変態注意報

三次試験の予選を俺もリンも無事通過して、本選までの一ヶ月を修行期間として過ごすことになった。
今更一ヶ月修行とかしたところでなぁ…そんなことを考えながら俺はなぜか今リンと将棋を打っている。
リンと将棋を打つのは初めてだったが、思っていたより弱くなくて笑えた。


「なんだよお前、将棋できんじゃん。もっと頭悪い打ち方するかと思ったけど」
「だって将棋って戦略考えんのとかと一緒でしょ。そーゆーのは得意」


…三次試験の予選の時も思ったけど、こいつが頭弱いのは何事に対してもというわけではなく、ジャンル別に得意不得意が一応あるらしい。
とりあえずすっげー馬鹿なんだと思ってたから、それに気づいた時は意外だった。

てか将棋ができるってことは普通に知能はあるんだよな。
それなのになんでこいつ簡単な漢字が使えなかったり読めなかったりするんだ。なんで四則計算がまともにできないんだ。なんで一般常識が足りないんだ。
謎すぎる。



変態注意報20 side シカマル



「…王手」
「……ぅぅ…負けましたぁ」


これで俺の5勝0敗。
「ああーもうくやしー!」盤の上に突っ伏しながら、リンは本気で悔しがっていた。
アスマでも俺には勝てないってのに、今のは俺も結構ギリギリだった。
せめぎ合う盤上で勝ちを確信したタイミングは、こいつが途中で突拍子もない変な指し方をした時。


「なぁさっきのとこ、なんでそこの桂馬を使わなかったんだ。それ捨て駒にしてそっちの角をよぉ…」


俺だったらこうすると思った戦略を話すと、リンはふむふむと関心深げに聞いていた。
途中「待って!聞くだけじゃ覚えられないから書く!」とメモまで取り始めたほどだ。
が、説明の直後にはそんな俺の説明を全部一蹴するがごとくそいつは言ってのけた。


「桂馬を捨て駒にすんの、なんとなくいやなんだよね。だからさっきはこっちでもいいかなーって思って」
「…なんで」
「んー……なんだろ、シカマルを将棋に例えるとなんとなく桂馬っぽいなとか思っちゃって。そしたら愛着湧いちゃって。」
「はぁ?なんだそりゃ」


こいつのそういうよくわかんねー独特の感性で生きてるところがまじで謎。
まじめに戦法を教えてやった俺がバカみたいだろ。


「ねぇもう一勝負!」
「ああ…?めんどくせー」
「ふっ次は負けそうだからそんなこと言うんでしょ。勝ち逃げは許さん」


すぐに駒を置き終わったリンは言うが早いか勝手に一手目を指した。
さっきからこいつは当然のように先手を取りやがるな。


「…なんでお前将棋のルールなんか知ってたんだ?」

パチ

「シカマルが将棋するの好きって知ってから勉強した」

パチ

「…こんなん勉強するぐらいならアカデミーの勉強まじめにやりゃよかったじゃねぇか」

パチ

「だってアカデミーの勉強ってくそつまんなかったから」


駒を指しながら適当な会話を交わす。
こんなに落ち着いてこいつとまともに話をするなんて滅多にない。
いつもこいつは俺の前だと興奮状態でわけわかんねーことになってるから。


「…お前は何をするのが好きなんだよ」
「私?私はねぇ、こうやってシカマルとおしゃべりしたり、シカマルと一緒にご飯食べたり、シカマルと―――」
「俺関連以外で」
「えー…そうだなぁ…体動かすことかな……あ、でも本を読むのは割と好き」
「本?」


意外中の意外。
読書が趣味とか心底似合わねぇ。
…いや、ならもっかい言うぞ、なんでお前はそれなのに簡単な漢字が使えなかったり四則計算ができなかったり常識が足りなかったりするんだ…!?


「今はそうでもないけど、昔はよくうちの書庫に篭って本を読み漁ってたよ」
「へぇ…」
「あ、もしなんか欲しい本とか資料とかあったらいつでも言ってね、そこらの本屋より量と種類は豊富だよ」
「そんなでかい書庫なのか?」
「そりゃもう。何せ小柳一族の書庫だもん。忍書から歴代賞金首ファイルまで選り取り見取りだよー」


小柳といえばうちはや日向に並ぶ名門。
そんなお家は書庫の規模も並じゃないってか。
パチリ。気ぃ向いたら声掛けるわと適当に答えて次の駒を指す。
リンはまるで指南書通りのような無難な手に時折異色な手を混ぜた将棋を指す。なんか悔しいけど結構おもしろい。

アカデミー入学から今までとすりゃ結構長い付き合いをしてきたと思ってたけど、こいつについて最近になって知ることは多々ある。
こいつは俺のことをなんでも知ってやがるくせして、俺はこいつをほとんど知らない。
不公平だな、となんとなく思った。


「次シカマルの番だよ」
「んあ?おう…」


いつの間にかちょっと気ぃ抜いてた。
慌てて視線を番に戻して―――…おいちょっと待て。
俺は自分が追い詰められていることに気がついた。

まさか、そんなはず。
相手はリンだぞ?誰もが認めるあの馬鹿だぞ?

だがどう考えてももう道がない。どう指してもいたずらに逃げ回っても無駄に時間を掛けるだけ。これは俺の負けだ。
うっわ…


「…詰みだ」
「え、マジで?これ私勝ってるの?」
「ハァ?指したの自分なんだからわかるだろうが」


目の前のリンの口角が徐々に上がる。
俺はそれを見た後にがっくり肩を落とした。これは本気でへこむ。ただでさえこいつにゃ体術でも忍術でも勝てないってのに、将棋ですら負けんのか?絶対何かタネがあるに違いない…


「やったー勝った!!シカマルに勝ったー−−!」
「うるせ…」


馬鹿だ馬鹿だと思ってたそれは改めた方がいいのか?
いやそれとももしや俺はこの馬鹿以上の馬鹿なのか?

立ち上がって飛び回りながら喜びを表現している馬鹿を眺めて俺はげんなりする。
油断してたとはいえ、マジでこんなやつに負けたなんて。


「ねぇねぇねぇねぇ私勝ったご褒美がほしいな、景品がほしいな!」
「はあ?知るかよんなもん…」
「じゃあ勝手にもらう」


にっかり笑うとリンは胸の前で印を組んだ。瞬身の術か…!
白い煙を残して消えたのと同時、俺は奴の行き先は俺の部屋か居間だと予想を立ててすぐに立ち上がった。

何持ってく気だあの変態…!
箸だとか鉛筆だとか、あんなもの盗られたところで大した被害はない。
そう、実質的な被害はない、が…無駄に精神的ダメージがでかくてタチが悪いのがあいつのこれまでの所業だ!

とりあえず近い所からだと考えて俺は居間に向かう一歩を踏み出した。
その瞬間、ふわりと上から重みが降って来たかと思うと俺の首元に白い腕が巻きついた。


「シカマルどこいくのー?」


にやにやにやにや。後ろから俺に抱きついて、俺の頬に自分のそれをくっつけながら笑うリンがそこにいた。
ああくっそ…騙された。


「お前マジでめんどくせー…」
「びっくりした?慌てた?シカマルかわいいー」


そう言うとリンは俺の頬にちゅっと唇を押し付けて、庭先まで逃げやがった。


「おまっ…!」
「えへへ!初ほっぺにちゅーげっとだぜ!」


ほんのり顔を赤くしながら叫ぶリン。
その手には俺の髪紐が一本握られていた。
とっさに俺は自分の頭を手で調べる。…しっかり結われてる。
ってことは…


「これ宝物にするからねー!きゃー!」


あんのやろっ…!!
あの一瞬でやっぱ俺の部屋に行ってやがったのか!くそったれ…!

一発殴ってやろうにももうそいつは逃げた後。
俺は行き場のない拳をとりあえず廊下の柱にぶつけた。

わかった、あいつはやっぱり頭がおかしい。
でも単純な話の馬鹿とかそんなんじゃないんだ。次元が違う。
あいつは存在そのものがイカレてる。




(息子よ…聞こえたぜ…ついに初ちゅーを奪われたか)
(今夜は赤飯にするかい?)
(……………)
初ちゅー自体は既に終わってたりする。

いつの間にか背後にいないで
(悔しいどころの話じゃない)
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