変態注意報

汗が光る。
過ぎゆく生徒たちがみんな私たちを振り返る。

これぞ青春の一ページ?


「なんで逃げんだよ!」
「お、追っかけられてるからじゃん!」


つい最近までの私なら「うふふあはは」と周りに花を散らしながら泣いて喜んで受け入れただろう、彼とのおいかけっこ。
正直今は全然うれしくない。むしろ拒否したい。

どうにもこれが、地獄へのデッドレースに思えてならない。



変態注意報11 side リン



「待てっつってんだろうが!」
「待てと言われて待つバカはいない!」
「お前はバカだろうが!バカはバカらしく大人しく待て!」
「ひどい!!」


待ったその先に何があるのかなんて知らない。
ただとりあえず逃げ続けてみる。
だって私は、なんで追っかけられてんのかもわかってないんだから。

さっきまで、窓の外のシカマルをただ眺めていただけだった。
それが急にこっちを見たかと思うと、なぜか全速力で走ってきた。
シカマルの全力なんて初めて見たよ、超かっこいいけど超こわい。マジで窓突き破って来る勢いだった。ギリギリで手で開けてはいたけど。

そっからはなんかよくわかんないけど追いかけっこスタート。
どっちも全力って、なんか、あれだ。楽しくない。


「しっシカマルが止まったら私も止まる!」
「じゃあお前が止まったら止まってやる!」
「堂々めぐり!?」


シカマルらしくない、要領を得ない会話だ。
結構余裕がないらしい。一体なんで?


「こらリン廊下は走るなって何度も…!あれ?」


向かいから歩いてきていたイルカ先生が一瞬で後方に流れて行った。
最後の「あれ?」は、いつものように私がシカマルを追いかけているわけではなく、私がシカマルに追いかけられているという奇怪現象に対してだろう。
悲しいが気持ちはわかってしまう。

そう、いつも追いかけるのは私なのに。
なんなんだろうかこの状況は。
やっぱり喜ぶべきか?喜んであの胸に飛び込めばいいのか?


「っ…!なんなんだよてめー!」
「えっ!?何が!?」
「いっつも俺が逃げりゃ追って来るくせに!なんで俺が追うと逃げるんだ!」
「そそそそそんんなのわわわたしだだだって」
「動揺し過ぎだバカ!話があんだよ!とにかく止まれ!」


後ろからずっと聞こえていた足音が止まった。代わりに、軽く息を切らす音だけが聞こえてくる。
シカマルが止まったら止まると言ってしまっていたため、ここで走り去るのはさすがに気が引ける。仕方なく、私もゆっくりと足を止めた。
でも振り向けない。怖い。

だってなんでなんでなんで。なんで追っかけるの?話って何?
期待しちゃうよ、また。
どうせ期待外れで終わるのに。


「…こっち向け」
「…やだ」
「いいから!」


怒気を含んだ声に、思わず肩がびくりと跳ねる。
いつの間にか私たちは結構な距離を走っていたらしく、教室がある棟とは反対の、普段あまり使われない特別教室前にまで来ていた。
周りに人の気配はなく、嫌になるぐらい静か。お互いの声が狭い廊下に反響するだけ。


「…なにこれ」
「また逃げ出さねぇとは限らねぇからな。保険だ」


言われるがままシカマルの方に体を向けた途端、影真似をかけられた。
こりゃない。さすがにない。


「ひどいシカマル。ちょっとぐらい信用してくれてもいいのに」
「お前、自分が今まで俺に何してきたか振り返ってみろ。信用なんざされる要素がどこにある」


シカマルが後頭部を掻きながら前へ足を進めると、私も同じように後頭部に手をやりながら前へ進む。
厄介だこれ。二人の距離がどんどん縮まる。


「ちょ、シカマル!そろそろストップ!」
「何慌ててんだよ。いつも人の腰に散々纏わりついてきてたのはどこのどいつだ」
「過去は過去、今は今なんだよ!私は今を生きるの!」


もう、手を伸ばせば届く距離。
どうしよう私すごくドキドキしてる。聞こえるんじゃない?これ聞こえてるんじゃない?
だって周りはこんなに静かだし。でも私たちの声はこんなに響くし。

何これやだ、恥ずかしい。

ああ私、おかしい。
シカマル見てイライラしたり恥ずかしいって思ったり、こんなに緊張したりするなんて。

逃げたい。せめて顔をそむけたい。でも彼の技のせいで、体の自由は利かない。
やだ、やだやだやだ。これ以上近づきたくなんかないのに。
どれだけ踏ん張っても足は、動いてしまう。


「…お前は俺をどう思ってんだ」
「…は?」


な、なに今更その質問。


「俺が嫌いになったのか」


…わけがわからない。
いや私が最近全然シカマルに話しかけたりしなかったから、そう考えるのはわからないでもなくはない。

でもなんで、それで悲しそうな顔するわけ?

何ソレやめてよ。
どんだけ期待させる気?

…もう嫌だ。嫌だって言ったのに。


「…じゃん」
「あ?」
「好きに決まってんじゃん!」


無神経すぎるでしょ、君。
…いや知ってたけど。そんなとこでさえ好きだけど。
今はやっぱり、腹立たしいよ。


「そんな急に嫌いになんかなれるわけないし…!好きに決まってる!超好き大好き!頭の中ごちゃごちゃしてしんどい時でも、やっぱ気付いたらシカマルのこと目で追ってたし!気付いたら奈良家侵入してシカマルの脱いだ服抱きしめてたり布団にダイヴしてたり歯ブラシ見つめながらでもここから先はさすがに人としてどうなんだろうかと大格闘してたり…!」
「あーわかった。それ以上言うな。マジで聞きたくねぇ」
「!」


ボスッと、顔面がシカマルの胸にぶち当たった。
これは……抱きしめられてる、のか。


「…調子狂うんだよ。お前がいないと」


影真似は解かれていた。だらんと、私の両腕は体の横にぶらさがったままだ。
けれど突き放す気にも、抱きしめ返す気にもなれない。


「…嫌いになったんじゃねぇなら、なんで俺のこと避けんだ」
「だって…だって…」
「…だって?」
「だって私、どうしたらいいの?」
「は?」


私はぎゅっと拳を握り締めた。
溢れそうになる涙を必死で堪える。


「シカマル、キスしたりこうして抱きしめたりしてくれるけど、私のこと好きなんかじゃないんでしょ?」
「っそれは…」
「そんなことずっとわかってたし『いつかきっと』って思ってずっと頑張ってきたけど…もうわかんないよ。どうしたら私はシカマルの特別になれる?どうしたら、特別だって実感できる?」
「リン、俺は…」
「もう嫌なの!嫌いじゃないけど、嫌なの!」


恋なんて、バカらしい。

私と彼のちょっとした境界線の違い。
それだけで私は挫けた。気付いた途端私は折れた。
なりたかった特別が、彼にとっては特別なんかじゃなかったと知って、ひどく裏切られた気持ちになって。

でも君は、そんな私の気持ちなんてきっとわかってくれない。

だって私は君が好きだけど。
君は私が好きじゃないから。


「バカ聞け!あのなぁ、俺にとってお前が特別じゃねぇなんざ一体誰が言ったんだ!」
「え…?」


そう怒鳴ったシカマルを私は呆然と見上げた。


「俺は!お前以外の奴にこんなことしたりしねぇし、ましてやあんな…く、口移しなんざ…!」
「…誰にでもできるわけじゃないの?」
「はあ!?当たり前だろバカ!バカだバカだとは思ってたがやっぱ正真正銘バカだなお前…!誰にでも簡単にあんなこと出来るような奴いるわけねぇだろ!」
「ええ!?だ、だってサスケが…!」
「サスケ?」
「え?あ、いや………………なんでもない」
「…サスケに何かされたのか」
「な、何でもないって!やだなぁあはははははは!」


思わずシカマルを押し返す。不服そうに離れた彼は、腑に落ちなさそうな顔で私を睨んできた。
けどはっきり言ってそれどころじゃない。
だってシカマル今、私が特別だって言った。え、言ったよね?

きっとあれはサスケが特殊だったんだ。
信頼してるからって無条件で信じ過ぎるのも考えものだってことか。
散々悩んだのがバカみたいではあるけど、でも、でも、そのおかげで…

私今、こんなに幸せなんだ。


「シカマル、私のこと好きなの?」


私の期待値は無限大だった。
今度こそ、「そうだ」って、そう言ってもらえるって。


「…わかんねぇ」
「…………え?」
「お前がいねぇと気分悪いし、さっきみたいなこととか他の女子にはできねぇし、俺の中でお前が特別なのはわかってる。けど…それがお前の言う好き≠ニかっていうのとは、違う気がする」


………………え?


「………こ、こんだけ期待させといてそれぇ!?何ソレひどくない!?酷なこと言ってるって自覚ある!?」
「わ、わかってるっつの!けどわかんねぇもんはわかんねぇんだよ」
「そ、そんなぁ…!やっぱ私どうしたらいいの!?ねぇ一体どうしたら好きになってもらえるわけ!?」
「んなもん知らねぇよ!」


あーさすがにないわこれは。さすがのリンちゃんでも怒っちゃうよこれは。
ああああはいはいはい、わかりましたよ、お前はせいぜいこれからも足掻けってか、


「俺を虜にしてみせろってか!」
「は?」
「やってやるよチクショー!」


他人から、特別にまでなれたんだし!
よし、今まで通り頑張ろう。

朝は教室に押しかけて、抱きついて。お昼も押しかけて、「あーんv」を成功させるためにあの手この手。
帰りは一緒に帰る方がいいのかな。家で待ってた方がいいのかな。


「ぁ…」


―――…そうだ私は、そんな生活が楽しかったんじゃん。

今更何を意気込むんだろう。
遠ざけた楽しみを、もう一度取り戻すだけだよ。

前よりもずっとずっと、好きになった君と一緒に。


「ふふ、いつか絶対シカマルに、心の底から私が好きだって言わせてやるから!」
「…ま、楽しみにしてるわ」
「……えっと…」


…君は私をこれ以上虜にさせて、一体どうする気?



(とりあえずもっかいぎゅってしていい?)
(はあ?)

遠慮ない欲求
(それは途絶えることなく)
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