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九番隊隊長蒼井露草と、副隊長の檜佐木修兵は恋人同士である。
修兵にとっては数日、露草にとってはなんと三十年越しの片思いを経て、紆余曲折の後についに互いの思いを確かめあったのがもう早ひと月前。
現在、二人の関係はいたって良好であった。

「修兵、お昼ご飯食べに行こ!」

いつも通り露草が修兵にそう声をかける。
おう、と答えて向かうのはいつもの食堂。
いつも変わらない何気ない日常。近頃は平和で穏やかな時間が続いており、露草も常にご機嫌だ。

他愛もない話をしながら向かい合って食事を取り、露草のかわいらしい笑顔にまどろみながら、嗚呼こんな幸せが一生続けばいいのになぁなんてどこか刹那的なことも考える。

何一つ文句のない幸せな日々だ。
…と、そう思えればいいのだが。

修兵はこの日常を大切に思いつつも、満足はし切れないでいた。
少し前までは、露草の傍にいられればそれで十分だと思っていたはずだが…
二人の関係はただの上司と部下ではなく、恋人同士というものに変わった。
そうであるからには、なにせその名称に応じた関係性を求めてしまうのが、通常の男と女というものではなかろうか。

繰り返すが関係は良好で喧嘩もなく、常に好きな人のそばにいられる幸せな毎日だ。そんな中でこれは贅沢な話かもしれない。
ここ数日修兵はこの問題について悩みに悩んでいた。

要はもっと恋人っぽい雰囲気になりたいし、恋人っぽいやり取りをしたいし、あわよくばもちろんそういうことだってしたいのだ。

「あ、午後からなんだけど仕事に余裕あるからちょっと十一番隊の方顔出してくるよ。最近平和すぎて腕なまってるから、誰かに相手してもらってくる。」
「おう、気をつけてな」

しかし露草は何せ通常運転だ。
公私混同する気がない様子なのは最初からわかっていたし修兵も無論それ自体に異論はないのだが、こうして二人でいようが何をしようがあまりにも露草に変化がない。
仮にも隊長と副隊長なので休みがかぶることなどまずなく、デートといえばもっぱら仕事終わりの居酒屋か甘味処で、付き合う前も今もそれは同じだ。露草がそれをデートだと思っているかすらあやしい。
もはや俺たち付き合ってるんだよな?と確認したくなるレベルだが、なんだかそれは女々しくてできないでいる。

「…なぁ、俺も今日仕事早く終われそうなんだ。だから…」

飯でも行かないか?とか飲みに行かないか?とか聞いてしまえば、快く承諾はしてもらえるだろうが、それではいつもの繰り返しだ。
もちろんそれはそれで幸せな時間なのだが、今日こそこの悶々とした気持ちに蹴りをつけたい修兵は、下心を悟られぬようポーカーフェイスを心がけながら賭けに出た。

「久しぶりにうちに飯食いに来ねーか?」

露草を家に招き、料理を振舞ったことは何度かある。
しかしそれは付き合い始める前の話であって、今とは状況が違う。
今のこの自分たちの距離感で家に招くなんて、がっついてると思われないだろうか。警戒されないだろうか。

本当に付き合っているのであれば、そもそもそんな心配をする必要なんてないはずなのだが…
修兵は若干自分たちの関係性を怪しんでいるし、何より彼には前科があった。自分たちの思いを確かめ合う前に、怒りと勢いに任せて露草を泣かせてしまった前科が。
もうあれを繰り返してはいけないと、慎重になるのも仕方の無いことだった。

表情こそ変えないものの、これ断られたらどうしよう、渋られても傷つくな、と修兵は内心どきどきだ。
しかしそんな修兵の心配を他所に、

「え!作ってくれるの?やったー!修兵の料理久しぶりだね、たのしみー!」

露草の方は純粋に喜んでいるようだ。

ここまで意識されていないとなるといっそ清々しいな。
断られたわけでも渋られたわけでもないが、修兵は結局複雑な心境だった。


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