変態注意報

私が中忍として初めての中期任務に出かける前日の夜、サスケが私の家にやってきた。

先の戦いで負傷していたサスケはその頃入院中で、まだ当然一人で出歩いていいような体ではなかったけれど、やっぱり病院は寂しいのかなーなんて思った私は彼を普通に迎え入れた。

普通にいつも通りご飯を作って、普通に二人で食べて、普通に別れた。
けれど私にとってはなんでもないこの一日は、きっとサスケの中では特別だったのだろうと、今になって思う。

私に何か言いたいことはなかったのだろうか。伝えることはなかったのだろうか。
何か話したそうにしていたか、私に何か聞いてほしそうだったか、思い出そうとするが心当たりはない。
どうして何にも気づけなかったのかと後悔ばかりだ。

私が里に帰ってきた時、既にサスケはいなかった。

サスケは私になんの別れの言葉もなく、里を抜けていた。



変態注意報23 side リン



このところは休みなく任務任務任務だった。
以前の木の葉崩しで深手を負った里を支えるため、私のような新米も例外なく忍はどんどん駆り出される。
疲れはするが今の私にはそれぐらいが丁度いい。常に動いている方が余計なことを何も考えずに済む。

けれどそんな忙しい毎日も一旦終わってしまった。
昨日の任務中に右腕を負傷してしまったのだ。医療忍術もかなり進んでいるとはいえ、数日間は休憩を要することとなってしまった。

首から利き手を吊った私は、突然降って来た休みを持て余しながら里をうろついていた。
何もする気が起きないけれど、食料調達ぐらいはしておかねば。何か片手でも食べられるようなもの。
そうして視線を彷徨わせていると、少しだけ懐かしいピンク頭をみつけた。


「あ、リン!あんた出歩いてて大丈夫なの?結構ひどい怪我だったって綱手様が言ってたけど…」
「サクラ…久しぶり。大丈夫だよ、ひどいって言っても入院の必要もないぐらいだし」
「そう、それならよかったわ…けどリン、あんたこれに懲りたらもう少し落ち着きなさいよ。みんな心配してるのわかってる?」
「え?」
「あんた最近働き過ぎよ。同期は今修行に時間を充ててるのがほとんどなのに、リンは任務ばっかり…中忍になったからって、そんないきなり無理する必要ないじゃない」
「あー…いや、別に無理してるわけじゃ…」
「はあ!?無理じゃなかったらなんなのよその怪我は!!!」


うーいやうん、そうね、確かに実力に見合った任務とは言えなかったし、そういった意味では無理したね。
適当に笑ってごまかそうとしたらさらに数分間怒られた。


「…シカマルにも全然会ってないんでしょ?それに…あれからナルトにも結局会わなかったでしょ。しばらく戻らないのに…」
「…ナルトは、いつかは戻ってくるんだからいいんだよ」
「―――っ!リン…あんたもしかしてサスケくんのことで…?わかってるでしょ?シカマルもナルトもみんな、死ぬ思いで連れ戻しに行ってくれたのよ」
「それはわかってる、別にそれで恨んでるわけじゃないよ」
「なら…」
「もちろんサクラのことも。別に怒っても憎んでもいないよ。いやー私馬鹿だからさ、同時にいくつものこと考えられないだけ。最近はずっと里のこととか任務のことで頭がいっぱいだったの。それだけだよ」


笑ってそう言ったけれど、意に反してサクラの顔がさらに曇った。


「あんた…これまで自分で自分のこと馬鹿って言ったりしなかったくせに。…馬鹿ね」


少しだけ泣かせてしまった。

それから綱手様のところに行くサクラを見送ってから別れた。
別れ際、なんでもないことのように「本当は私にだって会いたくなかったんでしょ」と聞かれたので、つい素直に「うん」と答えてしまった。
サクラは怒らなかった。わかっていながら話をしてくれたんだ。
サクラは強い。もうあの子はたくさん考えて考えて、先を見据えて行動してる。考えることをやめた私とは大違いだ。

あーやだやだ、これだから休みなんていらないんだ。考える時間ができてしまう。
もうこれ以上は嫌だと、余計な思考を払拭するかのように頭を振って歩き出す。

そのうち少しずつ雨が降り出したかと思うと、あっと言う間に土砂降りになった。
周りはみんな傘を持っている。持っていないのは私ぐらいだ。今日はそんなあからさまに降るような天気だっただろうか。なんにも意識してなかった。
こんな中買い物になんか行ける気がしない私は大人しく家まで引き返すことにした。今日はご飯抜きでいいや。

その時、降りかかる雨が遮られたかと思うと、心底呆れたような声が降って来た。


「おい、なんで傘持ってねーんだよ馬鹿」


心臓がどきりと跳ねる。
振り返ると、私と同じ黒色の瞳と目が合った。


「シカマル…なんで…」
「…さっきサクラに会って、お前の買い物手伝ってやれって言われたんだよ」


若干気まずそうな台詞と、差してくれた傘が雨を弾く音が鈍く響く。
私は少し笑って、シカマルが濡れちゃうよと、私の方に傾けてくれていたそれを少し押し返した。


「けど買い物どころじゃねーだろ、帰るぞ。包帯までびしょ濡れじゃねーかどうすんだよ馬鹿」
「そのうち乾くよ」
「そんな怪我してる上、風邪まで引いたらどうすんだ馬鹿」
「そしたらまたシカマルが看病してくれるから大丈夫!」
「馬鹿」


声を聞くのは、会話をするのは、もう何日ぶりになるだろうか。
何も変わらないようで、実はほんの少しだけぎこちない。

サクラがサスケを引き止められなかったこと、シカマルの率いる小隊がサスケを連れ戻せなかったこと、残念に思いこそすれ恨むなんてことはもちろんない。みんなが無事で本当によかった。
それでも私がみんなに会えなかったのは、


「今更だけど…サスケのこと、悪かったな…」
「…なんで謝るの。謝らないでよ。みんなは、きっと十分がんばったよ」


引き止めるチャンスも連れ戻すチャンスも得られなかった、無力な自分を思い知ることになるからだ。

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