19

何度呼びかけても、赤花からの返事はないまま時間が過ぎた。
ふとそれを露草が乱菊に相談したところ、なんと乱菊も同じく灰猫が呼び掛けに応えないと言う。
しかもその場にたまたま居合わせた虎徹勇音までそうだと言った。

「こんなこと初めてで心配で…」
「初めてならいいじゃない、私なんてしょっちゅうよ!」

不安そうな勇音を乱菊はそう言って一蹴した。
乱菊も修兵タイプだったことに呆れる露草。斬魄刀は持ち主の魂を写し取った刀だというのに、なぜそんな諍いになるのだろう。同族嫌悪と言うやつだろうか。
怒られそうだからこれは乱菊には言えない。

しかし乱菊はあまり参考にならなさそうだが、勇音も自分と同じ状況なのは気になる。
もしかするとこれは個人の問題ではなく、斬魄刀全体の問題なのではないだろうか。
かといって別に個々の斬魄刀がシステムで繋がってるというわけでもなかろうに。まったくもって意味がわからない。
解決の糸口がまったく見つからず、この場では首を傾げながら解散するしかなかった。

執務室で赤花を見つめながら露草は考える。
技術開発局にでも相談するか?けどあそこ苦手なんだよな。とりあえずじじいに聞いてみるか。何千年も生きてるんだから過去に似たようなことがあってもおかしくないはず…

「修兵、私明日朝イチじじいのところに行って……」

明日でいいのか?
何か嫌な予感がする。

「やっぱり今から行ってくる。」
「今から?じゃあ俺も…」

もうそこそこ夜も更けた時間ではあったが、露草は慌てて立ち上がった。
丁度その時、一匹の地獄蝶が窓からひらひらと舞い降りて修兵の肩に止まった。
こんな時間に伝令?露草はきゅっと刀を握った。

「総隊長から…緊急招集だ。」
「…そっか、私たちが気づいてるんだからじじいが気づいてないわけなかったか。」

緊急招集事態は物騒なのに、じじいならきっとなんとかしてくれるんだろう、なんて露草は無意識に少し安心してしまって、ほっと息をついた。

しかしこの安堵はすぐに絶望に変わる。

露草たちが招集先に向かうと、既に大勢の他の隊長や副隊長たちが揃っていた。
けれどあたりを見回してみるも、どうにも元柳斎の姿が見当たらない。

「じじいは?いないの?」

露草は傍にいた京楽に問いかけた。

「ああ、まだ見てないよ。集めた本人がいないなんて珍しいね。」
「まったく、こんな時間に総隊長はなぜ我々を呼び出したのかね。」

涅の言う通り、誰も招集の理由についてはわかっていなかった。
しかも招集場所がここ、処刑場なのも気になる。どうしてわざわざこんなところに。
露草はてっきり斬魄刀の異変についての招集なのだと思っていたが、違うのだろうかと不安になり始めた。
何かがおかしい。胸騒ぎがする。
そんな露草の背中をぽんぽんと修兵はやさしく叩いた。

「大丈夫だ、落ち着け。総隊長に何かあるわけないだろ。」
「うん…そうだね、ありがとう。」
「にしても霧が濃いな…あんまり離れるなよ。」

露草を安心させようとする修兵の声色はやさしいものだったが、油断はしていないのか表情は厳しかった。
露草も無駄に不安がるのはやめたが、念の為いつでも抜けるようにと鞘を握って鍔の下に指を添えた。

そしてそれから少しもしないうちに、霧の中からふらふらと男が一人現れた。

「雀部副隊長!」

やっと招待者のおでましかとも思われたが、雀部一人で総隊長の姿はない上、何やら様子がおかしい。
なぜか足元が覚束無い様子でこちらへ手を伸ばす雀部。そして彼はそのまま受け身もとらず、地面へと倒れてしまった。
慌てて卯の花と勇音が駆け寄るが、なんと心肺停止状態だと言う。
本格的にやばい事態になってきた。
その場の全員が一気に周囲への警戒を露わにする。敵襲か、反乱か。

「総隊長はここにはこない。」

信じ難い言葉がその場の死神たちの耳に届いた。
それを告げたのは霧の中に悠々と佇む、見たことのない姿の男だった。
死覇装を着ていない。死神ではないのか。しかしどうやら虚とも違う。

「だれだ?お前じじいに何したんだ。」

露草は男に問いかけたが、返事はなかった。
男は変わった服装こそしているものの姿形は普通の人間や死神と変わりはなく、とてもじゃないがあの元柳斎相手に何かをできそうには見えない。
いや、無論“何か”ができてしまった結果元柳斎はここには現れず、雀部はあの状態になってしまったのだろうが、正直今すぐ斬り捨てるのは簡単そうにも思える。
しかしなぜこれだけの数の隊長格達を前にしながら、そこまで悠然とした態度でいられるのか。
一体どんな仕掛けがあるんだ?と露草は慎重な姿勢を貫くことにしたが、そんな彼女の隣を通り過ぎ、誰よりも早く狛村が前に躍り出た。

「元柳斎殿に何をしたか、答えないというのか…ならば、その体に聞くまで!」

元柳斎相手に“何か”が出来る程の相手だというのは念頭にあるのだろう。強そうには見えない相手にも狛村は油断はせず、すぐさま卍解をした。
狛村の背後に巨大な鎧武者が現れ、狛村の動きに合わせて刀を振り上げる。
他の者達はそれに巻き込まれないよう後ろに控えて見守った。
しかし、

「貴様の攻撃は私には届かない。」

男がそう口にした直後、狛村の卍解がなぜか狛村自身に刀を振り下ろした。

「斬魄刀が主を襲っただと…!」

ありえない現象に戦慄が走った。
やっぱり斬魄刀全体が何かおかしくなっている。赤花がおかしいのも、あの男が関係してる。露草はそう確信を得た。

狛村は攻撃をギリギリのところでかわしてはいたので無事だったが、立ち上がったそのすぐ先にはいつの間にやら見知らぬ大男が現れていた。
十分でかい狛村よりも、さらにでかい。

「なんだ貴様…ま、まさか…!」

見知らぬ男だと思われたが、どうやら狛村には心当たりがあるらしかった。
しかし狛村がそれを口にする前に、狛村をその大男が斬った。

「狛村隊長!!」

倒れゆく隊長に駆け寄ろうとする射場を抜き去って、日番谷が攻撃を仕掛ける。
しかし斬魄刀を抜いて解号を唱えても、氷輪丸は始解しなかった。

「始解、できない…!?」

すぐさま露草は赤花を抜いた。

「遊べ 赤花」

悪い予感がした通り、露草の赤花にもなんの反応もない。それどころか斬魄刀そのものに霊圧が感じられなくなっている。
修兵の風死も、他の死神たちも皆同じ。誰も斬魄刀の始解をすることはできなかった。

「くそ、どうなってる…」

赤花は無事なのか?これは元に戻せるのか?
ただの刀になった斬魄刀で、あの男とどうやって戦う?
露草は思惑通りだとでも言わんばかりにニヤリと笑う男を睨みつけた。

「簡単な事だ。君たちの斬魄刀は既に君たちと共に無い。私が死神共から解放したんだ。」

男が手を体の横に開くと、その背後に見える瀞霊廷からいくつもの火柱が上がった。
とても普通の攻撃が届くような距離では無い。

「何をした!」
「私では無い。暴れているのは君たちの斬魄刀だ。斬魄刀は今、死神の呪縛から解き放たれたのだ。」

カンカンカンカン。瀞霊廷内の異常を告げる鐘が闇夜に響く。
露草は初めて見るこの異様な事態に息をのみ、今できる最善を考え始めた。

「ほんの挨拶だ。我が同士の力を君たちに理解してもらうための。そしてこれが、君たちが自分のものと思い込んでいる…斬魄刀の真の姿だ。」

男の言葉を合図に、次々とその真の姿だという斬魄刀たちが現れる。
服装こそ独特だが見た目は人と変わらない。
彼らは彼らを呼び出した男の元に集い、死神達と対峙するように立ち並ぶ。
斬魄刀が本当に敵になったのか。まずいだろ、それは。何これ。斬魄刀の反抗期的な?実は瀞霊廷ではよくあることだったりする?

「斬魄刀が実体化しただと…!?」
「そんなことが!?」

自分に空白の百年があるせいで知らないだけの可能性に賭けた露草だったが、もちろんそんなことはなかった。

「貴様は何者だ。」
「我が名は村正。死神による斬魄刀の支配は今宵終わった。これからは斬魄刀が死神を支配する。」

なんというとんでも計画。
斬魄刀の力が使えないなんて、死神からすれば片腕もがれるぐらいの…いやそれ以上の損害だ。
これ勝ち目あるのか?露草の背中に嫌な汗が伝う。
私が優先するべきはなんだ。瀞霊廷は…九番隊は、隊士たちは、今どうなってる。
その場の全員が眼前の敵を見据えて今にも足を踏み出さんと構えるのと反対に、露草はじりりと足を後ろに引いた。

「斬魄刀の話も大事だけどさ、山じいはどこ行ったんだい。僕らは山じいに呼び出されたはずなんだけどね。」

皆が少し忘れかけていたことを京楽が問いかけた。

「山本元柳斎は既に封じた。」
「ーーー!」

村正のその答えが露草の中での決定打だった。
この状況でこいつら相手に戦うのは分が悪すぎる。
そう判断すると露草は瞬時に修兵の腕を掴んで、敵とは反対方向に全力で走り出した。

「え?は?ちょ!」

足が宙に浮く勢いで引っ張られ、修兵すら露草のその対応にはついていけなかった。

「総隊長を封じるなど…!そんなことが可能なのか!?」

まさかと驚愕の表情で叫ぶ砕蜂の隣を、全力で敵に背を向ける露草が通り抜ける。
これまた砕蜂は顎が外れんばかりに驚いた。あの九番隊隊長、こんな場面で真っ先に逃げるだと!?どんだけ腰抜けだ!?

「ごめん兄さん!私ってば過保護だからもう帰るわー!あとよろしくー!」
「露草ー!?何言ってんだお前はー!」

呆れ顔の浮竹の傍も一瞬で通り過ぎて、露草はその戦場を振り返ることもなく、処刑場から火の手の上がる瀞霊廷へと飛び降りた。もちろん修兵も道ずれに。

「修兵!今すぐ隊舎に戻るよ!」
「は!?けど奴らは…!?」
「反乱を起こしているのが私たち隊長格の斬魄刀だけとは限らない!隊士のみんなが心配だ。うちは何よりも仲間の安全優先!それ以外のことはなんとかできそうな面子に任せる!嫌って言ってもこれ隊長命令だから!おっけー!?」
「…っ了解!!」

あとで色んな人から怒られるぞ、なんてのは露草もわかっているだろうから修兵は黙っておいた。
いろんな状況判断を加味した上でのこととはいえ、ここでの大義も使命もほっぽりだして部下を助けに向かうなんて、当然褒められたものではない。
けれど修兵は、周りの目も批判も顧みず仲間の安否をまず一番に考える、そんな露草のことが少しだけ誇らしかった。




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