変態注意報

サスケが里抜けをして以降、リンは俺を避けるようになった。
どうやらサクラやナルトもそうらしい。

リンは難しい任務にばかり志願し、上忍とチームを組んでほとんど休みなく里を出ていた。
少し前までのリンなら本当にありえないような話だ。

避けてるのがむかつくとか会いたいとか、そんなことは思わなかった。
あいつとサスケは長い付き合いらしいし、あいつ自身苦しんでいるだろうことは想像できたから、一番あいつが楽できる選択ができているならそれでいいと思っていた。
だがそれと心配になることはまた別だ。休みなく動き続けていつかガタがくるんじゃねーか、いつか何かやらかすんじゃねーかと、俺は気が気じゃない日を過ごすことが増えていた。

そんなある日、リンが大けがをして帰って来たとサクラから聞かされ、俺はマジで心臓が止まる思いがした。


「え…それで…リンは…?」
「そんな今にもあんたが死にそうな顔しないでよ。もうほとんど平気みたい。さっき普通に買い物に出て来てたわ」
「あ、そうか……いや、別に死にそうな顔なんかしてねーだろ」
「そうだ、怪我してたの利き手だし不便だろうから、シカマルあんた買い物手伝ってやりなさいよ。あ、でもリンはまだあんまり会いたくないのかもしれないけど…」
「…雨降りそうだな」
「え?ええ、そうね。今日は朝からずっと曇ってたし…」
「あいつどーせ傘持ってねーだろ、行ってくる」


無事ならよかった。じゃあ別に傘を渡すだけでいい。それだけでいいけど、一応一目見ないと気が済まない。
歩き出した足はいつの間にか速くなり、気が付いたら走っていた。



変態注意報24 side シカマル



「おい、なんで傘持ってねーんだよ馬鹿」


リンは案の定傘も差さずに、土砂降りの雨の中とぼとぼと歩いていた。
傘を差しかけると、驚きに少し見開かれた目がこちらを見上げた。


「買い物どころじゃねーだろ、帰るぞ。包帯までびしょ濡れじゃねーかどうすんだよ馬鹿」
「そのうち乾くよ」
「そんな怪我してる上、風邪まで引いたらどうすんだ馬鹿」
「そしたらまたシカマルが看病してくれるから大丈夫!」
「馬鹿」


前までと何も変わらないようで、少しだけぎこちない。
傘を押し付けて帰るつもりだった俺は結局そうはせず、お互いに傘を差したままリンの帰路を一緒に歩き出した。

離れてほしいかと聞きかけてやめた。
今俺は、俺がこいつと一緒にいたくているんだ。こいつの意思は聞けない。

互いにそれ以上口が開けず、気まずい沈黙が続いた。
リンの家が見えてきた。もう終わりだ。こいつはまた怪我が治り次第すぐに任務に出かけるだろう。以前のように、自分の勝手で俺の家に押しかけてきたりもしない。
…次は、いつ会える?


「今更だけど…サスケのこと、悪かったな…」


許されたくて零れ出た言葉。

あんなにうんざりしていた相手なのに、俺はこいつに何を求めているんだ。
このままにしておけばもう、鬱陶しく付き纏われることも私物がパクられることもなくなるってのに。
めんどくせぇ。心底めんどくせぇのに俺は、このままでいたくない。


「…なんで謝るの。謝らないでよ。みんなは、きっと十分がんばったよ」


思いもよらず強い怒りのこもった目が一瞬俺を見て、すぐに地面に落とされた。
ああ、そうだな。俺は今失敗した。
リンは当然俺たちを恨んでもなけりゃ責めてもいないってのに。
三代目の時、こいつはあんなにも嘆いてたじゃねぇか。何もできなかった無力な自分を。


「わるい。けど…あんま自分のことも責めんなよ」
「…責めもするよ。ちゃんと私があの時、あいつの気持ちに気付いてれば…あの任務に行かなければ…きっと何かは変わってた」


小さな肩が小刻みに震えている。


「…いや、ちがう、うぬぼれだね。たぶんそんなこともない」
「リン…」
「だめなんだよ最近。考えても仕方ないことばっかり考えて。だから余計なこと考えないように任務ばっかりしてたの。別にそれだけだから大丈夫だし、心配しないで。送ってくれてありがとう」


無理した笑顔を張り付けたそいつが、玄関の戸をくぐる。
その戸が閉まる直前、俺は自分のつま先をすき間に突っ込んでそれを止めた。
「え!?」と戸惑ったリンの声を聞きながら、次の瞬間にはもう一度戸を開けて俺も中に入り込んだ。


「な、なに…?」
「馬鹿が、そんな状態で任務なんか行くんじゃねぇ!だからそんな怪我なんかするんだろ馬鹿!」
「な…だって…」
「なにが心配しないでだ、余計心配すんだろ馬鹿!」


後ろ手にぴしゃりと戸を閉める。
そして勝手に上がり込むと洗面所でタオルを引っ掴んで戻り、リンの頭にかぶせた。濡れた頭をがしがしとかいて水気を取る。


「わっ」
「一人で抱え込むな馬鹿。もうマジで馬鹿」
「ちょ…さっきからばかばか言い過ぎ…」
「そうやってくよくよして自暴自棄になってんのがいいのかよ!ナルトもサクラも諦めてねーぞ。お前は、どうなんだよ」


リンが少し息をのむ音が聞こえた。


「何もできなかったのは仕方ねぇだろ。じゃあこれからできるように、ちゃんと真っ当な方法で努力しろよ」


あの時の俺も今のリンも大して変わらない。説教できるような立場でもないのはわかっていた。
だけどリンが同じように苦しんでいるなら、同じように立ち直ってほしいと思う。
ちゃんと、俺と同じ方向を見ていてほしい。

リンはそれからしばし放心していたが、息を吹き返したかのように俺と視線を合わせると一言「そうだよね」と呟いた。


「…ほんと…そうだね…ごめん」
「俺もちゃんと力になるから。次こそ連れ戻すぞ」
「…うん…ありがとうシカマル…」


よし。と、少しはましになった様子のリンに満足した俺の手に、リンの左手が触れる。
それが氷みたいに冷たいから少し驚いた。


「へへ…私やっぱり、シカマルのこと好きだなぁ」


泣いてんだか笑ってんだかわからない顔で幸せそうに言うもんだから、がらにもなく「俺もだ」なんて言っちまいそうだった。


[*prev] [next#]
[top]