07

露草が与えられている家は隊長という身分上、使用人をも住まわせる前提の大層立派な邸宅だ。
一人暮らしではもちろんのこと二人で暮らすにも持て余しすぎるからと、修兵は今の自分の家に露草が移り住むことを提案した。
引越しに伴う露草の荷物といえば布団が一組と茶碗が一つ、あとは最低限の身の回り品のみだ。引っ越しもくそもあったもんではないし今日明日にでも可能な話だった。

しかし露草はその提案を一旦保留にした。
修兵はこれ以上ない名案だと思っていたためその露草の反応には少々落ち込んだが、確かに安易に決める話でもないしと保留の旨を受け止めた。
かくして、二人の間には未解決事案が一つ残ることになる。



「そういえば今日だよね、現世の駐在任務に出てた二人が帰ってくるのって。」
「ああ、そういやそうだな。そろそろ戻ってくる頃じゃねぇか?」

執務室で団欒しつつ書類の整理をしていた露草と修兵は2人揃って壁の時計を見上げる。時計は午前10時を示していた。
約一年の任期についていたその部下たちと露草には面識がない。露草としてはまたあの「こんな隊長の下で働くのかよ」空気にならなければいいが、と少しだけ心配だった。

「失礼します!蒼井隊長、檜佐木副隊長はご在室でしょうか!」

どうやら噂をすれば、任務明けの彼らが丁度戻ってきたようだ。

「はーい、どうぞ〜」
「失礼します!長野並びに御影、任務を終えて現世より帰還いたしました!」
「うん、長いことお疲れ様。しばらくゆっくり休んでね。」

机の前に並んだ若い男性隊士二人に露草は微笑んだ。
よかった、とりあえず「女の隊長なんて認められっかよ。けっ。」みたいな輩ではなさそうで。

「え、ええ!?」

露草がひそかに安心していると、それまで長野の隣でぼーっとしているだけだった御影が突然驚きの声を上げた。

「ど、どうした御影」
「隊長?あなたが蒼井隊長ですか?」
「え…う、うん、そうだけど…」

これはやっぱり「こんな弱そうなやつが!?」パターンあるか…?
露草と、何気に修兵も隣で身構えた。

「まじかー!話に聞いてた以上にめちゃくちゃかわいいじゃん!」
「「……は?」」
「そーゆー子うさぎちゃん顔、超俺好みなんですけど!」
「こ、子うさぎちゃん…顔…」

どういう顔だそれ。露草は激しく困惑した。

「守ってあげたくなる感じの顔ってことです!」
「なる、ほど…」
「あああああ隊長申し訳ありません!こいつ本当にただただアホなんです!無礼をお許しください!」

御影がハツラツとした笑顔を浮かべる中、隣の長野は真っ青になりながら御影の頭を無理やり押さえ込んで共に頭を下げた。
任務中の長野の苦労が目に浮かぶようだ。露草は長野の方だけボーナスはずんであげたいなと思った。

「いいよ、二人とも顔上げて。まぁかわいいと言われて悪い気はしないし。」

苦笑しつつの露草の言葉に長野はほっと息をつき、御影は再び目を輝かせた。

「かわいい上にやさしい!!やばい!隊長って彼氏いますか!?」
「御影ぇ!!!」
「…えーっと…」
「おい、御影…いたらなんだってんだ?」

それまでなるべく静かにことを見守っていた修兵だったがついにブチ切れて拳を握った。
自分のことでもないのに長野は胃に穴があきそうだった。

「いなかったら俺が彼氏に立候補します!いたら…したことないですけど略奪愛も視野に入れます!」
「ほーう…?」

覚悟できてんだろうな。修兵は殺気立った目で肩を回した。
任務に出ていた彼らが露草と修兵の関係を知らないのは当然のことだが、知っていようと知らなかろうと許せる発言ではなかった。
平隊士の分際で隊長を口説くなんて真似よくできたものだ。心の底まで後悔させてやる。

「まぁまぁまぁまぁ修兵落ち着いて!」

今にも殴りかからん勢いの修兵を露草が制した。

「御影くん、立候補は必要ありません。君がすべきはさっさと帰って休息すること。来週からは瀞霊廷通信の編集作業を手伝うこと。」
「ええー!彼氏いらない系ですか?一回だけでもデートしてもらえませんか?」

彼には目の前でなんとか必死に拳を抑えている副隊長が見えないのだろうか。

「鍛錬や稽古ならいつでも付き合ってあげるけど、デートは諦めて。」
「鍛錬ですかー…?」
「そう。私が九番隊のみんなに課してるルールは“絶対に鍛錬は怠らないこと”。これ破れば除隊です。一年も駐在やってればそれなりに腕はついただろうけど、慢心はせずこれからももっと強くなれるよう頑張ってください。」
「んーと、つまり隊長は強い男が好きってことですね?」
「いや…まぁ…うん…」

それ自体否定はしないがそういう話じゃなかっただろ?
露草はもう彼と会話するのも修兵を抑え込むのにも疲れてしまった。長野たすけて。

「わかりました!俺強くなります!がんばります!」

目の前で見ていれば、長野には露草と修兵の間になんらかの関係があることは言われずともわかった。
しかし御影はそんな事には一切気が付かないらしい。
周りが見えないタイプなのかただただ空気が読めないのか本気でアホなのかその全てなのか、わからないがあまりにも素直な様子には露草も少し感心してしまった。

「言ってやればよかったじゃねぇか!私はこの強くてかっこいい檜佐木副隊長とお付き合いしてるから平隊士の出る幕なんかねぇんだよって!」

長野と御影の二人が退出した後、修兵はそりゃもうぷんすか怒った。

「ええー…だってなんかそういう風に公言するの嫌じゃん…」
「どうせ隊士達はみんな気づいてるじゃねぇか」
「まぁ、なぜかそうっぽいけど…。けどだからって堂々とするのは違くない…?なんとなく…」

露草としては、口説かれ慣れていないながらに大人の余裕のあるいい対応ができたような気がしていたのだが、修兵の態度を見ているとそれも自信がなくなりめずらしく歯切れの悪い返答となった。

「でもあれだとあいつ結局諦めてねぇだろ」
「そのうち諦めるでしょ」
「そんなのわかんねぇ」
「だってあーんなちょっと顔合わせて話しただけだよ?本気で好きになったりするわけなくない?女とみたら片っ端から口説いたりするタイプなんじゃないの」
「けど露草がかわいいのは事実だ」
「な」
「守ってあげたくなる子うさぎちゃん顔も」

なんだこいつ、怒ってんのかふざけてんのかどっちだ。
露草は戸惑った。
だからなんなんだよ子うさぎちゃん顔って。

「それに俺の知ってる御影は、軟派なやつではあるが別に女とみたら片っ端から口説くとかそういう男じゃない。それなりに顔がいいからモテてたみたいだけど、誰かに手を出したとかそんな話は聞かなかった」

つまり本当に露草がタイプだったんだろう。
タイプの女が目の前に現れたからと言って、それが隊長なら普通は引き下がりそうなもんだが、御影はアホだからそのブレーキがなかったのか。

「モテるならなおさら私の事なんかすぐにどうでもよくなるよ」
「は?なんでそう言い切れるんだよ」
「だってそんなの、全然なびかない私より他の子の方がよく見えるに決まってるもん」

あのなぁ好みの女かそうじゃないかみたいな壁は結構高いもんだぞ?
修兵はそう言ってやりたい気もしたが、露草が御影に“全然なびかない”前提で話をしていることへの安堵の方が勝ってしまった。

「あーもうわかった、もう俺たちの関係を公言しろとは言わねぇけど、とにかく御影と関わるのは最低限にしろよ」
「はーい。…あ、そういやあの二人の慰労会はいつにしよっか?明日でいいかな?」
「…それ絶対やらなきゃだめか?」
「え!やるでしょ!一年頑張ったのに慰労会もなしなんて可哀想じゃん!」

さっそく修兵の思う最低限と露草の思う最低限は食い違っていた。
二人の間の未解決事案二つ目。


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