15

卯ノ花隊長のところへ取材に行ってきたと告げると、露草は若干顔をしかめこそしたものの「そう」と答えたきり苦言を呈することはなかった。
卯ノ花隊長から語られる話が決していい話ではないことは本人が一番わかっているだろうに、言い訳をする様子も誤魔化す様子もない。

「明日は浮竹隊長のところに行こうと思ってるけど…その…いいか?」
「散々止めた時には聞かなかったのに、今更聞くの?もういいよ、好きにすれば」

突き放すような言い方ではなく、露草は呆れた笑みを浮かべていた。

「最終的に記事にできる話かどうかは選んでほしいけど、修兵がみんなから話を聞く分にはかまわないよ。もう隠し事をする気は無いし、人生で一番恥ずかしい場面にはとっくに立ち会われ済みだしね」

修兵はほっと肩を撫で下ろした。嫌味のひとつでも言われるかと思ったが、もう諦めの境地なのか本人はあっけらかんとしている。

「修兵の恥ずかしいエピソードは、また檜佐木修兵特集の時に私がしっかり取材して回るからね」
「お、おう…」

怒る気はないが、仕返しはしっかりするらしい。

「ていうか、烈姉さんに話聞いて何を気まずくなってるのか知らないけど…私はあの時四番隊に行けてよかったと思ってるよ」
「そうなのか…?」
「斬魄刀が鬼道系なのに鬼道がへたくそじゃお話になんないしね。治癒の鬼道こそ上達はしなかったものの、その他の面においてはあの時間があったから今があると思う」

それを聞いて修兵は多少なりとも安堵した。
今だからこそ言えることではあるかもしれないが、露草が過去を前向きに捉えられていることがうれしい。

「そりゃあ姉さんはスパルタで怖かったけど、それでも…私が周りから期待はずれ、役立たずって陰口を叩かれるようになったら、そっと浮竹兄さんのところへ送り出してくれた。やさしい人なんだよ」
「!…そういうことか…」

卯ノ花自身から聞いた話とは随分印象が違った。
食えない人だな。修兵は小さく微笑み、過去の傷を慰めるかのようにぽんぽんと彼女の頭を撫でるのだった。



◇◇◇



「蒼井露草特集かーそりゃあいい!その号は鑑賞用と保管用と布教用の三冊はもらわないとな!」

修兵が十三番隊隊首室へ取材に訪れると、浮竹もまた卯ノ花と同様楽しそうにカラリと笑っていた。

「露草がかつて四番隊を辞めた後、次に配属されたのが十三番隊だと聞いたんですが…」
「ああ、そうだ。うちの十五席として迎え入れたんだ」
「十五席?大抜擢じゃないですか」

四番隊をクビになった死神の扱いにしては破格の待遇に思える。

「そうでもないさ。実力を思えばもっと上の席次でもよかった。だが、やはりまだ精神的な面で言うと年相応に幼かったからな…まぁ十五席ぐらいが妥当かと判断したんだが…」

当時を思い出してか、「ぷ」と浮竹は何やら堪えきれない笑いを吹き出した。

「露草のやつ、そりゃあもうぷんぷん怒りまくってな。『みんな私のこと天才だとか逸材だとか散々もてはやしてきたくせに、院を卒業した途端しょっぱい扱いしかしてくれなくなった!』って言って」
「あーなるほど…反抗期ですね」
「そうそう!四番隊でいじめ抜かれた分のストレスがうちで爆発したのか、あの頃は荒れた荒れた!」

まずい。修兵は直感した。
ここにもおそらく露草のサクセスストーリーは存在しない。ここは第二の黒歴史の予感がする。

「そんなことぐらいで怒るようだからまだ十五席なんだぞ、なんて言った日には一日中刀を持って追いかけられたよ。あともう少し血を抜かれたら死んでたかもしれないなぁ」
「めちゃくちゃやべーことやらかしてんじゃないですか!投獄もんですよ!」
「はたから見たらそうかもしれないな。けど幼ない頃からずっと不自由に生きてきたあの子を見てきたから、そうやってのびのびとしている彼女が見られるようになったのが俺にとっては嬉しいものだったよ」

殺されかけたというのに、懐の深い男だと思った。
それと同時に疑問が湧く。

「不自由に生きてきたってのは、どういう…?」
「ずーっとその才能に期待されて、将来の隊長候補として育てられてきたからな。あの子も自分の人生はそういうもんだと思って、文句のひとつも言わず、粛々とただ命じられたことをこなす日々だったのさ」
「………」
「それが四番隊で挫折を味わった結果、自分なんてこんなもんだと感じてしまったんだろうな。それならもういっかと言わんばかりに開き直って、怒るのに疲れた頃にはひたすらのんべんだらりの生活をしていたよ」
「じ、十五席が…!?」
「ああ、おもしろいだろう!」

はははと大きな口を開けて浮竹は笑っていたが、修兵はとてもじゃないが笑えねーよと口元が引きつった。
泣いて怒ったあとにはのんべんだらり。そこから本当に今の露草に繋がるのかと信じ難い気持ちである。

「えっと…それがなんで現世任務なんかに…」
「現世行きを命じたのは俺じゃないさ。その頃にはもう露草は異動していたしな」
「え!?また配属替えですか?」
「ああ。露草があまりにも働かないもんだから、他の隊士達から苦情が殺到してしまって…まぁ、仕方なく、な…」

は?
またクビになってんじゃねぇか!!!

「あんたはあんたでなんでそんなことになるまでほっといたんですか!のびのびさせすぎでしょう!」
「いやまぁ、遊びたい菓子が食いたいって言う子どもに、無理に労働を強いるのも違うだろうと思ってしまってな…」
「…!正論…!」
「だろう!?」

くそ、こればかりは一理ある。
にしてもこの取材は露草のルーツがよくわかる。
自由人なのも、根っこはまじめなのも、すべてはこの頃の環境によってもたらされたものだったのか。

「だが、結論として俺は間違ってたんだ。あの子は死神になることを定められた子なんだから、一般的な子どものように扱うべきではなかった。ここを辞めても次に行かされるだけだ。それならまだ俺の管理下にある方が、俺が守ってやれたのに…」
「…その次ってのは?どこですか?」
「一度は二番隊になりかけたんだが、京楽が上手く言いくるめて自分の隊に連れていったよ」

八番隊か。
修兵の次の取材先が決まった。
それから再び十三番隊での露草についても深掘ってみたものの、予感していた通りロクなエピソードはなく、到底記事には出来そうにない不祥事の数々を浮竹の思い出し笑い付きで教わっただけに終わった。

「いい記事にしてくれよ!」

いい記事になりそうもない話しかないのに、卯ノ花同様やはりこの男もそう言った。
彼らは願っているのかもしれない。
自分たちが彼女を手放したその先に、彼女の幸せがあることを。

「こんなこと俺が言うのもなんですけど…一概に、当時の浮竹隊長が間違ってたとは言えないんじゃないですかね」
「え?」
「それまで不自由だった分ここでたくさん遊んで、大好きな甘いおやつをいっぱい食べて、露草はたぶん…幸せだったと思います。だから今でも、浮竹隊長を慕ってるんでしょう」

浮竹は驚きに目を丸くした。

「…ああ、ありがとう。そうだといいな」

眉を寄せて笑った彼の目尻には、ほんのわずかだがきらりと光るものが見えていた。
その後、帰りには「露草と二人で食べてくれ」と大量の菓子の手土産をいただく修兵だった。


| top |


- ナノ -