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「やってあげて。決勝戦。」
「え!?は!?」
「さすが蒼井隊長!話がわかる!」
「審判は私がする。そうと決まれば、さ、並んで」

戸惑う修兵に露草は木刀を差し出した。

「お前、それでいいのか…?」
「これで納得してもらえるなら話が早いしね」
「けど仮にもお前のことが懸かって…」
「億が一にも修兵が負けることなんてないと思って言ってるんだけど…自信ないの?」
「…んなわけねーだろ」

真剣な眼差しで修兵は木刀を受け取った。
それを合図に場が沸き立ち、九番隊はかつてないほどの盛り上がりを見せる。
そんなギャラリーたちの中心で修兵と御影がお互い木刀を手に向かい合った。
二人の間に立つ露草が片手をあげる。

「文句なしの一本勝負ね。互いに礼。構えて…はじめ!」

連戦の後で御影の体力はかなり削られていただろう。
しかし一日中審判を務めた修兵も気力や集中力はかなり削られており、またほとんど動いていない彼は御影と違って体が温まってはいない。
どちらが有利かということはなく、どちらの条件もそう変わらないと露草は思っていた。

けれどやはり地力が違う。御影の力を評価はしているが、所詮三席以下なんて彼女からすればどんぐりの背比べ。だが本人たちにはそれがわからない。
双方を応援する様々な声が飛び交ったが、特に接戦に陥るわけでもなく、特に時間がかかるわけでもなく、御影の木刀が手から弾き飛ばされて、足元にも及ばなかった彼が崩れ落ちるように膝をついて試合は決した。

三席に勝ったことで自信がついたところをいきなりへし折るのも酷だが、この歴然とした差を目の当たりにすれば彼も諦めがつくだろう。
しかし露草のその予想に反し、御影の目にはまだ闘志が燃えていた。

「…次こそは勝ちます!だから、その時は蒼井隊長、今度こそ…!」
「…御影くん。次もその次も、たとえ君が修兵に勝ったとしても、私が君を好きになることはありません」

膝をつく御影に露草が手を差し出す。
御影はその手を取らなかったが、露草は無理やり彼の腕を掴んで立ち上がらせた。

「最初からもっとはっきり言えばよかったね。君の気持ちを侮ってたんだ、ごめん。」

一過性のものだと思っていた。すぐに飽きるだろうと思っていた。自分があんな一瞬の出来事だけで、三十年以上も片思いしていたことを棚に上げて。

「私ね、君以外に好きな人がいるの」
「………」
「そして生涯、愛するのはその人だけって決まってるの」

“その人”を名言はしないがそれが誰かなんて全隊員が知っている。
らしくない公開告白に黄色い悲鳴が上がった。

「強い人は確かに好きだよ。けどその人を思う気持ちにその人が強いか弱いかは関係ない。ただその人がその人であるだけで愛しいと思う…この気持ちは一生変わらない。」

露草は照れもせず真っ直ぐに御影を見ていた。
その背後では熱烈な愛の言葉に修兵が顔を真っ赤にしている。普段照れてばかりなのは彼女の方なのに、今すぐここから立ち去りたいほど恥ずかしいのは彼の方だった。

「だから君が私に執着して時間を使うのはもったいないよ。せっかく強くなったんだ。これからできることはたくさんある。…準優勝おめでとう。」

小さく微笑んだ露草を御影は涙目で眺めていた。

「…先のことなんてわからないですから。俺が隊長より強くなった時はまた考えてみてください。」
「あー…それは何百年かかるんだろうね。きっとそれまでに、君の前には私なんかよりもっといい人がたくさん現れるよ。」

たしかにどれだけかかるんだろうなぁと、修行をつけてくれていた露草の姿を思い浮かべて御影は苦笑いをした。
そんな彼を包み込むような大きな拍手のもと、九番隊勝ち抜き戦は幕を閉じる。
なおそれから数日後、御影は無事第四席の席次を与えられた。



◇◇◇



「おい露草、打ち上げ行かねーのか?」

勝ち抜き戦終わりには、隊員全員で打ち上げに行くのが恒例だった。
しかし執務室から出る気配のない露草に、修兵は不安げに尋ねる。

「私が行くと、せっかく準優勝した御影くんが気まずくなっちゃうかもしれないしね。今日はやめとくよ。」
「…そっか。じゃあ俺もやーめた」

修兵は身を投げるようにしてソファに座り込んだ。

「え?優勝者は行かないとダメでしょ」
「優勝って…俺のはおまけみたいなもんで、優勝はあくまで御影だろ。準優勝扱いしてやるなよ、さすがに可哀想だ」
「別に間違ってないじゃん。てかぼこぼこにするって言ってたぐらいなのに、妙にやさしいし」

怪我のひとつも負わせないどころか今もかばうなんて、ぼこぼこ発言からは考えられない生ぬるさだ。

「あー…まぁそりゃ、同情もするだろ」
「同情?」
「惚れた女があんなに他の男に首ったけなんてさ」

同情すると言いながら、修兵は鼻の下をこすりながらにやにやしていた。要は露草の愛の言葉に調子に乗っているんだろう。
露草は口をへの字に曲げた。

「喜ぶところじゃないよ…本当は隊士達の前であんなこと言いたくなかったのに…」

大きなため息をついてうなだれた。
あれは御影の誠意に応えるには必要な事だと思った。彼の気持ちを蔑ろにしてきたツケだということはわかっている…が、隊長がこんな恋愛脳だと知った隊士達の士気が下がらないか心配だ。

「言っちまったもんはもうなかったことにはできねーんだし今更頭抱えたって仕方ないだろ」
「そうだけどー…ハァ」
「おいおい…そんなに落ち込むなよ。俺はうれしかったのに」
「…ごめん」

デスクに座る露草にちょいちょいと修兵は手招きをする。
露草は素直に立ち上がるとそのまま修兵の隣に腰掛けた。
そんな彼女の肩を修兵はそっと抱き寄せる。

「いいじゃねーか、堂々と公認カップルやってたって。隊士達にとっても、隊長と副隊長の仲がいいのはいいことだろ」
「それは…そうなのかな」
「まぁもしそれが別れたりしたら目も当てられねぇけど…そんな心配はないんだろ?露草が生涯愛するのは俺だけって決まってんだから」

にやにやと話を蒸し返された露草が頬を朱に染める。
修兵はその頬にちゅっと小さなキスを落とした。

「んな!」

距離をとろうとした露草だか、肩はがっしりつかまれて、その上まだ修兵の顔は近づいてくる。
露草はぐいとその顎を押し返した。

「なんだよ、もう仕事は終わってるだろ」
「前に一度許したからって調子に乗ってるでしょ…!ここでそーゆーことは…」
「今日はもう隊舎には誰も残ってねーよ」
「そういうことじゃない!」
「いいじゃねーか…絶対負けらんねー戦いに勝ったんだから、何かご褒美くれよ」

そう言うと無言で飴玉を口の中に押し込まれた。

修兵はじっとりと露草をねめつけながら数回口の中でそれを転がす。
そして素早く露草の後頭部に手を回して口付けをし、ほんの少し小さくなった飴玉を彼女の口の中に押し込んだ。

「んん!」

露草は飴玉を飲み込んでしまわないように咄嗟に舌で迎えたが、その舌を修兵に絡め取られ、二人の舌の間で飴玉が転るハメになった。
じんわりと甘いりんごの味が口内に広がるのと同時に、その味に似つかわしくない甘い痺れが背中を駆ける。
修兵の吐息からも甘ったるいりんごの香りがしてくらくらした。

「これは返すから別のがいい」

そう言って修兵が顔を離した時、もう飴玉は溶けてほとんど残っていなかった。
返すも何ももうないだろと言い返したいがその気力もないぐらい息も絶え絶えな露草。しかしソファに押し倒されそうになるのにはなんとか抵抗する。

「じ、じゃあ二人だけで打ち上げ行こ」

両肩を押してくる修兵に全力で抵抗しつつ露草がそう絞り出すと、彼の表情がぱあっと明るくなった。
さすがに我慢をさせ過ぎていたらしいと彼女も察した。

「まじで!?うち来るか?」
「今日は居酒屋」
「…へーい」

大いに不満そうではあるが、それでも久しぶりのデートに喜んではいるみたいだった。
露草はさっさと立ち上がって修兵の手を握る。

「修兵、勝ってくれてありがとうね」
「当たり前だろ」

今夜の隊舎には誰もいない。
この手はまだまだ離す必要は無さそうだ。


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