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どうしても現世に行きたくて休暇をもぎとった。
何らかの任務をでっちあげて赴くのでもよかったが、それだとまた一人で行くなとか他のやつに行かせろとかって心配性な副隊長がうるさいから、自由の効く休暇が手っ取り早いかと思った。
しかし腐っても隊長。仕事はたんまりあるしそうそう休みなんてとれるものでもない。それを粘って粘ってなんと一週間も取得した。
年内にもう休みなんて取れないだろうことは覚悟の上だ。
そこまでしてでも現世に行きたかった。
そして…もう次はいつになるのかわからない現世旅行。どうせなら楽しみたい。

「今日はみんなに転校生を紹介するぞー」

やってみちゃってもいいかな。青春ってやつ!

「蒼井露草です!よろしくお願いしまーす!」

新生活に胸弾ませ、初めて着る短いスカートに心躍らせながら露草はウッキウキの笑顔で挨拶をする。
この日のために露草は空座町へ前日入りし、今朝にかけて記憶置換だの何だのを駆使し、空座高校への時期外れな転入を果たしたのだ。

「じゃあ蒼井は一番後ろのあの空いてる席に…」
「あ、私目が悪いんで後ろは困ります!」

黒縁の伊達眼鏡をくいと上げながら、露草は声を上げた。
現世生活が長かった露草にとって、普通の人間のフリをすることは造作もない。

「そうか。なら前のやつ、誰か代わってやって――」
「いや、前過ぎても見にくいんで!あそこがいいです!真ん中!窓際!あのオレンジ頭君の隣!丁度いい感じだなーあそこがいいなー!」

結構必死。
担任の女教師、越智はその必死さに若干引きつつもオレンジ頭――黒崎一護の隣に座る生徒に声をかけた。

「た、田中…席代わってやってくれるか?」
「は、はい…」
「ありがとう!」

笑顔で礼を言う露草だが、内心ガッツポーズ。

「よろしくねオレンジくん。」

今しがたゲットした席へと座り、困惑の色を顔に浮かべているお隣さん――黒崎一護ににっこり笑顔で挨拶をした。
藍染の反乱の際、瀞霊廷とはほとんど関わりを持たずに一人で現世にいた露草。死神代行である彼、一護と会うのは今日が初めてだ。
事前に情報を集めていたおかげで、どの学生がそれにあたるのかは一瞬でわかった。

「よろしく…っていうか、オレンジくんってのはやめてくれ。俺は黒崎一護だ。」
「へーオレンジ色の苺かー。可愛いね」

その言葉に、ひくっと一護るは顔を引きつらせた。ぷぷっと周りが小さく笑う。

「苺じゃねぇ。一護だ。」
「いい名前だね。私、苺って大好きだよ。甘くておいしいし。」
「いや、お前イントネーションの違いわかってるか?」
「私のことは露草って呼んでね。それ以外では呼ばないで。」
「人の話聞いてんのか!?」

事前情報でわかってはいたが、死神代行はあまりにも普通の男の子だった。
霊圧の高さには驚かされる。けれどこの人間を死神として働かせなければならないほど瀞霊廷が困窮しているかというと、疑問を禁じ得ない。

「…えへへ、ごめんね。仲良くしてね。」
「お、おう」
「ありがとう、苺くん」
「おい」

休暇中とはいえ、こんな不用意に人間たちに関わるような真似をすれば、バレた時には上に相当怒られるだろう。
それでも彼に会ってみたかった。死神代行の彼ではなく、普通の人間として生きている彼に。

まぁ、バレなきゃいいし。
ここ最近、この地区担当の死神は訳あって尸魂界へ帰っている。それは露草も事前調査済だ。一人の人間にすぎない死神代行に守護を任せて担当場所を離れるのもどうかとは思うが、今回に限っては好都合。下手なことをしない限り、露草が死神だとバレることはないだろう。

ふと隣で真面目に授業のノートをとる黒崎一護の横顔を眺める。
それに気づいた彼がこちらを向いて、不思議そうな顔で「なんだよ」と口をぱくぱく動かした。
露草はそれに対してにんまり笑って、腕で枕を作り、「おやすみ」と呟いて顔を伏せた。
転校初日の初っ端の授業でそんな堂々と寝るのかよと一護はド肝を抜かれたが、そんなことはつゆ知らず、夜通し事前準備に駆け回った露草は既に夢の中だった。



***



「苺くん、一緒にお昼食べてもいい?」
「?お、おう別にいいぜ」
「あ!なになに蒼井さんも俺らと一緒に食べるー?」
「うん、いいかな。えーと…」
「俺!?俺、浅野啓吾!よろしくね蒼井さん!ついでにもっと親睦深めるためにメアドなんか教えてもらえたりしちゃったり――」
「はーい浅野さんそこまでにしましょうねー。ごめんね蒼井さん、不快な思いさせちゃって」
「水色ー!?ちょ、不快ってなに!ってか敬語やめてぇ!!」
「ううん、いいよ水色くんありがとう。大丈夫不快な思いとか結構慣れてる方だから」
「えぇえ!?不快に感じちゃったの!?」

不快なのは慣れててもこんなに賑やかで愉快なのは新鮮かもしれない。
露草が冗談だよと笑って言うと、浅野は「そ、そっかそうだよね」と胸を撫で下ろした。その隣では小島が「気遣ってくれてるに決まってるじゃないですか馬鹿ですか浅野さん」と、なぜか浅野をイジめまくっている。Sっ気ぷんぷんだ。そして浅野はMくさい。

「今日天気いいし屋上行くか」
「へー屋上か、いいね。よし、行くぞチャドくん!」
「…チャドじゃない。茶渡だ。」
「知ってるよー」
「…………」
「…諦めろチャド。そいつはそういうヤツだ。」

本当に高校生かと、つい疑ってしまうようななんだか迫力と貫録のある茶渡泰虎。授業の合間の休憩の間に彼とは少しだけ会話を交わし、露草の中では『チャド』として既に決定されていた。

「別にいいよね?苺くんはチャドって呼んでるんだし。」
「苺じゃねぇって何度言えばわかるんだ」
「諦めろ一護。蒼井はそういうヤツなんだろ?」
「…そうだな」

これまでニックネームセンスをそこまで否定されたことはなかったのだが、苺くんは割とお気に召さないらしい。
そこまで嫌ならやめとくか、と思ったところだったがなんだか受け入れてくれたようだ。

「あ!…苺くんお願いします!お金ください!」
「…は?」
「私お弁当とか持ってないし、なんか買うお金も持ってないんだ…」
「はあ!?」
「てへ」

高校編入の下準準備はバッチリだった。この地域の下調べもバッチリだった。
だけどアイタタタ。お金の用意をすっかり忘れてた。

「何で俺が…」
「しかも『貸して』じゃなくて『ください』ってとこが大胆だね蒼井さん。」
「確実に返せる保証がないので…」
「一体なんでそういうことになるんだよ。」
「…そうだよね、そんないきなりはそりゃ難しいよね。いいよ、そこいらでたむろってる不良からカツアゲでもしてくるからちょっと待ってて!」
「あーわかったわかった!三百円やるから!危ねぇことしようとすんな!」
「え!ほんとに!?ありがとう!」

三百円というところに少しケチった感があるが、まぁさすがにそこに文句は言うまい。
「一護かっこいー!」と一護をおだてる浅野くんと一緒に、「あと二百円ー!」と請求だけしてみた。うん、文句は、言ってない。
そして露草の差し出した掌には、五枚の百円玉が乗せられた。

その瞬間、一護とは仲良くできそうだと露草は確信した。


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