13

「修兵、お昼行こー」

いつものように露草が副官室の修兵に声をかける。
いつもと同じ食堂に行くつもりだった。
けれど修兵はいつもと違って、部屋からは出ないままちょいちょいと露草に手招きをした。

「どうしたの?」

首を傾げながら戸を閉めた露草が修兵に近づく。すると修兵は机の下から引っ張り出した、小ぶりな曲げわっぱを露草に差し出した。

「え、これ…お弁当!?」
「ああ。今日は一緒にそれ食わね?」
「いいのー!?すごーい、うれしい!ありがとう!」

驚きつつも笑顔でそれを受け取り、露草はいそいそと壁際のソファに腰掛けた。

「いただきまーす!」
「ほい」

修兵から割り箸を受け取り、わっぱの蓋をとると露草はきらきらした目で手の中の手作り弁当を見つめる。
とてもあの無骨な手で作ったとは思えない、色も華やかでウインナーはタコさんで、卵焼きはハートになったかわいらしい弁当だった。
食べるのがもったいない。そうは思いつつも卵焼きを口へ運ぶ。露草好みの甘い味が広がった。

その幸せそうな露草の表情に満足気に修兵は微笑む。
しかしいかんいかんと気を取り直し、自分の分の弁当は机の上に置いたまま姿勢を正した。

「露草、一つ謝っておくことがある」
「へ?」

ハート型のハンバーグを口に入れた直後だった。
もぐもぐもぐもぐ。せっかくハンバーグは美味しいのに嫌な予感しかしない。
…まさかこの弁当、その謝罪とやらを誤魔化すための賄賂か!?どおりでめずらしいことするなと思った!素直に喜んだのに裏があるなんてひどいじゃないか!
たまらず豆ご飯を一口頬張る。
もぐもぐもぐもぐ。く、どれ食べても美味しいからもうこれは仕方ない。

「いいよ、許す!」
「…いや、いいからちゃんと聞けって」

手作り弁当に多少なりとも罪滅ぼしの気持ちがあったのは事実だが、ここまで効果てきめんだとは修兵も思わなかった。

「ここ最近、露草がいつもどこに出かけてるのか気になって、後をつけてたんだ。気づいてたか?」
「は?いや…」
「…わるかった」

腹を括った修兵がまず決めていたのは謝罪をすることだった。
聞きたいことがたくさんあるがそれをするのはまず自分の行為を許してもらってからだ。

「え、えーと…うん、そっかぁ」

露草はなんとも言えない表情で弁当を食べ続けていた。
別に尾行に関して怒りの感情はなかった。気づけなかったのが悔しいというのはある。
けどやっぱり黙ってたのはよくなかったな、というのが率直な感想だった。

「許すって言ったしいいよ。私こそずっとなんにも言わずにごめんね」
「え…」

修兵からすると露草の反応は意外だった。
恋人同士とはいえそんな勝手にプライベートを暴くような真似、本来はよくないことだともちろんわかっていた。だからこそ言えずにここまでずるずる引き摺った。
けれど露草はそこまで意に介した風ではなく、むしろ身構えた程のことじゃなくてよかったと言わんばかりの様子で、修兵は少し肩透かしを食らったような気持ちがした。

「恥ずかしいからバレたくなかったんだけど…仕方ないか、どう考えても私不自然だったもんね。ごめんごめん。」
「恥ずかしい…?」
「うん。だってなんか今更…必死かよって感じじゃん?修兵には笑われそうだと思ったし」

そう言う露草の苦笑いを見ても、修兵にはなんのことだと疑問が募るばかりだった。
そんな修兵の様子を察したのだろう、露草は「え?」と瞬きをする。

「修兵、私のことつけて私が毎日何してるのか見てたんだよね?」
「いや…近づいたらバレると思って、遠くからどこに行くのか眺めてただけで、何をしてたのかまではわかってない」
「あ…なんだ、そういうこと?」

だから尾行なんて言わなきゃバレなかったものを、わざわざ謝ってきたのかと露草の中でも合点がいった。

「別にやましいことしてたわけじゃないよ。習い事に行ってただけ。」
「習い事?」
「そう」

聞き慣れない言葉に今度は修兵が目を瞬かせる。
露草はもう完全に開き直って、いつもの調子でタコさんウインナーを口へ放り込んだ。

「朽木邸に行ったのは?」
「白哉くんに書道を習ってました」
「穿界門の向こうへ行ったのは?」
「黒崎家でゆずちゃんに料理を、雨竜くんに裁縫を習ってました」
「四番隊は?」
「烈姉さんに華道を習ってました」
「一番隊は?」
「じじいに茶道を習ってました…」

“きれいになりましたよね”
“所作とかに出るんじゃないですか”

あれはこういうことか。
修兵の中でもついに合点がいった。

「なんで急にそんなこと…」
「だって…修兵にフラれないようにめちゃくちゃ魅力的な女になるって決めたし…」
「は…?」

なぜ今のこのラブラブ関係で露草が振られることを危惧したのかはわからないが、露草が自分のことを思って努力していたのだということは修兵にもわかった。
にしても極端じゃないか?そんな毎日毎日習い事つめこんで、俺のことはほったらかしじゃあ本末転倒じゃないのか?
修兵は片手で顔を覆って天を仰いだ。
露草はこういう突飛なところがたまにあるが、今回のこれは文句をつけていいところなのかがわからない。

「そんな一気にがんばらなくても…ちょっとずつじゃだめなのか…?」

なんとか先程の気持ちを最大限のオブラートに包み込んだ。
笑うなんてとんでもない、露草が本当にがんばりたいと思うことなら応援したい。
けれどそうは言っても、このまま置いてけぼりが続くのは結構きつい。

「だって、修兵が一緒に住もうとか言うから…!付け焼き刃でも…最低限の女子力とか家庭力とか、それまでに身につけないとと思って…」

俺が蒔いた種だったかー!

修兵は今度は両手で顔を覆って項垂れた。
まさか同棲の話を保留にされたのはこのせいか?女子力やら家庭力やらを身につけるまで待てって話か?
なーんもわかってねぇ、こいつは何もわかってねぇ。

「あのなぁ…そもそも俺が一緒に住もうっつったのは、俺が世話することでお前にまともな生活をさせてやりたいと思ったからだ。それなのに、お前がそのせいで心身削って努力してるようじゃ…」
「そんなこと言ったって、私は修兵にお世話されたいなんて思ってないし!」
「ああ?」
「修兵の気持ちはうれしいけど…一方的に甘えるばかりでいると私は不安になるから…そうじゃなくて、お互いに支え合えるような関係になりたいよ。」
「露草…」
「というか単純に自信がほしいの!一緒に暮らしたとしても修兵にフラれない自信!」
「…いや、うん、話はわかったけど…そもそもさっきからなんで露草は振られる心配ばっかりしてんだ?別にお前の生活がどんだけだらしなかろうとお前が全然家事をしなかろうと俺はお前を振ったりしねぇよ」
「そんなのわかんないよ、修兵モテるし…!」
「なんだそれ。そんなこと言い出したらお前だってつい最近御影に言い寄られたばっかじゃねぇか」
「けど私には修兵だけって決まってるもん!」
「そんなん俺にも露草だけって決まってらぁ!」
「決まってない!」
「はあ!?」
「修兵に人生変えられたくそ重女の私と修兵じゃあ全っ然違う!」

ぷちん。
自分の好意を疑うような彼女の言動に、ついに修兵の中の何かが切れた。

「俺だって毎日毎日退勤後の彼女の後つけて監視した挙句、何やってたんだって問いただすようなくそ重男だろうが!よく考えろ!」

普段そんなに声を荒らげることのない男の思いもよらぬ反論に、露草は驚いて飛び上がった。

「大体俺から言わせればお前のどこがくそ重女だよ!神様みたいとか生涯愛するのは一人だけとか言葉は大層だがそれだけじゃねぇか!お前俺が退勤後何してるかとか考えたことあるか?俺がモテてるの見て妬いたことあるか?他の奴の目に触れないとこに隠して置いときてぇとか思ったことあるか!?」
「な、ないです…」
「そうだろ!お前はなんだかんだ口ばっかりなんだよ!そんなんで重い女語ってんじゃねぇ!」

ひぇ…。
もはや露草は自分が何に対して責められてるのかもわからなくなった。
とりあえず修兵は露草より自分の愛の方が重いと思っているらしい。

「修兵は私の事、他の人の目に触れないとこに隠しときたいの…?」
「ああそうだよ!お前は放っておくとすぐ変な虫がつくしふらふらどっか行くし!こっちは気が気じゃないからな!」
「そんな心配しなくていいのに…」
「お前の普段の行いのせいだろ!大体、俺に振られる心配ばっかりしてるやつがよく言うな!今回のことだって最初から正直に言やぁいいものを変にこそこそしやがって、心配になるに決まってんだろ!」
「ご、ごめんなさい…」

普段から叱られることは数あれど、こんな捲し立てるように怒られることは初めてで、露草はしゅんと肩を落とした。
修兵のために、いや、これからの二人のためにいい女になろうとしただけなのに、少し手順を間違えたばかりにいくつも地雷を踏み抜いてしまったらしい。

「これからは…隠し事はしません…修兵の気持ちも、疑いません…ごめんなさい…」
「…じゃあ今日からうち来るか?」
「それはまた話が違うね!!!」

露草がしおらしいのは一瞬だった。

「修兵が今のところ私を振る気がないのはわかったけど、それでも修兵の世話にはならないし習い事は続けるし、今度は私がお弁当作ってやるし!!」

かっかっかっか、と露草は勢いよく残りの弁当をかき込んだ。

「ごちそうさま!おいしかった!」
「…おう」

修兵は頬杖をついて小さなため息を落とした。
お互い腹を割って話したものの、露草は何も譲る気はなく折衷案もないらしい。
修兵の期待するあまーい恋人生活はまだまだおあずけということだ。反論したいが怒りの毒気も既に抜かれていた。

「ただ…」
「ん?」

露草は弁当箱を置いて立ち上がると、修兵のそばに寄って机の上に置かれた彼の手を控えめにきゅっと握った。

「たしかに詰め込みすぎだったかもしれないから、習い事の頻度は減らす。…急がなくても、修兵は逃げないみたいだし。」

とことん自分に自信のない彼女にも、ちゃんと伝わるものはあったらしい。
修兵はふっと笑うと握られた手を引っ張って、彼女を強く抱きしめた。


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