08

案の定、慰労会では御影は露草の隣をキープして動かなかった。
反対側で修兵が、ただでさえ悪い目つきをさらに鋭くして睨んでいてもまるでお構い無しだ。その様子に周りはハラハラしっぱなしで、御影の隣に座る長野なんかは慰労されている気が全くしなかった。
そんな空気をなんとかするためにも露草がうまく御影をあしらうべきだったが、いい感じに酒の入った彼女はあろうことか普通に御影と二人で盛り上がってしまった。

「隊長二軒目行きましょう!」
「よし、行くか!」
「行かせねーよ!!!」

信じ難いことに御影と露草は妙にウマが合うようだった。
最低限の関わりとはなんなのか。修兵は先が思いやられてこの日は酒どころではなかった。

しかしそれから間もなく九番隊は瀞霊廷通信の入稿作業に追われることになり、修兵自身忙しない日々を送るうち、最初に懸念したほど御影のことを気にするようなことはなくなっていた。
むしろ編集作業に精を出す御影に「よくがんばってるな」などと思うほどだった。
御影が露草にまとわりついているような様子もなく、露草の言う通りあれは一過性のものだったのかもしれないとも思うようになった。

「露草、今日久しぶりにうちで飯食わねぇか?」

校了明け翌日の定時、修兵は執務室で書類に向かう露草に声をかけた。
九番隊は瀞霊廷通信の編集期間に入ればとびきり忙しいが、それが終われば定時上がりも難しくない。

「あー…ごめん、今日はまだかかりそうだからまた今度にさせて」
「え?なんかあったのか?手伝えることなら手伝うけど…」
「ううん、大丈夫。ちょっと昼に隊舎空けてた時間があったからその分詰まっちゃっただけ。」

まさか断られるとは思っておらず、修兵は内心盛大に肩を落とした。
手伝うのも終わるのを待つのもやぶさかではないが、それも申し訳ないからと断られてしまった。

まさか家に誘ったからって警戒されてるんじゃないだろうな?
修兵は不安になった。下心がまったくないと言えば嘘になるが、別に下心まみれだったわけでもない。校了明けは飲みに行く隊士も多いから、家の方が人目を気にしなくていいと思ったのだが…
居酒屋だったらもしかしたらおっけーだったかもしれないのか?そう思うと尚へこんだ。

そして翌日はその反省を活かして、居酒屋に誘ってみた。

「ごめん今日もまだ終わんない…レンジくんたちとでも飲んできなよ」

別に酒が飲みたくて言ってるんじゃねぇよ。
修兵はまた肩を落とした。
酒か?酒に警戒してんのか?送り狼の警戒か?
上等だぜ俺は下心だけで動いてるんじゃねぇって見せてやるぜとさらに翌日は甘味処に誘った。

「ごめん今日も…」
「…なぁどうしたんだ?別に仕事が増えたわけでもねぇのに、最近ずっと残業続きじゃねぇか。何かあるなら言えって」
「ううん。なんでもないよ、ありがとう」

常なら愚痴のひとつでもこぼしそうなものを、ただ笑顔をむけてくる露草に修兵は顔をしかめた。

「…俺のこと避けてる?」
「え!?そんなんじゃないよ!ごめん!」

露草は慌てて椅子から立ち上がると修兵の手を取った。
よく見ると彼女のその手にはいくつか絆創膏が貼られている。

「これ…」
「ああ、ちょっとマメが潰れちゃって。鬼道で治してもまた繰り返すだけだからこうしてるの」
「なんで…朝の訓練で?」
「ううん、昼に鍛錬してて。そのせいで仕事が後回しになっちゃって…ごめんね、修兵の誘い断ってばっかりで。落ち着いたら次は私から誘うから、一緒にごはん行こ!」

そう言われてしまえば修兵は頷く他なかった。
普段部下に鍛錬を欠かさないよう強いる彼女は、もちろん自分の鍛錬も欠かさない。
それでも今までは他の仕事をおしてまでと言うよりは、時間の隙を見つけて取り組んでいたように思うが、それは何か心境の変化があったのだろうか。
しかしここ最近は定時上がりして露草とデートすることだけを考えて、自分の鍛錬などそっちのけであった修兵にはそれを聞くことすら気まずい。
ましてやそれで勝手に拗ねていたとあれば目も当てられない。

それから修兵は大人しく露草からの誘いを待った。無論ちゃんと鍛錬にも励んだ。
けれどその健気さも虚しく、数日経っても彼女からの誘いは一向になかった。
もうすぐ次月号の編集期間に入ってしまうんだがと、修兵は不満だった。
大体落ち着いたら誘うからの“落ち着いたら”ってなんだ。今露草の何が落ち着いてないんだ。

デートに誘われないとはいえ普通に仕事中に顔は合わせるし、相変わらず昼ごはんは一緒に食べるし、話す機会などいくらでもあるのだから素直に聞けばいいのだが、さすがに気が引けた。
鍛錬するのがわるいことなわけじゃないし、それより自分を優先しろというのもおかしな話だ。
これだけ顔を合わせてればさすがに寂しいってこともない。
ただやっぱり…恋人らしい時間が一切ないのに、露草はそれを何とも思わないのかと思うと不安になる。

この日の昼食時も、露草はいたっていつも通りだった。いつも通り他愛もない話をして、いつも通り笑って、修兵の不満や不安になんてまるで気づいていない様子。
この様子じゃ今日も誘いはないだろうか。
午後の仕事に向かう気持ちが重かった。

いつも修兵は隊舎裏の修練場で隊士の誰かしらと一緒に鍛錬をするが、今日はなんとなく外に出たい気分で、一人で流魂街の一番近くの草原に向かった。
風は冷たいが天気はよく、日差しが適度に暖かい。
これは外に出て正解かもしれない。そういえば、露草はいつもどこで鍛錬をしているんだろう。
今度聞いてみるかと、そんなことを考えていた。

けれどその必要はなくなった。
目当ての草原に、既に露草がいたのだ。

「そう、昨日より良くなった。けど一歩目の歩幅が小さくなる癖がまだ治ってないよ」
「はい!」

彼女は一人ではなく、御影と一緒だった。
霊圧を探っていたわけじゃないから気づかなかった。

会話から察するに、露草はこれまで一人で鍛錬をしていたのではなく、ずっと御影と一緒だったのだろう。
勝手に一人だと思い込んでいた。自分との時間を奪うのが、自分以外の男だなんて考えもしなかった。

声をかければいいものを、修兵はそのまま踵を返してその場を去った。
わかる。露草は別にやましいことをしているわけではないだろう。いくらあいつとは最低限の関わりだけにしろと俺が言っていたとしても、御影に修行をつけてくれと頼まれたのだとしたら、部下のその誘いを断る露草ではない。俺にそれを伝えなかったのは、一応最低限の関わりにすると言った手前か。
わかる。何もかも想像できる。公私混同をしない彼女らしい。
けど顔を合わせればどちらにもキレる自分が想像できた。

「むずかしいな…社内恋愛って」

この日もやはり露草からの誘いはなかった。


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