイドテーブルに袋を置いたサクラは「どういたしまして」と答えてくれたけど、その声は若干とげとげしかった。
私が怪我したのを、また無茶をしたせいだと思って怒っているらしい。
今回は無茶というよりほんとに仕方なかったんだけどな…もっと労わってくれてもいいと思うんだけどな…


「あんたこれに懲りたらほんとにもうちょっと腰落ち着かせなさいよ。綱手様にも私から言っておくからね」

「えー、それはちょっと…」

「ああ?」

「はい。ごめんなさい」


もともとサクラは気が強かったけど、綱手様のところで修業をするようになってからそれがより顕著になってきている。

私は知ってるぞ…サクラは綱手様のところには医療忍術を教わりに行ってるってことになってるけど、教わってるのは医療忍術だけじゃない。もはやその拳で殴られたら私は無事では済まないだろう。
だからもうサクラには逆らわない。いや逆らえない。


「てかあんたの家すっごい気持ち悪いんだけど!何あれ!」

「なに、ゴキブリでもいた?」

「違うわよ!シカマルのでっかいポスター!信じらんない、あんなの廊下にも部屋にも壁一面貼りまくって…家にいる間ずっと鳥肌が止まんなかったわ」

「えーいいじゃんあれ!すごいお気に入りなんだよ!あ、サスケの作ってあげようか?そしたらサクラも絶対部屋に貼りたくなるって!」

「はあ?無理でしょ写真もないし……七班の集合写真ならあるけど…」

「写真はいらないよ。写真あのサイズに引き伸ばしたら画質最悪だし」

「え?じゃあ何、あれ絵なの?」

「違う違う。なんかさー紙かなんか持ってない?なんでもいいんだけど」

「ええ…ないわよそんなの」

「あーもうじゃあタオルでいいや。ちょっと一枚とって」

「…?はい」


渡された白いタオルを自分の膝の上に広げて印を組んだ。
そして手をタオルの上にかざす。一瞬煙が上がって、次の瞬間にはそこにサスケの姿が浮かび上がった。


「うわ!サ、サスケくん!!」

「えへへー、家のポスターも、こうやって念写の術で作ったんだよ。私の脳内のイメージをそのまま転写できるから、これでカメラ目線のシカマルもヌードのシカマルもばっちり再現可能!超画期的!超よくない!?」

「あんた…いつの間にこんなこと…」

「シカマルへの愛が爆発した結果なんかできるようになった」


真面目に答えたけどサクラからは馬鹿を見る目を向けられた。
こんなことばっかしてるから怪我なんかするのよ、なんて辛辣なお小言には返す言葉もない。
苦笑いしながらタオルを畳んで袋に戻そうとすると、「待って」とサクラに止められた。


「…そのタオル、よこしなさいよ」


そう言って恥ずかしそうに目を背けるサクラ。
さっきは馬鹿にしてたけど、やっぱり恋する乙女はみんな同じだよなぁとおかしくなる。
笑ってタオルを差し出すと喜んで、「また明日もお見舞い来るわね」と言ってくれた。
明日はポスター用の紙を持ってくるに違いない。


そのままほくほく顔で帰るサクラを見送って私はベッドに横になった。
大部屋に空きがないからと私は個室に入れられている。

頼めばおつかいをしてくれる友達がいるし、欲しい物にはベッドに寝たまま手が届くし、入院生活というのは悠々自適な生活だ。

だけど断然暇だし寂しい。入院生活はやはり楽しくない。


「…もう一眠りしよ」


寝るぐらいしかすることがない。
それからしばらく気持ちよく眠った。

目を覚ました時にはもう太陽が高く上がっていて、ベッドの傍の椅子にはカカシ先生が座っていた。


「わ!びっくりした!先生いつからいたの!」

「んー結構前からかなぁ。あんまりにも気持ちよさそうに寝てるもんだから起こせなくって」

「いや、別にいいのに…」

「さっきまでいのとチョウジもいたんだけどね、また明日来るって言って帰ったよ」

「いやほんと起こしてくれてよかったのに…」


よく見るとサイドテーブルの上に、寝る前まではなかった花瓶があった。かわいらしいピンクの花が三本ささっている。
おお…これが入院。これがお見舞い。素直にうれしい。


「そういえば先生と会うのなんか久しぶりな気がする」

「ああ。俺は会いたかったんだけど、俺もお前も任務続きだったしなかなか時間があわなくてな」

「え!先生私に会いたかったの?私のこと好きなの?」

「相変わらずで安心するなぁ」


ははは、とか笑ってるけど目死んでるし棒読みだし全然何を考えてるのかわからなかった。少なくとも先生ロリコン説はないらしい。


「…リンに謝らなくちゃと思ってな」

「え?なんで?私何か先生に謝られるようなことありましたっけ」

「リンの信頼を裏切っちまったからさ」


その言葉を聞いて思い浮かんだのは、さっきまで白いタオルの上に浮かんでいた…サスケのことだった。

中忍試験の本戦を控えた一か月の間に、先生が一度私の様子を見に来てくれたことがあった。
その時にサスケのことに関して私は先生に全てを任せ、「信じてますよ」と言った。もしかして今までずっとそれを気にしてくれていたんだろうか。


「謝る必要なんかないですよー。私、先生を責めたことなんか一度もありません」

「けど…」

「というかもっと最悪な事態も想定して、その上で先生を信頼したんだから。裏切られたなんてことはありえないです」


先生は顔が見えないし強いからわかり辛いけど、そんじょそこらの人よりよっぽど繊細だよなぁ。

あの時点で先生の判断が間違ってたなんてことはないはずだし、責任を感じるようなこともないだろうに。
先生の後悔は今こういう結果になったからこそわかるものであって、そんなことは言い出したらきりがない。

実際のところ先生より断然私の方がたちが悪い。
何もかも知っててサスケの傍に居続けて、結局何も出来なかった私こそ、本来なら責められるべきだ。

先生は未だ考えあぐねるように目を伏せている。
そんな先生に私は笑って告げた。


「じゃあ先生明日もお見舞い来てくださいよ!私暇なんです。相手してください」

「…わかったよ。じゃあ明日はリンの好きな甘い物でも持って来ようかな」

「わー!先生好きー!」

「ははは」


抱き着いたらそのまま背中をぽんぽんしてくれた。
入院も悪いことばかりじゃないな。いいこともある。

その時そんな私の背後でズバン!と勢いよく扉の開く音がした。

…あれ、なんかこういう乱暴な扉の開け方をする人私よく知ってるな。

びっくりして反射的に先生にしがみついた状態のまま首だけ捻って扉を見ると、息を切らしたシカマルが立っていた。


「シカマルー!!来てくれたのーーー!?」

「はあ!?なんだよ元気そうじゃねぇか!」

「え、うん…」


元気で怒られてしまった。なんだ、もっと弱ってる私がご希望だったのか…?

そこで私ははっと気が付く。
あ、私カカシ先生に抱き着いたままだ!シカマル妬いてるんだ!
私は慌てて先生を突き放した。


「ち、違うよシカマル!先生と私はそんな関係じゃ…!」

「疑ってねーわばーか!」


また怒られた…。てかちょっとぐらい妬いてくれたっていいじゃん…疑えよ…。
落ち込む私の隣で先生はほっと安堵の息をついていた。先生の方は若干なりとも焦ったみたいだ。


「シカマルそんな慌ててどうしたの?」

「あー…ったく、サクラに騙されたんだよ!くそ!」

「サクラ?」

「あいつが"リンがやばい。早く病院に行け"とか必死な顔で言うもんだから…」


…それで急いできてくれたんだ。
サクラなりのタオルへのお礼のつもりだろうか。
心配かけてしまったシカマルには悪いけど自然と表情筋が緩んでしまう。


「お前まじでもっと大人しくしとけ…俺の心臓が持たない」

「「えっ」」


さらっと言われた台詞に私だけじゃなく先生も驚いたようだった。
自覚ないのかな。結構殺し文句みたいなこと言われたけど。

ため息をつくシカマルと赤くなる私を見て、先生は嬉しそうに笑っていた。

なんだ、入院ってまったくもってわるくない。



誰か来るまで動くなよ
(動けないのもたまにはアリ)
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