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瀞霊廷通信の作業期間に入り、再び編集業務を命じられた御影は編集室で黙々と作業に取り組んでいた。
修兵が様子を見ている限り、やはりこの繁忙期にはさすがに彼も露草の元へ向かう様子はない。
空気の読めない阿呆感がすごかったがこういうところは弁えられるんだなと修兵も感心していた。
編集のセンスもなかなかわるくない。

「がんばってるな、御影」

修兵は彼氏としての余裕を持って、広い心であくまで副隊長の立場で彼と接することを心がけていた。
露草を見習って、公私混同はしないと腹を括った。この社内恋愛を上手くやるにはそれしかない。

「はい!蒼井隊長から、自分の責務を全う出来ないやつに修行はつけてやらないって言われてるんで…蒼井隊長との時間を確保するためにもがんばります!…俺、蒼井隊長のこと本気なんで」

こいつ俺が露草の恋人だってわかって言ってんだよな?
真っ向から挑んでくるらしい御影の様子に修兵の顔が引き攣った。
ついでに周りにいたその他の隊士たちも、堂々たる宣戦布告にドン引きしていた。青ざめた長野が御影の頭を机に叩き込む。

「すみません副隊長!こいつただのアホで悪気はないんです!」
「いや…その擁護は無理あるだろ…悪気しかねぇだろ…」

周りもこれには頷いた。

「邪魔すんなよ長野…俺別に変なこと言ってないだろ」
「言ってるよ!お前わかってるんだろ?蒼井隊長は檜佐木副隊長の…」
「なんであれ俺が隊長を思う気持ちに変わりはねーし。別に本人からやめろとか言われたわけでもないんだから、口説こうと何しようと俺の自由じゃん」
「いや自由じゃねぇよ、お前な…」
「いいぜ御影」

社内恋愛に公私混同は言語道断。
ここで御影を引かせることを露草は良しとしないだろう。さすがに怒りはしないだろうが、もったいないとは考えそうだ。
ここで俺がすべきは露草を信じること。

「露草が嫌がらねぇ分には好きにしろ。けど露草との修行をただ鼻の下伸ばすだけの時間にするなよ。ちゃんと強くなれ。」

隊士が強くなれば露草は喜ぶ。露草の喜びは俺の喜びだ。
けどな…

「強くなったお前を俺がそのうちぼこぼこにしてやるから覚悟しろよ。」

実った後ぐらい俺の好きにしたっていいよな。

修兵は御影の気に入らなさげな生意気な目を一瞥し、デスクへ戻る。
この日の編集室には終日、お通夜のような空気が漂っていた。


◇◇◇


「御影くん…四席に昇格させようかと思うんだけどどう?」
「…は?四席?」

露草は隊士達の名簿を見ながら悩んでいた。
基本的に隊長は副隊長以下の人事を自由に決めることが出来る。
席次の決め方については様々な要素はあれど、もっぱら個人の戦闘力によるものが大きい。
四席ということはつまり約200人が集うこの九番隊で、御影が四番目に強いということを表すことになる。
今までただの平隊士だったことを考えると大出世だ。

「四席が未だに空席だから、そいつで埋めときゃいいかってなってるわけじゃねぇよな?」
「うーん…実力的には三席でもいいんだけど、いざと言う時のリーダーとしてはまだ精神的に未熟かなと思うんだよね。だから四か五が順当かなって…」

あんなやつ一生平隊士でいいのに。
修兵は心の中で愚痴った。駐在任務に向かう前の御影の実力しか知らない修兵には、到底彼に三席に届くような実力があるとも思えない。

「うーん、いや、どうなんだろ…内面的なこと言い出すともっと下になるか。あほだし。けどなー…天満くんのこともあったし、実力に見合わない席次に置いとくのって怖いんだよね…」

露草は四席ながらに既に卍解を会得していた彼を思い出していた。

「まぁ…もうすぐ例の試合だし、それで隊士全体の実力を見てからでもいいんじゃねぇか」
「あ、なるほど。それもそっか」

例の試合というのは隊士達の技術向上のため、また彼らの昇格の参考にするために定期的に開催される、九番隊総員による剣術勝ち抜き戦のことである。
これは露草が隊長に就任する前から続いている恒例行事だった。
たしかに今御影に修行をつけている真っ只中の露草の視点は偏っているかもしれないし、公平な目で見るいい機会だろう。

「トーナメント表作らなきゃか。私と修兵って参加してもいいんだっけ?」
「俺もお前も見学。俺らに当たる隊士が不憫だろ」
「そっかーつまんないね」

ていうかそれどう考えても最終的に俺VS露草になるしそんなの勝ちたくも負けたくもねーし。

「…御影の実力が三席クラスだって言うなら、優勝候補はあいつか?」
「うーん、そうだねーいい線行くと思うよ」

それは俺よりも上にいくと思うか?
そう聞こうとしてやめた。あいつをぼこぼこにする日がいつかはわからないが、事前リサーチなんてフェアではない気がした。

「…丁度いいし、その試合を御影くんの修行の区切りにしようかな」
「ほんとか!?」
「うん。相当嫌がるだろうけど…いつまでも彼一人に付きっきりってわけにもいかないし」
「そうだな、それがいい!」
「卍解できるようになるまで付き合おうかと思ってたけど…よく考えたらそれなら彼より先に修兵の方を育てなきゃだしね」
「!」

なるほど、まったくもってわるくない。
露草は若干皮肉を込めたつもりだったが、修兵はそんなことには気付かず彼女の特別レッスンに期待で胸いっぱいだった。


それから数日後、修練場にて例の九番隊勝ち抜き戦が開催された。
隊士達からすれば今後の席次、並びに給料に影響を及ぼすかもしれない大事な査定の一つである。
皆一同に真剣な表情で闘志を燃やしていたが、そこに何やら場違いな声を上げる男が一人。

「蒼井隊長!俺が優勝しますから!そしたらデートしてください!」
「しません」

観覧席の露草に向かって、それはそれで真剣な表情の御影が叫ぶ。
露草は笑顔で食い気味にその申し込みを断った。

「なんでですか!もう修行も見てくれないとか言うし、デートもしてくれないならどうやって隊長に近づいたらいいんですか!」
「修行はもう十分付き合ったでしょ…どうしても見て欲しいなら、また手空いてる時にたまになら見てあげるから」
「そんなのいやです!じゃあ優勝したら隊長補佐としてそばに置いてください!」
「副隊長がいるからいらないよ」
「じゃあ彼氏にしてください!」
「あのねー…」
「強い男が好きなんですよね!?俺勝ちますから!見ててください!」
「あ、ちょ…!」

呆れる露草を残して御影は言い逃げた。
審判の修兵のこめかみがストレスによってぴくぴくと痙攣し、霊圧は禍々しい荒ぶりを見せる。
隊の平穏のためにもあいつだけは潰さなければならない。隊士達はそう密かに意気込んだ。

しかしそんな隊士達の思いも虚しく御影は順調に勝ち進んだ。
平隊士の彼では考えられない大躍進に、修兵も露草から話は聞いていたものの素直に驚いた。
どこまでが駐在任務による成長でどこからが露草との修行によるものかわからないが、彼女の思惑自体は大成功と言えそうだ。
もう今後二度と使ってほしくない育成方法ではあるが。

そして一日がかりの勝ち抜き戦はついに第三席と平隊士御影の決勝戦を迎える。
皆が心の中で三席を応援していた。
しかし結果は、辛くも御影が勝利をおさめることとなった。

「ぃよっしゃああああ!蒼井隊長!隊長隊長隊長勝ちました!俺が勝ちました!」
「見てたよ見てた。おめでとう御影くん」

勝敗が決した瞬間、汗だくで晴れやかな笑顔を向けてくる御影に苦笑しながら露草は拍手を送った。
彼ならできるかもしれないとは思っていたが、実際この結果が出ると驚かされる。

「蒼井隊長!好きです!付き合ってください!」
「…ごめんね。それはできないよ。」

別に勝てば付き合ってやるなどと約束したわけではないが、今になってこの返答も少しずるい気がして良心が痛んだ。

「…そっか、まだあと一人いますもんね」
「は?」
「檜佐木副隊長!俺と本当の決勝戦しましょう!」
「はあ!?」

当の彼氏でありながら蚊帳の外であった修兵にいきなり白羽の矢が立ち、その場の全員が目を貧剥いた。
もうペアでもなんでもないはずなのに長野の胃に刺すような痛みが走る。

「御影くん…それはいくらなんでも…」
「副隊長、俺のことぼこぼこにするんですよね?いいですよ、今ここでしましょう!蒼井隊長の真の恋人の座をかけて!」

なんとも阿呆丸出しの台詞だが隊士達の一部は胸が熱くなった。軟派な野郎だと思ってたが、あいつ…なかなか漢になったじゃねぇか。ふっ。

露草はというとぼこぼこにするってなんのことだと修兵を驚きの目で睨んでいた。
あんなに理解のある俺のフリをしていたくせに裏ではいじめでもしてたのか?
とでも言いたげな目に修兵はぶんぶんと首を横に振った。

「逃げるんですか、檜佐木副隊長」
「あのなぁ、お前そんな無意味なこと…」
「無意味ってなんですか!どっちが勝つかなんてわかんないっしょ!」

いろんな要素が孕めばさすがに難しいだろうが、今回は純粋な剣術勝負だ。確かに副隊長相手と言えど、この御影の躍進ぶりなら勝負はわからないかもしれない。
と、外野は密かにその試合を期待した。
が、呆れ顔の修兵にはどうやらその気はないらしい。
ぼこぼこにしてやりたい気持ちに変わりはないが…

「ぼこぼこにされてーならしてやってもいいが、恋人の座をかけるってのはできない」
「勝てばいい話じゃないですか」
「そういうことじゃねぇ。勝手に賭けんなよ。物じゃねーんだから」

というか隊士総勢の前で俺たちはなんて話をしてるんだ。
露草と俺が恋仲なのは隊内では暗黙の了解として知れ渡っているが、だからってこんなに暗黙の了解飛び越えて堂々とカップルしすぎてるとそのうち露草がキレる。
ちらりと露草を見ると案の定こめかみを手で押えて頭の痛そうな顔をしていた。怖い。

「修兵」
「はい!」

思わず背筋が伸びる。

「やってあげて。決勝戦。」



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