20

処刑場から降りてみると、瀞霊廷内の有様は想像よりも遥かに悲惨なものだった。
そこらかしこで悲鳴と火の手があがり、おそらく斬魄刀が使い物にならない死神たちが実体化した斬魄刀から逃げ惑っている。
正直なところ部下以外を構っていられない露草は他は見向きもせずに真っ直ぐ九番隊隊舎へ走った。

「…よし!」

集団で戦う訓練を徹底していただけはある。
露草は九番隊隊士たちが普段から編成している班ごとに固まって、きちんと統率の元に移動している様を上空から確認し、満足気に頷いた。

「修兵はこのまま一、二、三班と合流して。私は四、五班と合流する。」
「その後は!どこで落ち合う!?」
「全員で集まっても身動きが取れなくなる。とりあえずは二手に別れて逃げよう。」
「は?けど…!」
「斬魄刀が使えない今、まともな戦闘手段は白打と鬼道しかない。けど残念ながら私は鬼道が得意じゃない。守りきるには二班が限界だと思う。…だからごめん、修兵。みんなをお願い。」

修兵はぐっと言葉に詰まった。
仲間の死を極端に恐れる露草が導き出した最善がそれなのだ。
本当は露草本人が心配で仕方ないが、そんなこと言えるはずもない。

「…わかった。…死ぬなよ。」
「そっちもね。」

こんな時に傍にいられないなんて。こんな声掛けしかできないなんて。
自分たちの立場を恨むしかない。
唇を噛み締め心を律し、修兵はそのまますぐ足元の班員たちと合流した。
そして露草はここにはいない四班と五班のメンバーを探すためその場を離れる。どれだけ不利な状況であれ、隊士達が隊長副隊長の指示を待たずに九番隊の警備区画から逃げ出すとは思えない。遠くない場所にはいるはずだ。

露草が想定した通り、実体化した斬魄刀の数はあの時あの場に集められた隊長格達の人数よりも遥かに多い。
どういう目的なのかわからないが彼らは手当り次第に建物を壊し、周囲の死神に攻撃を仕掛けていた。
そしてこれが不思議なのだが、実体化した斬魄刀達の手にはなぜか刀の姿の斬魄刀が握られている。それで攻撃をする彼らはそのまま斬魄刀の力が使えるようである。
自分の力なんだから使えて当たり前といえば当たり前だが、結局刀を媒体にするところは死神と同じなのが変な感じだった。
死神が修行の先にたどり着く、斬魄刀の具象化とは似ているようでまた違う。斬魄刀の魂に人の器を与えられている、と考えるのが近いかもしれない。

正直怖い。
暴走する赤花と出会った時、斬魄刀の力もなしにどう立ち向かえばいいのか。露草には想像もつかなかった。
暴れてくれるな誰も襲ってくれるな殺してくれるな。今はただそう願うしかない。

それからすぐに露草は隊士達を見つけた。
やはり九番隊の警備区画内で、暴れる斬魄刀相手に果敢に戦っている。
露草はそれと合流するのと同時に、隊士達に襲いかかるその斬魄刀の横っ面を思い切り殴り飛ばした。通じてよかった。鬼道よりはまだ白打の方が得意である。

「遅くなってごめん!みんな無事!?」
「蒼井隊長…!」
「元気!?」
「元気です!」

いつもの調子の露草に、隊士達からは安堵の笑みがこぼれた。

「みんな気づいてると思うけど、今は隊長格含めて全員の斬魄刀の力が使えない。もう瀞霊廷を守るとかそんな次元じゃないから、九番隊は区画警備を放棄します!責任は後で私がとるので!」
「え!?は、はい!」
「ここは…四班か、とりあえず今からは五班と合流次第、全力で逃げる!生きることだけ考えろ!…返事!」
「「「はい!!」」」

隊士達の返事を聞き届けた後、先程ぶん殴った斬魄刀が起きてきたので所謂ヘッドロックを仕掛けて落とした。
たくましくもめずらしい隊長の姿に隊士達は思わず惚れ惚れする。
さすが俺たちの隊長!鬼道も使わず腕っぷしだけでそんなよくわからん敵をのしちまうなんて!

「誰かこいつのこと縛道で捕縛しといて。」
「はい!」

相変わらず鬼道が得意じゃないところも痺れるぜ!
九番隊隊士たちはすっかり露草に対して盲目だった。

実際のところ露草は斬魄刀の首を切り落とそうかとも思っていたのだが、そしたらこの斬魄刀はどうなってしまうんだ?と不安になったためできなかった。
もちろんそんな悠長なことを言っていられない状況になれば躊躇いなく斬るが…恨みをかわずに済むならそれに越したことはない。

その後も露草は隊士達と九番隊の警備対象である貴族達を回収しつつ、基本的に敵は回避、避けられなければ拳で撃退の方針で逃げ回った。
おそらく実体化した斬魄刀の強さは使い手である死神の強さに比例する。隊長格の斬魄刀にさえ出会わなければなんとかなった。
逃げるしか術がないので今のところじり貧だが、何も今の状況が永遠に続くわけではないはずだという見通しはある。
村正と言ったあの男は死神の皆殺しを掲げていたわけではない。斬魄刀が死神を支配すると言っていた。
ならば必ずどこかに交渉のタイミングがあるはずだ。さすがにその時には他の斬魄刀たちも退くだろう。もちろんそれがいつかなんてのはわからないが…そればかりは耐えるしかない。

露草は隊士達を率いて走りながら、文字通り降りかかる火の粉を払う。
思わず舌打ちが漏れる。こんな炎なんて、赤花の力さえあれば簡単に消せるのに。
そんな現実逃避にも近いことを考えていたからだろうか。足元への注意が疎かになり、露草は何かに躓いた。

「うわっ」
「隊長!大丈夫ですか!」

転ぶほどではなかったが少し体勢を崩した。
心配して駆け寄ってくる大袈裟な隊士を諌めながら、自分が何に躓いたのか確認しようと振り返った。

「………っ!」

それを見た途端、露草の顔が青ざめた。
露草が躓いたのはそこに倒れる死神の腕だった。
それだけならまだ…もちろん決して気持ちのいいものではないが、正直そこまで気にならない。何せ今や瀞霊廷には、怪我人だか死人だかわからない死神達がそこら中に転がっている。

しかしひと目でわかる。露草が躓いたのは間違いなく死体だった。
さらに言うとそれは、体内から血を絞り取った末にできた死体だった。
月明かりと火事の炎による明かりという乏しい光源しかない中でもわかるのだ。その死体にこれといった損傷がないのに、全身に血の気がないことが。

間違いない。こんなことができるのは赤花しかいない。
露草はぎりりと奥歯を噛み締めた。
悲しいことに露草の祈りは通じなかったらしい。
なんで。どうして。赤花が死神に反旗を翻してまでこんなことをする理由が、露草にはまったく思い浮かばない。

「隊長、どうかしましたか…?」
「…なんでもない。行こう。」

この一件から心が乱れたのだろう。
ここから斬魄刀と遭遇する程に露草の体には傷が増え、長い夜を終えて斬魄刀達が突如姿を消す頃には、露草の体は全身ぼろぼろだった。

「隊長、救護詰所へ向かいましょう!」
「いや、まずは一、二、三班と合流する。全員の安否確認が先だ。」
「安心しろ!全員無事だ!」
「!っ修兵…!」

探し始めた矢先に合流できたのはよかったが、無事でよかったと笑い合うにはどう見ても露草のダメージが大きい。
修兵は険しい顔で眉間に皺を寄せたが、さすがに拳と峰打ちで立ち回ってた露草とは違ってそこそこに鬼道もできる修兵は傍目には大きな怪我もなく見え、露草の方は胸をなでおろした。
隊士達も、怪我人こそいるが全員生きている。
この多くの死者を出した悲惨な戦火の中、なんと九番隊は誰一人失うことなく生還したのだ。護廷隊全体で見ればこれはとんでもない快挙であった。
しかしこれを九番隊が称えられるのはまた後の話。
今はただただ全員で互いの無事を喜んだ。

それからは警備隊と救護詰所へ向かう者で別れたのだが、なんと修兵は「蒼井隊長が一番重傷だ。先に行く。」と露草を横抱きに抱えて建物の屋根伝いに走り出してしまった。
怪我をした隊士は他にもいたというのに、それを置いて真っ先に自分が救護されに向かう隊長がどこにいるというのか。
露草はしばし反抗したが、「一番重傷なのは事実だろ。」と睨まれてしまった。

「過保護。」
「どっちが。いくらなんでも部下の盾になり過ぎだ。」
「仕方ないじゃん。」
「仕方なくねぇ。…お前一人の体だと思うなよ。」

思いもしなかった言葉に露草は面食らった。
いつの間にか私の体は、私一人のものじゃなくなっていたのか。
でもそれ妊婦さんとかに言うやつじゃね?と思ったのは空気を読んで飲み込んだ。

「…ごめん。」
「わかればいい。」

露草は修兵の胸に頬を擦り寄せた。
場違いだとわかっている。不謹慎だとわかっている。けれどどうしても、今のこの幸福に浸らずにはいられなかった。
この腕の中から出たら、また隊長蒼井露草として立ち上がるから。
今度こそ私の斬魄刀の被害者なんて出さないようにするから。

だから、今だけは。





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