03

「選んで。素直にキスされるか、無理やりされるか」

え、選べるかー!!!

三年は無理だとしてももうこれっぽっちも待つ気がないのか。無理やりキスして大事になった前科をもう忘れたのか。てか無理だって心臓もたないって!

究極の二択の選択を迫られている露草の中では、ぐるぐると忙しなく様々な思いが駆け巡っていた。
しかしそれすらも修兵はそれほど待つつもりがないようだった。
抱きしめていた体を少しだけ離すとするりと片手を露草の頬に添わせ、びくりと震える華奢な肩を見ては小さく笑った。

「俺はどっちでもいいぜ。ただ…」

なんとなくその先を聞くのが怖いと、露草は感じていた。

「無理やりした時には、キスだけで止まれなくなるかもしれないけど。」

それそういう脅しじゃん。
露草は久方ぶりに顔を上げると、涙の揺れる瞳で恨めしげに修兵を睨んだ。

けれどそんな視線は修兵にとって欲情を煽るものでしかなく、なんならもっといじめたいと思ってしまう。
余裕があるように見せている修兵の方だって、実際のところ相当のぼせていた。

「ほら、目ェ瞑って」

赤く火照った露草の下まぶたを、頬に添えた親指でなぞる。
もはやこれは素直なのか、無理やりなのか。
疑問だったが、何をしたところで逃げられそうもないとついに観念した露草は、とにかくなんとか早くこの時間を終わらせようとぎゅっと瞼を閉じた。

修兵はその固く閉じられた瞼を見てまた少し笑みを零す。
緊張しているのだろうか、その肩も手もほんの少し震えていた。
けれど緊張しているのは何も露草だけではない。修兵も激しく主張を続ける己の鼓動を感じてはいる。
けれどそれよりも欲が勝るというだけだ。

修兵は震える露草の手を再び握り、そっと唇を重ねた。
露草の体が強ばり、握った手に力が入る。きゅっと唇も引き結ばれ、その本来の柔らかさを確認することができない。
修兵は何度か角度を変えて触れるだけのキスを繰り返し、固く引き結ばれた唇を舌の先で軽くなぞった。
それに驚いて、露草は体を引くと同時に目を開いた。
それでも今までにない近距離で視線がかちあって、キスって一回じゃないの?とか、今唇舐めたの?とか、疑問が湧いては散って、結局ただ潤んだ瞳で修兵を見つめただけになった。

「…露草、口開けて」
「?????」

なぜそんな指示をされるのか、まったく理解していない様子だった。
けれど不思議そうにしつつも、露草は素直に小さく口を開く。

「まっすぐに舌出して」
「…?」

それから言われた通りにおずおずと舌を伸ばした。

「よくできました」

次の瞬間また互いの唇が触れ合って、かと思えば何かぬるりとした温かいものに舌が絡め取られ、戸惑っているうちにその温かいものが口内深くへ侵入してきた。
咄嗟に頭を引こうとするが、いつの間にか後頭部をがっちり修兵に抑えられていたためそれは叶わなかった。
口内に侵入してきたのが修兵の舌であり、今のこれが所謂大人のキスであるということに露草が気づくまでは数秒を要した。
気づいた瞬間脳が痺れ上がり、息の仕方がわからなくなった。

「こら、息とめるなよ」

一瞬唇が離れ、露草はその隙に大きく息を吸い込んだ。
それを確認すると修兵はまた露草の唇に貪り付き、口内を蹂躙した。

「ふ……んっ…」

好き勝手に口内を荒らされる露草からは時折くぐもった吐息が漏れる。
片腕で露草を抱きしめてその口内を味わいながら、修兵はいつの間にかまたぎゅっと強く閉じられた彼女の瞼を見つめ、手のひらで優しく顔を撫でた。
そしてその指先がたまたま彼女の耳にも触れた、その瞬間。

「んん!」

びくりと大きく体を揺らした彼女から一際大きな声が漏れ、咄嗟に開かれた瞳は涙をいっぱいに溜めながら戸惑いに揺れていた。
修兵もまたそれに驚きつつ、なんとか離れようと抵抗する露草の体を左腕でがっちり捕まえる。
そして今度は意図的に、彼女の左耳を指先でそっとなぞった。

「んんんん!」

それから逃れるように露草は顔を横に振るが、体も唇も捕まったままでは大した抵抗にはならず、左耳から伝わる強すぎる痺れが露草を侵すばかりだった。
なんとか力を絞り出して、もうやめてくれ、の抗議の意味で修兵の胸を叩く。
休まることなく口内を犯され、まるで耳の形を確かめるかのように動く指に耳の外から中まで嬲られ、ぞくぞくと背中や腰を駆け巡り続ける痺れにもはや限界だった。

けれど修兵はその抗議を無視して蹂躙を続けた。
いや、止めようにも止められなかった。
露草の微かな抵抗にも、潤んで熱を帯びた瞳にも、すでに喘ぎ声に近い吐息にも欲情を煽られっぱなしだった。

それまで耳に触れていた手を首筋に這わせ、背中を通って脇腹に触れる。
その度に露草の全身はびくびくと震え、さらに修兵の気を良くさせた。
そして修兵は一度顔を離すと彼女の首筋に唇を寄せた。が、

「も…無理…ゆるして…」

すでに疲れきってぐったりしていた露草が、涙をぽろぽろと零しながら懇願した。

「お、おい…何も泣くことないだろ…」

まだ自分の片思いだと思っていたあの頃、衝動のまま無理やりに迫ってしまったあの時の情景が思い出され、修兵はたじろいだ。

「ちが…これは、もう…恥ずかしすぎて…勝手に出てくるの…」

露草は息も切れ切れにそう言い、手の甲で涙を拭った。

「てか、キスだけって言ったのに…!嘘つき…!」
「…いや、ちゃんとキスだけで止まっただろ」

修兵はちゃっかりその先にも進もうとしていたのはなかったことにした。
露草はというと、あれが『キスだけ』なのかと素直に衝撃を受けていた。
露草の想像するキスと言えば少女漫画で見るようなかわいらしい触れ合いだった。もちろんその先、それ以上があることはわかっているが、そういえばどこまでをキスとしての範囲に捉えるのかなんて考えたこともなかったと、露草は唸る。
ただ今回の場合は無論「嘘つき」と言っても過言ではないはずだが、あまりにも経験値の低い彼女はこれも自分の知識不足のせいだったのかと大人しく引き下がってしまった。

「ごめん…私、今までこういうのしたことなかったから…」
「んあ?お、おう」

自分の屁理屈に対してなぜか急にしおらしくなってしまった露草に修兵は戸惑ったが、まぁこれ幸いととりあえず頷いた。

「…ま、満足した?」
「ん?全然」

がーん!
露草は露骨にショックを受けた。
されるがままだったのがいけなかったのだろうか、ほぼ初めてなのだから許してほしい。

「何驚いてんだよ。言っただろ、お前の全身に触りたいし全部が欲しいって」

彼女の髪を一束救って口付ける。
少し落ち着いてきていた露草の顔がまた赤く火照った。その忙しい変わり様に修兵はまた少し笑った。

「けど今日はこれで我慢する」
「よ、よかった!このまま殺されるかと思った!」
「…ちゃんと死ななかったし心臓も出なかっただろ」
「結果論じゃん!」

露草はまだ恥ずか死の可能性を捨てきっていなかった。

「とりあえず今日はもう帰るから…!ごちそうさまでした!」
「ん、家まで送る」
「わざわざいいよ、飲んだわけでもないし大丈夫」
「出来るだけ長く一緒にいたいだけだ。わかれよバカ」

そう言って修兵がわしゃわしゃと露草の頭を撫でると、露草はまた真っ赤になった顔で軽く俯いた。
そんな彼女の頬にかかる髪を修兵はひょいと耳にかけてやる。

「ひゃんっ」

触れられた耳を押さえて、露草は信じられないと言った顔をした。

「い、いやわざとじゃねぇぞ!?」

自分の耳がこんなに軟弱だなんて今まで知らなかった。
露草は別に知りたくもなかったその事実に打ちのめされそうだった。



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