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「あれ?修兵どうしたの?」

救護詰所から出てきた露草を、険しい様相の修兵が出迎えた。
虚捕獲訓練を終えて隊員達はとっくに解散し、なんなら明日の午後まではほとんどの隊員が有給休暇だ。
特にここで待ち伏せをされるような覚えはなかった。

「どうしたの?じゃねぇ。怪我の具合は?」
「ありゃ、怪我してたのバレてた?」
「当たり前だ。俺の目を誤魔化せると思ったか」

露草は修兵を襲った巨大虚を倒した際に腕に怪我を負っていた。
今回の訓練での唯一の負傷者だ。

「全然なんてことないよ。ちょっと虚の爪がかすっただけ。私は治癒の鬼道が得意じゃないから…一応四番隊の人に診てもらったの」
「そっか。…お前一人だったなら、そもそもこんな怪我させることもなかっただろうに。完全に足でまといだったな…わるかった。」
「え、ええ!?そんなことないよ!怪我なんてする時はするもんだし!てか私の方こそごめんね!なんか今回の訓練相当いやだったっぽいよね!」

一人にはさせられないと散々制限を課した結果がこれなので修兵は相当落ち込んでいた。
その落ち込みようはめずらしく露草の方が慌て出すほどだ。

「いやだったというか…昔の…この傷をつけられた時の状況と、よく似てたんだ。だから…」
「…やっぱそういうことか。ごめんね、私知らなくて…」
「いや…!そんなの当然なんだから気にすんな!俺自身も、まさかあそこまで足がすくむようになるとは思いもしなかったんだ…」
「うんうん、そうだよね、自分があんなポンコツになるなんて普通想像つかないよね」
「ぽ…ぽん…!?」

突然のポンコツ呼ばわりに修兵は顔をひきつらせた。

「大丈夫大丈夫!生きてるだけで大正解!せっかくだし一杯引っ掛けて帰ろ!」
「一杯引っ掛けてって…こんな時間じゃ店なんかやってねーよ」
「そっかぁ。じゃあ隊舎に戻って今日の大反省会するか!」
「急に真面目か。振り幅どうなってんだよ。」

副隊長は乗り気では無さそうだが露草はとりあえず隊舎に向かって歩き始めた。
それに修兵は「ったく…」と文句を言いつつもついて行く。
無事いつもの修兵に戻ったなと露草はひっそり笑った。

「無事任務達成できてよかったね。思いつきでやったけど、訓練としてもすごく価値があったと思うな。」
「まぁ…一気にかなりの場数踏んだ感じするしな。」
「みんなの連携を促すいい機会にもなったし。やっぱり個人の強さよりチームでの強さを鍛える方が九番隊にはあってる気がするよ。」
「…支え合って助け合う、か…」
「そう。私も修兵も臆病者だからね。」

良くも悪くも隊長や副隊長の色に隊は染まるものだ。
既存の隊士達も変化するし、その隊の特色を好んだ新たな隊士がやってきたりして隊ができあがっていく。
それなら私たちには、臆病者だからこそ作れる強い隊の形があるんじゃないか。

「修兵がビビってる時は私が支えるよ。もちろん私がビビってる時は逆だからね。みんなそう。みんなでやる。だからさ、足でまといはいないんだよ。」

強い意志の籠った露草の瞳を見て、修兵は微かに息を呑んだ。
つい最近まで隊長降りるだの辞めるだの言っていた彼女が隊の未来を話している。自分が隊長で申し訳ないと頭を下げていた彼女が。

「…お前、俺が…その…戦いを怖がってるって、知ってたのか…?」
「ぜーんぜん!私の目から見た修兵は完璧超人だもん!だから私、今日はちょっと嬉しいんだー」
「へ…?」
「修兵もちゃんと一緒なんだなって思って。支えてもらうばかりだったけど、私にも出来ることはあるんだって。」

恐怖心の吐露なんて東仙隊長にしかしたことがなかった。
修兵にとってはそれなりに勇気のいることだったが、露草のお気楽な返事には気が抜けた。
それでもそれが彼女の何かしらの目標に繋がったのだろう。東仙隊長の高尚なお言葉からは程遠い反応だが、これもわるくはないもんだと思った。

「いろいろやってみたいことが出来たけど…みんなついてきてくれるかな。」
「大丈夫さ。」
「…今日のあの新人ちゃん、九番隊に残ってくれるかな」

少し欠けた月を見て歩きながら、露草はぽつりと呟いた。

「…大丈夫だと思うがな。」
「…失敗だったかな。修兵みたいに逃げるな立ち向かえ!って言えばよかった。」
「は?」
「私はとりあえずすくみ上がったみんなをなんとかしなくちゃと思って手っ取り早くあの時虚を無害化しちゃったから、みんなが恐怖と向き合う機会を奪ってしまったのかも。」

巨大虚を捕獲した際の話だろうが、修兵にとっては意外な考えだった。
修兵自身はあの時叱責した自分を悔いたが、露草はまったくの逆らしい。
心配な様子の露草を見、修兵は静かに笑った。
正解のないことをしているのだ。これから二人で、こんなことをずっと繰り返していくのだろう。

「露草のあの助力がなけりゃ確実に怪我人が出てただろうし、今回の訓練の趣旨的なことを考えればあれでよかったと俺は思うけどな。」
「えーそうかな…えー…新人ちゃん、残ってくれると思う…?」
「だから大丈夫だって!たぶん!」

不安そうな露草だったが、修兵の反応を見るとくすくすと笑いだした。

「まぁなにせもう技術開発局にこれ以上絡まれる心配はないし、よかったよかった。」
「注文通りに納品できたしな。」
「うん。ということで大反省会おしまい!じゃあね、修兵。また明日。」

修兵の家と隊舎の別れ道で、露草は笑顔で告げてひらひらと手を振った。
普通に隊舎に行って大反省会とやらをするつもりだった修兵は「え」と声を漏らす。もう始まっていたし既に終わっていたとは。

「今日は疲れたでしょ、ゆっくり寝てね」
「露草は?帰るなら送るよ。」
「私は隊首室に戻る。すぐそこだしもうここでいいよ。」
「じゃあ隊首室まで送る。」
「なんで。ゆっくり寝てってば。それともまだ一人になるのは怖いですか?添い寝でもしてあげようか?」

露草は煽るようにニヤニヤと笑って言った。

「添い寝してくれるのか?じゃあ頼もうかな。」

しかしそこは修兵の方が上手であった。
自分で煽ったくせに目を丸くして一瞬で顔を赤くする露草。こんな初心で添い寝なんぞできるはずもない。

「けどやっぱりこの手の怪我がちゃんと治った時に頼もうかな。」

修兵は何食わぬ様子で、露草の包帯の巻かれた手にそっと触れた。
触れる手もそれを見る瞳もあまりにもやさしく、露草は羞恥と驚きで口をパクパクさせた。

「な!なお、な、なななな」
「…冗談だよ。ほら行くぞ」

露草は反射的に腕を引くと、修兵に触られた箇所に反対の手をやった。
まったく大した怪我じゃないのにそこが熱い。
今一体修兵はどんな顔をしているんだろう。女とのこんなコミュニケーションは彼からすれば慣れたもんなんだろうか。
すでに背を向けて歩き出してしまった修兵のその表情は露草からは見えなかった。ちらりと見える彼の耳が、ほんの微かにいつもより赤いように見えるのは希望的観測だろうか。

「あ、そそそそういえば撒き餌の効果はおそらくとっくに切れてるけど、一応明日までは警戒していて欲しいってあそこの担当に伝えてくれた?」

修兵の背中を追いかけながら、露草は話題を変えようと必死だった。

「ああ、あそこの駐在には伝えたし、駐在から死神代行にも伝わってるはずだ」
「死神代行…?」
「ああ、そっか露草は知らねーのか。空座町には死神代行の黒崎一護がいるんだ。」
「死神代行の…黒崎一護…」

耳慣れぬ言葉を繰り返す。
露草が尸魂界へ呼び戻されるきっかけとなった事件の中で、旅禍と呼ばれた男の名を。



ちなみにその後、例の新人隊士は引き続き九番隊所属となった。
彼女曰く「蒼井隊長の後ろがいちばん安全で安心なので!」とのことだ。
露草は複雑そうな表情で笑っていた。


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