キスとかそういうのは、すごく特別なものだと思ってた。
それは乙女意識だとか女子としての何かとかじゃなく、普通の一般常識として。
でももしや私は、自分が思っている以上に乙女チックな思考の持ち主だったんだろうか。
常識だと思っていたそれは、常識なんかじゃなかったんだろうか。
じゃあ一体、特別ってなんだろう。
私は彼の特別になりたかったはずなのに。
もうそれが何なのか…わからなくなった。
変態注意報9 side リンぼーっと窓の外に視線を向けながら、目の前の白い首筋に顔を埋める。
びくってなった反応が可愛いくて、調子に乗る。息吹きかけてみたりその黒髪を梳いてみたり。
けれどそれを堪能する時間はあまりなかった。
じとっとした、突き刺さるサクラの視線に耐えきれなくなったためだ。
私は渋々顔を上げ、机を挟んだ向かい側にある彼女の視線に自分の視線を絡める。
そして面倒くさげなのを隠しもせずに「何?」と問いかけた。
「あんた最近シカマルと喧嘩でもしたの?」
「え…?べ、別にそんなことないけど」
「ほんとにー?だってあんた、最近シカマルのところ行ってないでしょ。セクハラもしてないんじゃない?大丈夫なの?定期的にセクハラしないとストレス溜まって死にそうになるとか言ってたじゃない」
「うーん、それは大丈夫。今ヒナタにセクハラしてるし」
「あ、あの、リンちゃん…」
「相手誰でもいいのかよ。もーこらヒナタ困ってんでしょ、離してあげなさい」
全身赤くなりながらもじもじするヒナタ。なんて可愛いんだろう。
サクラはどうせサスケとひっついちゃうんだから、ナルトはさっさとヒナタ選んだ方がいいと思うんだよね。
こんなに初心で純粋で可愛い子は今のご時世なかなかいないよ。ほら、すっごく困ってんのに、絶対私を振り払おうとはしないの。癒しだ。なんだか落ちつく。
「…喧嘩したんならさっさと仲直りしてきなさいよ。土下座でもすりゃ許してもらえるわよ」
「なんで土下座…」
「どーせあんたが悪いんでしょ?」
決定形だよ何この子。
私が悪い?まぁたしかにそもそも口移ししてなんて言った私が悪いと言えば悪いのか。
いやけど、そもそもこれは喧嘩なのか?しっくりこない。
これは、あれだ、そう、
「恋に冷めただけ」
恋に恋するその時期を越えて、少女は大人になっていくんだね。
「…あんた何言ってんの?」
「…リンちゃんらしくない…」
思いっきり非難する目を向けられた。ひどい、ヒナタまで。
まぁ現在進行形で恋する乙女たちの前で言う言葉ではなかったかな。
「リンちゃん、シカマルくんのこと嫌いになったの…?」
「…ううん、嫌いじゃないよ?」
「じゃあ何なのよ、恋に冷めたって」
「…なんかダメなんだ。最近シカマル見ると、イライラする」
「「は!?」」
もちろん生理前だろうがなんだろうが、今までこんなことは一切なかった。
これは、勝手に期待して勝手に砕けた、そんな私の八つ当たりだ。
それが日が経つにつれてどんどん、膨らんでいっている。
「…シカマルの奴が何かしたのね、待ってなさい半殺しにして連れてくるから」
「怖い!サクラ怖い落ちついて!」
「何言ってんのよ、あんたがイライラするなんてよっぽどでしょ!?そういうのは我慢しないでぶつけなさい!」
「いいんだって!絶対余計に虚しくなるだけだから…!」
鼻息の荒いサクラをヒナタと一緒に必死で引き留めて、なんとかシカマルの生存に貢献した。
ていうか私の、もとからないに等しいわずかな自尊心を救った。
サクラは気に入らなさそうに顔を歪め、私を睨みつける。
私は大変居心地の悪い中、小さく苦笑した。
「…シカマルくんに、振られちゃったの…?」
「あー…どうなんだろ、そうなのかな」
「…わかんないわけ?」
「うん…とりあえず、"私のこと好きなの?"って聞いたら"んなわけねぇ"って速攻で否定された」
「なんでそんな状況になったのか過程を教えなさいよ。何?キスでもされた?」
「―――っ!」
やばい。
「!あ、あんた顔真っ赤よ!?何!?図星!?図星なの!?」
「え、えええ!?リンちゃん…!」
「いや、ちが、あ、あー…」
こりゃ誤魔化すなんて無理だろうなって自分でわかる。顔が熱い。
「ていうかそこまでしといて"んなわけねぇ"って!?ありえない!やっぱシメてくるわあのバカ!」
「うおー待って待って!違うの、きっとシカマルは悪くないんだよ!」
「はあ!?何言ってんのあんた!」
「お、男の子にとっては、それぐらい別に何でもないことなんだって!普通なんだって!特別でもなんでもないの!それを知らずに、私が勝手に意識しちゃってただけだから…だから、シカマルは悪くなくて…」
私にとってはすごく特別だったこと。
でも彼にとっては何でもないこと。
その差はすごく大きい。
彼にとっても『特別』になるようには、どうすればいいんだろう。
それって、思ってたよりもずっとずっと、遠い道のりなんじゃないだろうか。
―――そんなことに、今更気付いてしまった。
「キスが何でもないことだなんて、そーんな適当なこと誰がぬかしやがったのよ!」
「サスケ」
「え、サスケくん…!?うそ、そんなぁ〜!」
私にとって、サスケの言うことは疑いようがない。
彼はそもそも無意味な嘘なんてつかないし、特に私にはなんだかんだ家族的な意味で好意的だから、下手に嘘ついて反感を買うリスクは取らないだろう。
サスケはモテるけど、別に遊んでるわけじゃないってのも知ってる。
だから、そう…シカマルとサスケのそういったことへの価値観なんて、同じようなものだろう。
サスケの言うことはきっと間違ってない。
故に、突き刺さる。
「…"特別"ってなんだっけとか、どうすれば"特別"になれるんだろうとか、私にはいつまでも無理なのかなとか、そんなことばっかごちゃごちゃ考えて、頭ぐるぐるになったの。そんで…しんどくなっちった」
空笑いを漏らしながら、再び窓の外に目を向けた。
外にはバラバラと生徒の姿があって、みんな楽しそうに笑っている。
そんな中に見つけた、一人の後ろ姿。
すごく遠い。でもわかってしまう。
少し猫背で、気だるげな背中。特に目立つわけでもないそんな人影に、こんな遠くからでも気付いてしまった。
胸が高鳴る。
結局私は、あの時「好きだ」って答えてもらいたかっただけなんだろう。
いつまでも報われなくて。
でも報われた気がして。
でもやっぱりそうじゃなくて。
それがショックで、嫌になった。辛くなった。逃げたくなった。やめたくなった。
ただそれだけだ。
勝手だと言われればそれまでで。失恋だと言われればそれはそうだろう。
「(あ…今、目合ったかも)」
嗚呼何て面倒くさい。
こんなことだけで高鳴る心臓なんて今すぐ握りつぶしてやりたいわ。
恋に恋するのはやめたのに。
それでもやっぱり君のことが好きだなんて。
(サ、サスケくん…頼めばキスしてくれるのかな…!)
(サクラちゃん…それはちょっと…)
(そうよね、乙女として複雑だわぁぁぁぁ)
(そ、それより今はリンちゃんの話を…)
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